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実りの秋 27
「次は1年生と2年生合同の玉入れです」
「よし、芽生の出番だな。瑞樹行くぞ」
「はい!」
観覧席は手狭なので、兄貴達と親たちに譲ろう。
俺は瑞樹を連れて、再び鉄棒広場にやってきた。
この辺りは人がまばらなので、ゆっくり観戦するには打って付けだ。
俺は昔から風通しのいい場所が好きだ。
校庭一杯に置かれた紅白の球に、懐かいものが込み上げてくる。
玉入れは幼稚園や小学校低学年の競技で採用されることが多いので、ふと瑞樹の過去を知りたくなった。
君が思い出し始めた幼い頃の記憶に、俺からも少し触れてもいいか。
「瑞樹は玉入れは得意だったか」
「……そうですね」
瑞樹が優しく微笑んでくれる。
「好きでしたよ。みんなで空に向かって球を投げるのが楽しかったのを覚えています」
「なるほどな」
すると珍しく瑞樹からも質問された。
「あの……宗吾さんは好きでしたか」
「よくぞ聞いてくれた!」
「くすっ、かなり得意だったんですね」
「おい最後まで聞いてくれよ~ 百発百中だったんだぜ」
やや誇張して言うと、瑞樹が肩を揺らした。
擽ったそうに笑う可憐な姿に、また惚れるよ。
たぶん俺、毎日、瑞樹に恋してるんじゃないかな?
こんな風になるのは、君が初めてだ。
「確かに宗吾さんはコントロール良いですものね。そうだ、的当ても上手そうです」
「もちろん得意だよ。それは瑞樹が一番よく知っているだろ?」
「えっ……僕がですか」
「ん? だから夏祭りの射的を覚えているだろ? 見事芽生の欲しいものを打ち落とした腕前をさ!」
「あ……そっち……」
そこでボンッと音がするほど、瑞樹が赤くなった。
「おいおい一体今何を想像したんだ? もしかして?」
「も、もう~ 大人しくしていてください」
「はは、詳しく後で聞かせて欲しいな」
「いっ一眼レフを構える宗吾さんはカッコよかったのに、台無しですよ」
「え? それはまずい。思い出してくれ、さっきの凜々しい俺を」
「くすっ」
人がいないのをいいことに平常運転でじゃれ合っていると、可愛い音楽と共に1、2年生が入場して来た。
「わぁ、1年生はまだまだ小さいですね」
「たった1年でこんなに成長するんだな」
芽生もワクワクした顔で入って来た。
手を大きく振って可愛いな。
あれはかなり張り切っている顔だ。
「芽生くん、去年は玉入れにも出られなかったので良かったですね」
「悔しかっただろうな」
「いろいろ出来ないことが多く、沢山我慢しましたね。偉かったです」
去年の運動会を思い出せば、悔しいことだらけだ。
右手を骨折した芽生は、左手で球を投げる練習を頑張ったのに、また怪我したら危ないという理由で、玉入れにすら出られなかった。
「今日は思う存分楽しんで欲しいな」
「はい、きっと今頃……無事に参加出来る喜び、元気に球を投げられる喜び……ひとつひとつ感じているんでしょうね」
瑞樹の選ぶ言葉は、いつも優しく凪いでいる。
まるで爽やかな草原にいるような澄んだ心地にさせてくれる。
俺にはない透明感と繊細さが好きだ。
芽生は瑞樹からの愛情を受けて、まっすぐにスクスクと成長している。
「あ、始まります!」
「いよいよだな」
子供達が一斉に球を掴んで、カゴに向かって投げ出す。
赤いカゴには赤い球が、白いカゴには白い球が飛び込んでいく。
ぽんぽんと空高く紅白の球が舞う様子は、青空に映えて華やかだ。
芽生もあちこちを動き回り、ポンポン投げていた。
どちらかといえば、ふんわりと優しく。
「芽生、がんばれー もっと力強く投げろー そんなんじゃ届かないぞ~」
「くすっ、でも今の、ちゃんと入りましたよ」
「あれ? 確かに入ったな」
「芽生くん、よく周りを見ていますね。力任せに投げるのではなく肩の力を抜いて上手です」
「そうだな」
高いカゴに向かって野球のように全力投球していたら肩を痛めるし、誰かを傷つけてしまうかもしれない。
時には力を抜いて周りを見てか。
なるほどなぁ。
この歳になっても、まだまだ学ぶことがある。
「一つのカゴに向かって、みんなが心を揃えていくのって素敵ですね」
「俺もそう思ったよ。競い合っているようで、心を揃える競技でもあるんだな」
ピストルの合図でみんな体育座りになり、球を数え出す。
「ひと~つ、ふた~つ、みっつ、よっつ、いつつ……」
ここでも、児童のあどけない声がひとつに揃っていく。
「あぁ懐かしいですね。この数え方」
「まぁ、まだ低学年だからな」
「子供の頃、お風呂が熱くて早く上がりたいのに、お母さんが『まだ駄目よ。肩まで浸かって、10個数えてからよ』っていつも言うんですよ。僕が涙目になるとお母さんが抱っこしてくれて、一緒にこんな風に数えてくれたんですよ」
瑞樹が自ら、小さな頃の思い出を話してくれているのか。
それってかなり新鮮だ!
今の瑞樹は、交通事故の悲劇によって遮断されていた幼い頃の記憶が蘇っている時期なのは知っているが、積極的にそれを俺に伝えてくれるのが、嬉しかった。
「10個って何を数えたんだ?」
「さぁ、そこまでは思い出せませんが……まだ小さかったので、その方が言いやすかったのではないかと」
「確かに。きっと舌足らずの小さな瑞樹は、さぞかし可愛かったんだろうな」
「僕……実は弟が生まれるまでは、結構な甘えん坊でした」
「今でも名残はあるよ」
「え?」
「俺は甘えん坊が好きだ」
瑞樹が甘く微笑み、頬を染める。
そこで子供達の大歓声。
「ただいまの勝負は紅組の勝ち!」
「わぁい! わぁい!」
無邪気な声が、瑞樹の大切な思い出を彩ってくれるようだった。
……
「……ここのつ、とぉ!」「
「みーくん頑張ったわね。じゃあ、あがろうね」
「ううん……もっとぉ」
「あらあら、もっとママにだっこしてほしいの?」
「うん! ママぁ……だいしゅきだもん」
……
そんな光景が雲の上に見えるようだった。
瑞樹のお母さん……聞こえますか。
甘えん坊な瑞樹は、俺がしっかり引き受けましたよ。
あなたが守りたかったように、俺は瑞樹をずっと守ります。
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