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実りの秋 29
「ただいまの勝負は白の勝ち‼ 結果は白組二勝、赤組一勝で、以上、白の勝ちです!」
あ……あれ?
あかぐみ、負けちゃったの?
あんなにがんばったのに、どうして?
ボク、1年生で出られなかった分も、すごく、すごーくがんばったんだよ?
「ぐすっ……」
あれ? ボク、どうして泣いてるんだろう?
涙が次から次に、ポロポロ出てくるよ。
「ぐすっ……負けちゃったの、くやしいよ」
「ほんとくやしい! あんなに、がんばったのに!」
あっ、まわりのみんなも、泣いているんだ。
うんうん、ボクもくやしいよ。
だから、みんなといっしょに、もっともっと泣きたくなったよ。
「ぐすっ……ぐすっ……うっ……やっぱり……あーあ、やっぱり勝ちたかったなぁ」
おひざをかかえて、しばらく泣いたら、だんだんすっきりしてきたよ。
「もしかして、くやしい気持ちもいっしょに出ていってくれたのかな?」
顔をあげると、青空がきれいだったよ。
雨上がりの空みたいに、とうめいで。
虹がかかったように、きらめいて見えたよ。
パパ、お兄ちゃん、みんな、あんまりシンパイしないでね。
くやしいきもちを追いだしただけだから。
「メイ、そろそろ行こうぜ。次はリレーだろ」
「そうだね。またがんばろう!」
「よーし、今度こそ! リレーは勝ちたいな」
「うん!」
ボク、ひとりで立って歩けたよ。
ちゃんと見ていてね。
次はもっとがんばるよ!
****
「いよいよ運動会のラストを飾る種目はリレーです! 1年生から6年生まで、この日のために一ヶ月間、欠かさずに朝練を続けてきました。どうか盛大な拍手と応援をよろしくお願いします」
アナウンスの声に、僕の心臓もいよいよ高鳴ってきた。
僕が大阪に行っている間にリレーの選手に選ばれ、朝練が始まって……いろんなことがあったね。
まだ小さい芽生くんの頑張りを間近で見守ることが出来なかったのは寂しかったが、その集大成を今から見せてもらえると思うとワクワクする!
そういえば……
ふと脳裏にカラフルな映像が浮かんで来た。
芽生くんとの思い出だ。
幼稚園の時は、リレーで転んでしまった。
あの時は心臓が止まるかと思ったが、芽生くんは泣かずに起き上がり走り続けた。
でも今考えると、あの頃の芽生くんは……まだ少し我慢を優先させてしまう子だったのかもしれないね。
運動会の帰り道に、アイスクリームを食べたのも思い出した。
転んだ膝が痛いと?ようやくポロポロ泣けて「痛いの痛いのとんでいけ」と慰めあったよね。
不謹慎かもしれないけれども、今日……玉入れで負けが分かった途端に涙を流せた姿に、ほっとしたよ。
僕も一時期、全然泣けない時期があったから分かるんだ。
独りぼっちになってしまい、最初はどうしようと途方に暮れて泣いてばかりだったが、そのうち涙も枯れてしまったのか、どんなに泣いても、もう会えないと気付いてしまってからは、簡単には泣けなくなった。
耐える、我慢する。
そんなことで泣きたい感情を押し潰してしまっていた。
もしかしたら芽生くんも同じなのかも。
お母さんが突然いなくなってしまい、まだ三つの芽生くんがどんなに心細かったか、寂しかったか、不安だったのか。
痛い程、その気持ちが分かるんだ。
君が今日すぐに泣けたのは、もう孤独ではないからなんだよ。
たとえお母さんが傍にいなくても、皆が芽生くんを思いっきり愛しているのが伝わっているからなんだ。
きっと、そうだと思うよ。
「瑞樹、入場してきたぞ」
「いよいよですね」
「瑞樹、俺さ……さっきの話……」
「憲吾さんの話ですか」
「あぁ……リレーで転んで泣いちまって……」
「恥ずかしいことではないですよ。宗吾さんが、ご両親とお兄さんに愛されている証しです」
「へぇ、そういう解釈になるのか」
「そうなんです! だから泣けたし、一人で泣きやめたんですよ!」
あ、まずかったかな?
芽生くんのことを考えていたので、つい熱くなってしまった。
宗吾さんは少し意外そうな顔をして、それから破顔した。
「いいな! 瑞樹、最近の君はお兄ちゃんみたいだ」
「え?」
「最近いろんな瑞樹が顔を出しているな」
「そ、そうでしょうか」
「どんな瑞樹でも好きだから、安心して見せてくれよ。泣いても笑っても瑞樹は瑞樹だ!」
「……宗吾さんは」
「ん?」
「やっぱり、いつも素敵です」
心一杯、泣いても笑ってもいい。
笑うに笑えなかった……寂しい僕はもういない。
明るく底抜けに笑うことに、罪悪感もいらいない。
「よし、はじまるぞ」
「はい!」
高らかなピストル音と共に、リレーが一斉にスタートした。
最初は1年生のおちびさんの登場だ。
まだ可愛い走りで、必死に2年生にバトンを渡す。
「次、芽生だ!」
紅白帽を被った芽生くんの真剣な横顔にキュンとする。
芽生くんは赤チーム。
「凜々しいな」
「はい、すごく集中していますね」
そして……今、バトンが渡る。
白チームに続き、赤チームは2位でバトンを引き継いだ。
「芽生くん、上手にバトンを受け取ることが出来ましたね」
「あぁ完璧だったよ」
「すごい! すごいです!」
しっかり1年生の子の走りを見て、表情を見て、受け取れたね。
バトンをギュッと握りしめた芽生くんが、力強く地面を蹴る!
そこから一気に加速していく。
速い……!
練習の成果が、本番で見事に発揮出来ているよ。
「おぉ、赤チームがどんどん追い上げていきます。これはどうなるのでしょうか!」
「白チームがまだ優勢ですが、赤チームも相当速いです。勝負はまだわかりません!」
2年生にとって、小学校の校庭はまだかなり広く感じるだろう。
まるで果てしない宇宙のようだ。
そこをまるで流れ星のように駆け抜けていくのが、僕の天使、芽生くんだ。
「芽生くん、頑張れ‼ 頑張れ‼」
「芽生ー がんばれ!」
「芽生、ファイトだ!」
目の前を走り抜けていく芽生くんを、みんなで応援した。
(頑張れ、瑞樹! 頑張れ、みーくん!)
僕にも聞こえてくる。
小さな僕が校庭を走り抜けた時、お父さんとくまさんの声がした。二人の力強い応援に、ぐぐっと背中を押され、僕は流れ星のように駆け抜けたんだ。
芽生くんが、最高のタイミングで3年生にバトンを繋いだ。
その光景に、幼い僕が重なって見えた。
「芽生くん、1位でバトンを受け渡せましたね!」
「あぁ、すごく速かったな!」
心のままに走り抜けた芽生くんは、空を見上げ大きく息を吐いていた。
納得のいく走りが出来た明るい笑顔に、誰もが幸せな気持ちになった。
運動会って最高だ。
僕の心も今日1日で大きく、大きく動いたよ!
芽生くん、ありがとう。
君がいなかったら思い出せなかったことばかりだ。
愛されていたという大切な記憶が、どんどん蘇ってくるよ!
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