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実りの秋 30

「次! 2年 たきざわめい、こっちに並んで!」 「はっ、はい!」  いよいよボクの番! あぁドキドキするよ。 「芽生、がんばれよ!」 「うっ、うん」  バトンゾーンでまっていると、1年生が顔をまっかにして走ってきたよ。あの子が持っているの、赤いバトンだから、ボクがひきつぐんだ。 「がんばって! もうすぐだよ-」  大きな声で教えてあげると、1年生が元気になったよ。  これからボクがすることは、もう何回もれんしゅうしたことだよ。  朝れんは大変だったけど、さいごまでがんばった。  お兄ちゃんが遠くでがんばっているから、がんばれたんだよ。    だから、うまくつなげるといいな! 「もうすこしだよー、わたして」  バトンゾーンからはみ出ちゃだめだ。  しっかり、しっかり。 「ハイ!」    手をのばすと、ちゃんと赤いバトンがつかめたよ。  よーし! 出発だ!  パパが教えてくれたよ。  校庭は広い宇宙だと思うといいんだって。  ボクはそこを流れるお星さまになるよ。  そう思えば、校庭の広さもこわくないって。 (芽生、速く走るには前を見るんだぞ。姿勢は真っ直ぐ、手は大きく振れ)  パパが教えてくれたこと。 (芽生くん、コーナーを曲がるときはね、少しだけスピードを弱めるといいよ。その代わり足の回転を速めるんだ)  お兄ちゃんが教えてくれたこと。  ぜんぶ覚えているよ!  あ、前の白組さんが見えた。  カーブのあとは真っ直ぐだし抜けるかも!    みんなの応援がいっぱい聞こえるよ。  ボクの応援団はすごい! ボクにはみんながついている!  だからもっと、もっと、がんばろう。玉入れでくやしかった分もがんばろう!  パパとお兄ちゃんから教えてもらったこと、しっかりやってみるよ。だってボクはパパとお兄ちゃんの子だもん!  星になるよ、ビューンと!  あと少しだよ。もう少し!  あ……やった! 抜けた!  ボクはそのまま一位でリレーをつないだよ。  息がはぁはぁしたけど、すごくうれしいよ!  やりたかったこと全部できたから。 「パパ、お兄ちゃん……見ていてくれたかな?」  キョロキョロと見渡すと、パパとお兄ちゃんがガッツポーズをしていたよ。  今日のお兄ちゃんはとっても元気で、うれしいな。  みんなに見てもらえて、うれしいよ。 ****  芽生くんが繋いだリレーは、その後も接戦だった。そして赤と白が僅差のまま6年生にバトンを繋いだ。バトンゾーンでは赤が一位、白が二位で通過した。このままゴール出来るか。 「わぁ流石6年生、すごいスピードです!」 「あぁあの子速いな」 「白の子もすごいです」 「これは分からないな」  大声援の中、ゴールテープを切ったのは   なんと白組だった。 ゴール直前で抜かされてしまったのだ。 「あぁ、紅組も惜しかったわぁ」 「でも二位よ」 「そうですよね。すごいですよね」 「芽生は頑張った」  お母さんや憲吾さんたちの声が次々と聞こえてくる。皆、必死に応援してくれた。  どよめきの中、僕と宗吾さんは芽生くんの姿を探しに出た。 「もしかして芽生くん……また泣いてしまったのでは?」 「あぁ俺もそれが心配なんだ。続けて負けてしまったから」    ところが僕たちの心配をよそに、芽生くんは上級生に囲まれ笑っていた。  赤組のリレーチームの中で、上級生に褒められていた。 「たきざわの走りカッコよかったよ。お前、来年は更に速くなるよ」 「あ……ありがとうございます」 「オレが最後で抜かされてごめんな。悔しいけれども、今日は笑いたい。赤チームは団結していたよ! みんな1ヶ月頑張ってくれたのが、うれしかったから、オレは笑うよ。1番じゃなくてもすごい!」    じーんとしてしまった。 あの子は最後で抜かされて相当悔しかっただろうに、今日のために頑張ったチームメイトに笑顔を贈っているんだ。 「いい光景ですね」 「あぁ、一番じゃなくてもすごいか。イイ言葉だ」 「はい、努力したから言い切れることなんでしょうね」 「そう思うよ。芽生もリレーの練習は本当に頑張った。ひとりで起きてきて偉かったぞ」 「今日は沢山褒めてあげたいです」  本当は頑張った分、悔しい。  でも頑張った自分が誇らしいよね。  努力は必ず報われるとは限らない。  でも努力した事実と経験は消えないよ。 「あぁ、芽生が誇らしいぜ。瑞樹! 俺たちは本当にいい息子を持ったな」    宗吾さんの言葉にしっかりと包まれる。 『俺たち』と自信満々に言い切ってくれる宗吾さんが、大好きだ。  やがて表彰式。  赤が優勝、白が準優勝という結果だったが、子供たちの表情は明るかった。  やりきったという満足感で一杯なんだろう。  少し傾いた日差しに、子供の笑顔が輝いていた。 「宗吾さん、何だか……信じられない程いい運動会でしたね」 「あぁ、今日一日で大きく成長した気がするよ」 「僕も同じ気持ちです。芽生くんと一緒に成長しました」  観覧席で待っていると、体操着姿の芽生くんがたたっと走って来たので、僕たちは笑顔で迎え入れた。 「芽生くん! お帰り!」 「ボク、がんばったよー!」    晴れやかな笑顔で頑張ったと言い切れる芽生くんは、凜々しい少年の顔をしていた。  運動会って、すごい!  1日で子供をこんなに成長させてくれるなんて。  大人を感動させ、沢山の思い出を残してくれるなんて。  今日という日に感謝を――  この時間を作ってくれた家族に感謝を。      

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