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実りの秋 31

「コホン、芽生、よく頑張ったな」  皆で芽生を囲んでワイワイしていると、兄貴の低い声が響いた。  うぉ! びびった。 (コホン、宗吾、よく頑張ったな)  親父かと思ったぜ!  年齢を重ねるにつれ、兄貴は親父に似てきた。もともと雰囲気や声質が似ているから間違えそうになった。  そういえば堅物だった親父も運動会などの学校行事には欠かさず来てくれ、いつも校庭の木陰で背筋をピン伸ばして立っていた。何故か大きな鞄を持って。 「おじさん! ありがとう」 「今日は勝ったり負けたり大変だったな。大丈夫か」 「うん! あのね、負けてもカッコいいんだね」 「ん?」 「だってリレーの6年生のお兄ちゃん、とってもカッコよかったから!」 「ほぅ、すごいな。彼のかっこよさが分かるのなら安心だ。芽生は私に似てカッコよくなるよ」  えぇー! 兄貴に似て?  そんな言葉が出てくるとは思わなくて、またポカンとしてしまった。最近兄貴の言動には、驚かされてばかりだ。 「わぁ、おじさんみたいに? うれしいよ!」  デレッ……  あーあ、兄貴の口角がクッと上がり、そんな効果音が聞こえるようだぜ。 「そ、そうか……よし、芽生にご褒美だ」  そういえば兄貴も親父みたいにパンパンの鞄を抱えていたんだ。  もしかしてその中身って?  兄貴は屈んで鞄のファスナーを開き、芽生に中身を見せた。  父の姿が重なるよ。懐かしい光景が蘇る。俺、あの日だけは素直に親父に甘えられたな。 「これだ」    まるでサンタのようだぜ、兄貴。 「わぁ~! 白い袋に何が入っているの?」 「ん……引っかかって出てこないな」 「ボク、手伝うよ! ヨイショ、ヨイショ!」   いや、大きなカブか? 「あっ!」  ファスナーにひっかかった拍子に、中身が飛び散ってしまった。 「おっと! あぁ参ったな」 「おじさん、大丈夫だよ! みんなで玉入れするから」 「芽生は賢いなぁ」  芽生が白い袋を持つと、みんなが散らばった物を拾って投げ入れた。  ん? 親父の時みたいにお菓子だけかと思ったら、靴下にハンカチ、鉛筆まで? 堅物兄貴が一体どういう顔で選んだのか。  芽生への愛情がいっぱいで嬉しくなる。 「あーちゃん、ありがとうね」 「おじさん、おばさん、ありがとう!」 「おばあちゃん、ありがとう」 「くまさん、ありがとう」 「函館のおばーちゃん、ありがとう」  芽生は拾ってくれた一人一人に、丁寧にお礼を言っていた。  心のこもった優しい声だった。 「お兄ちゃん、パパ、ありがとう!」    最後は大きな声で、俺たちにしがみついてくれた。 「芽生くん、よかったね! ご褒美を沢山もらえて」 「うん! お兄ちゃん、帰ったらいっしょに食べようね」 「え? 悪いよ」 「いっしょの方がうれしいもん!」    瑞樹をいつだって大切にしてくれる息子。  本当に俺は優しい息子を持った。  いい家族を持った。    愛って無限なんだな。俺の家族への愛は運動会を通してますます膨らんだ。 「あの、今日は芽生のために集まって応援してくれてありがとうございます。今後とも俺たちを宜しくお願いします」  俺と瑞樹と芽生は、揃ってお辞儀をした。  どんなに親しい間柄でも感謝の気持ちは持っていたいし伝えたいよ。これは瑞樹が教えてくれたことだ。 「宗吾は父親らしくなったわね、本当に頼もしいわ」  母さんが俺の肩をポンと叩いて労ってくれると、褒められた子供みたいに、喜びが駆け上がってきた。  いつまで経っても親に褒められるのって、嬉しいものだな。 **** 「それじゃ行くわね」  僕は皆と途中で別れて、くまさんとお母さんを駅まで送った。  改札で名残惜しくなり、つい引き止めてしまった。 「あ……待って」 「どうしたの?」 「どうした?」  今の僕は素直に寂しい気持ちを吐露できるようになった。 「えっと……お父さん、お母さん、本当にもう行ってしまうの?」 「朝からみーくんとずっと一緒にいられて嬉しかったよ。今日は昨日と同じホテルに泊まって、明日は朝一の新幹線で潤くんの所に行ってくるよ」 「瑞樹、ありがとうね。芽生くん今日は疲れてヘトヘトよ。あんなに頑張ったんですもの。あとは家族でゆっくりしてね」 「……そうだね」  お母さんが僕の手を取って、優しく擦ってくれる。   「お母さんね、あなたと運動会に出てみたかったの。この歳で夢が叶って幸せだったわ。瑞樹、疲れを溜めないようにね。くれぐれも手を大事にするのよ」  それから、お母さんからの突然の抱擁。 「お母さん……」   照れ臭いよりも、嬉しさで満ちていく。 「みーずき、ありがとう」 「お母さん、僕を……お母さんの子にしてくれてありがとう」  それは、ようやく言えた言葉だった。  今日お母さんと一緒に校庭を走り抜け、ようやく掴めた言葉だった。 「瑞樹ってば……やだ、泣かせないで。私こそ……私の子になってくれてありがとう」 「みーくん、ありがとうな。今の言葉……大樹さんも澄子さんも天国でほっとしているよ」 「くまのお父さんにそう言ってもらえると……僕、嬉しいです」  くまさんが両手を広げて、僕とお母さんを抱き寄せてくれた。  まるで大きな傘に入ったようだ。  懐かしくもあり、新鮮な気分になる。  もう涙の雨はやみ、綺麗な虹がかかっているよ。 「……明日は潤によろしくね。また来て。僕も行くから」 「あぁ、いつでも待っているよ」  二人の姿が見えなくなるまで手を振り……込み上げてくる涙を堪えていると、ポンと肩を叩かれた。 「瑞樹!」 「お兄ちゃん」   振り向くと、笑顔の花が咲いていた。 「あ……どうして? 家に戻ったのでは?」 「これ買ってたんだ」 「ハンバーグべんとうだよ」  駅前の美味しいハンバーグ屋さんのテイクアウトの袋を掲げて、宗吾さんがニカッと笑っている。芽生くんはお菓子袋を抱えて、ニコニコしている。 「ベアーズキッチンのですか」 「今日はもう疲れたから、簡単に弁当で済まそう」 「お兄ちゃんの好きなチーズハンバーグだよ~」 「ありがとう」  これではまるで僕が運動会を終えた子供みたいだよ。  でも嬉しい。 「さぁみんなで家に帰るぞ! 早く風呂入りたい」 「くすっ、そうですね」 「みんなでおふろ! やったぁ~」    オレンジ色に染まる世界に向かって、三人で歩き出した。  思い出を連れて……  スニーカーに入り込んだ砂利。  空っぽのお弁当箱。  土で汚れた服。  大人も子供も頑張った証なんだね。  さぁ生活感で溢れた部屋に戻ろう!  そこが僕の家。     今の僕には温かい家族がいて、愛溢れる家《ホーム》がある。  

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