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実りの秋 38

「パパ、おはようー」 「芽生、おはよう! 疲れは取れたか」 「うーん、まだねむいよぅ……あのね、お兄ちゃん、どこ?」  朝起きたらお兄ちゃんがいなかったから、キョロキョロしちゃった。ベッドにも、せんめんじょにも、ここにもいないよ。どうしたのかな? 「うん、実は明け方いっくんのお母さんが具合悪くなって、瑞樹は潤の手伝いをしに、軽井沢に行ったんだよ」 「えー! いっくんのママ、だいじょうぶなの?」 「……そうだな、きっとそろそろ瑞樹から連絡があるよ」 「ボクもお兄ちゃんとおしゃべりしたい!」 「あぁ」  おにいちゃん……今日はいないんだね。  いっしょにお絵かきしようとおもったのになぁ。  少しだけさみしいよ。  でもいっくんのママ、だいじょうぶかな?  いっくんはボクよりずっと小さいから、しんぱいだよ。 「ほら、ホットミルクを飲め」 「ありがとう、パパ」 「芽生はパパと家で過ごそうな」 「うん、わかった」  ミルクをのんでいたら、でんわがなったよ。   「もしもし……瑞樹か……うん、おぉ、そうか、よかったな! 君も安心しただろう。じゃあそのまま運動会を楽しんで来い。あぁ今、芽生にかわるよ」  やっぱり、お兄ちゃんだ! 「もしもし! お兄ちゃん!」 「芽生くん、おはよう。朝起きたらいなくて驚かせてごめんね」  お兄ちゃんのやさしい声に、ほっとしたよ! 「大丈夫だよ。いっくんママは?」 「うん、お腹の赤ちゃんが大きくなる合図だったみたいだよ。もう大丈夫だって」 「よかった〜 そうなんだ!」 「それで……今日はいっくんの運動会のお手伝いをしてくるね。いいかな?」 「もちろんだよ~」  あーあ、ボクはまだ小さくて、お兄ちゃんのお手伝いができないのがつまらないな。  そうだ、お兄ちゃんはだいじょうぶなのかな?  ボクがこんなにつかれているんだから、お兄ちゃんも同じじゃないのかな?   「お兄ちゃん、つかれてない?」 「優しいね。今の一言で元気が出たよ! そうだ、芽生くんにお願いがあって」 「ボクにもなにかできるの? なにかしたい!」 「いっくんに応援のお絵描きをしてくれるかな?」 「それなら、できるよ!」 「よかった。描けたらパパに写真で送ってもらってね。待っているよ」 「あ、あのね! いっくんだけじゃなくて、お兄ちゃんにもかくよ」  ボクは、お兄ちゃんが大すき。  だから、がんばっているお兄ちゃんも、おうえんしたいとおもったよ!   「本当に? それって凄く嬉しいよ。芽生くんありがとう。夜には帰るからいい子で待っていてね」 「うん!」  おえかきも、大すきだよ!  だからまかせてね! **** 「みーくん、ちゃんと家に連絡したか」 「今、しました。すっかり遅くなってしまい反省です」 「なぁに大丈夫さ。宗吾くんと芽衣くんなら分かってくれるよ。それにしても芽生くんとみーくんは本当に仲良しなんだな。今の会話を聞いてしみじみと感じたよ」 「芽生くんって、とても可愛いんです。明るくてハキハキしていて、それでいて優しくて大好きです」 「なるほど! それって宗吾さんとみーくんのいいとこどりだな。うん、あの子は本当に可愛い子だよ」  お父さんに芽生くんを沢山誉められて、嬉しくなる。 「しかし俺の膝に座っていた小さなみーくんが、今は立派に子育てしているなんて、信じられないよ」 「僕も、そう思います。全ては……縁なんですね」 「それを言うなら俺もだ。今、みーくんと孫の運動会に向かっているなんて信じられないよ。今年の初めには夢にも思わなかった。人生って、先のことなんて何も分からないな」 「良いことも沢山待っているのですね」  僕が函館にスキーに行かなければ、キタキツネに導かれて崖から落ちなかったら、永遠にくまさんと出逢えなかっただろう。  無性にくまさんを、お父さんと呼びたくなってしまった。 「お父さん……」 「みーくんは結婚式から、ずっと俺を『お父さん』と呼んでくれるんだな」 「駄目ですか」 「嬉しいよ。実は最初は少し大樹さんに罪悪感があったが、最近よく、みーくんの幼い頃を思い出すから、その都度大樹さんが『熊田、そうしていいぞ!』と言ってくれる気がするんだ。大樹さんは、みーくんの面倒をよく俺に頼んできたんだ。何だか不思議だよな」 「そうなんですね。僕は『お父さん』と呼べる人が、今いてくれるのが嬉しいです」 「みーくん、俺たちは大樹さんが結んでくれた『絆』を大事にしよう!」 「はい!」  保育園に行く道すがら、お父さんとしみじみと語りあった。  前方には、いっくんと手を繋いで歩く、潤の広い中が見える。  すっかりお父さんの背中だね、じゅーん。  いっくんはお友達と途中で合流し、嬉しそうにおしゃべりしている。  そしてチラチラと僕たちの方を振り向いた後、可愛い声で教えてくれた。   「いっくんね、みーくんだいすき! おじいちゃんもだいすき! パパがだーいすき!」 わぁ……『大好き』が一杯だ!  お父さんと僕まで、そんなに大きな声で大好きと言ってくれるんだね。 『大好き』という言葉は少し照れ臭いが、もらうと、とても嬉しい言葉だよ。  あなたを大切に想っているから。  あなたに歩み寄りたいから。  人が人に、心を込めて使う言葉だ。 「僕もいっくんが大好きだよ」 「おじいちゃんもいっくんが大好きだ」 「パパはいっくんが、だいだい、だーい好きだ‼︎」  大好きには、大好きで返そう。  そんなシンプルな関係がいいね。  心がポカポカしてくるよ。   「えへへ、いっくんね、みんなのニコニコがしゅきなの。だからうれしいなぁ」  幼稚園の門は、黄色とオレンジのペーパーフラワーで賑やかに飾られていた。 『どんぐりほいくえん、うんどうかい』  あぁ、これはワクワクしてくるね! 「せんせー、いっくんね、おじーちゃんとみーくんとパパときたんだよ」 「あら? ママはどうしたの?」 「あっ、あの……」  潤が慌てて事情を説明する前に、いっくんが先生に教えていた。 「あのね、ママね、おなかにあかちゃんがいるから、ねんねしてるの。おうちでフレーフレーしてくれるって」 「まぁ! そうなんですね。おめでとうございます。ええっと……お腹の赤ちゃんがびっくりしちゃうから、もう少しだけ先生といっくんのヒミツにしようか」 「うん、そうする! しーっ、だね」  どうやら先生が気を利かせてくれたようだ。  お腹の赤ちゃんが安定期に入るまで、もう少しだ。  さぁ運動会が始まるよ。  今日も青空だ。園庭を取り囲む木々が赤く色づいて美しかった。 「うぉ~! こういうのって久しぶりで燃えるぜ! もう暑くなってきた。兄さん、これ持っていてくれ」 「うん」  潤が着ていた黒いトレーナーを脱いで、半袖になる。  わっ、寒くないのかな?   それにしても逞しい腕だな。    僕の華奢な体つきとは別物で、ちょっと羨ましいよ。  まぁ我が家の場合、宗吾さんがそっちは担当だからいいのかな?  くすっ……ようやくリラックスしてきたよ。  今日は昨日より、ゆったり楽しめそうだ。 「わぁ~ パパぁ、しゅごい!」  いっくんが潤の逞しい腕にぶら下がって、持ち上げてもらっている。 「よーし、いっくん、今日はがんばろうな!」 「うん! いっくんにはパパがいるもん!」  潤はいっくんの『スーパーマン』になった。  それをこの目で見られて、兄さん……嬉しいよ!

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