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ハートフルクリスマスⅡ・5

「瑞樹、引き受けてもらえるってさ! 良かったな!」 「わっ!」    宗吾さんが僕を大きくハグして喜んでくれる。  なんだか僕まで子供になったようで、擽ったい。  大河さんも嬉しそうだ。 「ははっ、君たちは相変わらず仲良しだな」    初めて会った時よりも口調もぐっと砕けて、もう店主と客の関係を超えているようで、それもまた嬉しかった。 「よし、早速エルフ用に緑色の布地を手配するよ。さぁ忙しくなるぞ。超特急仕上げだ」 「大河さん、本当にありがとうございます」 「なあに、俺にも小さな女の子がいるから、サンタになりたい気持ちがよく分かるのさ」 「……兄さん」    いつの間にか、店内には蓮さんがいた。  バーテンダーのシックな制服を着た蓮さんは、壁にもたれ腕を組み、目を細めてこちらをじっと見つめていた。 「今の、おれの娘のこと……なのか」 「あぁ、あの子は、もう俺たちの子だろう」 「……あ、ありがとう」  二人の間に芽生えているもの。  それは月影寺の翠さんと流さんと同じなのだろう。  どんな形でも、愛だ。  僕はそう思う。 「そうだ、潤が心配しているから電話してやれよ」 「はい!」  今度は僕の方から、潤にコールした。 「潤、今、いい?」 「兄さん、それで、どうだった?」 「大丈夫だよ。ちゃんと受けてもらえたよ。いっくんの願いは叶うよ」 「マジか! やった! やった‼ 兄さん、ありがとう」  電話の向こうで、何かに派手にぶつかった音がした。 「イテテ」 「じゅ、潤、落ち着けって。そんなに子供みたいにはしゃいで」 「兄さん、オレはいっくんのためなら何でもしてやりたいんだ」  潤の声が弾めば、僕も嬉しくなる。  一緒に暮らしている時、クリスマスに何もしてあげられなかったから、今、出来ることがあるのなら、頼ってくれるのなら、何でもしてやりたい。 「兄さん、改めてありがとうな。今も昔もオレのサンタは兄さんだ」 「えっ……僕は何もしてないよ」 「忘れちまったのか、オレは思い出したのに」  ぐるりと記憶を辿っても、何も浮かんでこなかった。  何か買ってあげたくても、お金もなかった。  あの頃は、この手で出来ることなど何もなかったはずなのに。 「僕、潤に何かしてあげられたのか」 「あぁ……すぐ傍にいてくれた」 「え?」 「ははっ、なんでもないよ! 照れるな、こんな台詞!」 「……潤、僕のこと、そんな風に思ってくれていたの?」 「あの頃は反発して真逆なことばかり言ってごめん」 「嬉しいよ。僕の方こそ……ありがとう」  プレゼントを贈ることも出来ず、優しい言葉も交わせなかった。   そんな関係だったのに……僕がいてくれて良かったと言ってくれるなんて。 「兄さん、ありがとう。今も昔も、ありがとうだ!」  僕と宗吾さんは1杯だけと……『Barミモザ』のカウンターでカクテルを注文した。 「何を作りましょうか」 「……蓮さんのお任せで」 「瑞樹くんの故郷はどこですか」 「あ……函館です」 「じゃあ『雪国』というカクテルがあるので、それを」   蓮さんが凜とした佇まいでシェイカーを振る。  魔法のような時間がやってくる。  すっと出されたカクテルは、雪景色だった。  故郷を彷彿する白に、感動を覚えた。 「さぁどうぞ。『雪国』というカクテルは、名前通りに雪をイメージしたもので、グラスの縁にまぶした砂糖で雪を表現しているんだ。ウォッカをベースとしライム果汁を加えているので、甘すぎずすっきりとした味わいです。そこに沈めたグリーンのライムが、冬の次にやって来る春の草原みたいだろう」 「はい、そう見えます」  宗吾さんと静かに乾杯した。  大人の時間は久しぶりなので、ドキドキした。   「少し早いけどメリークリスマス」 「メリークリスマス」  蓮さんが気を利かせてくれたのか、さり気なく奥に消えたので、Barは貸し切りになった。 「瑞樹……いいか」 「はい」  宗吾さんに顎を掴まれたので、そっと瞼を閉じた。  少しウォッカの香りのするキスを交わした。 「んっ……」  その後ライムの爽やかな香りに触れた。 「あっ」  とても官能的なキスを受けてカウンターに置いた僕の手が震えると、宗吾さんが恋人つなぎで落ち着かせてくれた。 「瑞樹……感じてくれているのか。なぁ今年のクリスマスは週末だ」 「はい……」 「君をゆっくり抱きたい」 「ぼ……僕もそのつもりです」  宗吾さんはいつもストレートに求めてくれる。  それが嬉しい。  思わせぶりな素振りも駆け引きも、僕たちには不要だ。 「最後にもう一度だけな」 「んっ」  チュッとリップ音を立てられ、耳まで真っ赤になってしまう。 「この店、最高だな」 「はい、僕たちに寛大ですね」 「さてとサンタは忙しいから、次の店に行くか」 「はい、今年もみんなに贈り物がしたいので……選ぶの一緒にいいですか」 「恒例の靴下を贈るのか」 「はい、暖かい贈り物がしたいので」 「みんな靴下を買い足さずに待っているよ。君が一人一人の顔を思い浮かべて選んだものが欲しくて」 「そうだったら嬉しいです」  宗吾さんと店を出て、銀座の大通りまで歩く。  夜の銀座のイルミネーションは、相変わらず瞬く星のように美しかった。 「なぁ、芽生の使わなくなったおもちゃ、いっくんに譲ったらどうだ?」 「え? でも……芽生くんには従姉妹の彩芽ちゃんがいるのに」 「芽生のは男の子のおもちゃが多いし、兄貴の家は他のおもちゃで溢れているのを、君も知っているだろう」 「……嬉しいです。とても嬉しいです」 「お下がりなら、潤も気を遣わないし」 「じゃあ早速、芽生くんに聞いてみます」 「芽生とはもう相談済みさ。大好きな弟分のいっくんに譲るのは大歓迎だってさ」  10月に軽井沢に行った時、あまりに簡素な部屋に驚いた。  おもちゃは殆どなく……赤ちゃんのガラガラや小さなぬいぐるみだけで、三歳になったいっくんが喜びそうな物など殆どなかった。だから最後に駅前のスモールカメラに寄って新品のおもちゃを買うつもりだった。サンタさんのお手伝いをしたご褒美として贈ってあげるつもりだった。  でも芽生くんのお下がりを有効活用させてもらえるのなら、それが一番喜びそうだ。いっくんと芽生くはもう兄弟だから。 「俺たちのサンタ衣装も楽しみだな」 「はい、宗吾さんはカッコいいサンタになれますよ」 「瑞樹はミニスカサンタかもな」 「え?」 「いや、こっちの話だ」 「まさか……大河さんにヘンな注文を出していませんよね」 「ははっ、大人ハロウィンでもあるまいし、そんな~ まさか~」 「どうも信用が……」 「うわっ、じとっとした目だ。瑞樹が芽生化した!」 「ええ? もうっ……くすっ、宗吾さんは憎めない人ですね」  僕たちはじゃれ合いながら、楽しい気分で銀座を闊歩した。  いつも思い詰め、張り詰めていた……寂しい僕はもういない。  今はこんなにも柔らかく、あたたかい世界に包まれている。  

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