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ハートフルクリスマスⅡ・4

「兄さん、ごめん、今いい? まだ会社?」 「もう外だよ。どうした?」 「……それがさぁ……弱ったよ」  潤の声は、確かに弱り切っていた。 「まさか、菫さんに何かあったのか」 「いや、お腹の子は順調だよ」 「じゃあ……」  僕は心を研ぎ澄まして、潤の気持ちに寄り添った。 「あ、もしかして……いっくんのこと? サンタさんへのお願いが難しすぎたとか」 「どうして分かるんだ?」 「それは……僕にも芽生くんがいるからね」 「やっぱり頼りになるな、兄さんは」  わ! そんな手放しで喜ばれると、俄然やる気が出るよ。 「どんなお願いだった? こっちもなかなか難問だったよ」 「芽生坊も?」 「うん、サンタさんになって幸せを配りたいんだって」 「おぉ? それ、なんか似てるぞ」  電話の向こうで、驚いた声がした。 「いっくんは、なんて?」 「それがさ、妖精になってサンタさんのお手伝いをしたいって言うんだよ」 「妖精!」 「そう、オレ、その願い受けちゃったんだ。まずかったかな?」 「そうか、妖精か」 「ハロウィンの仮装みたいなのでいいのか。ひらひら羽がついたやつ」 「いや、ちょっと違うかも」  僕の頭の中では、可愛い黄緑色の衣装を着た、いっくんが浮かんでいた。 「実は今からテーラーにサンタの衣装を頼みに行くんだ。いっくんの衣装も一緒に頼んでみるよ」 「え? いいのか」 「大河さんは菫さんのこと可愛がっているし、きっと受けてくれるよ」 「頼む! オレ、親バカかな? いっくんを、とびっきり可愛い妖精にしてやりたいんだ」 「その気持ち、よく分かるよ」  潤も僕も同じだからね。ハロウィンの仮装とクリスマスのサンタさんへのお願い事は別物として捉えている。芽生くんにはとびっきり可愛いサンタさんになって欲しい。 「とにかく行ってくるよ」 「兄さん、ありがとう」 「ううん、僕もサンタさんになりたかったんだ。だから潤のお願いをまず叶えてあげたい」  大切な人のサンタさんになる。  それは、こういうことなのかもしれない。  潤と電話を終えると、僕はまた師走の街へと駆け出した。  銀座の雑踏を抜けて路地に入ると、重厚な石造りの『テーラー桐生』が見えた。  宗吾さんの方が先に着いたらしく、扉の前でブンブン手を振っている。  くすっ元気だな。  イベント好きの宗吾さんは、俄然やる気になっていた。 「瑞樹、遅かったな」 「すみません。潤から電話が入って」 「あぁ、いっくんからのお願いの相談を受けてきたのか」 「どうして分かるんですか」 「それは瑞樹の恋人だからさ! 君を愛しているからな」  宗吾さんって狡い。  時々不意打ちで、こんな風にドキッとさせてくる。 「瑞樹、顔が赤いぞ? まだ飲んでないのに」 「え? そ、そんなことは……早くオーダーをしに行きましょう」 「で、いっくんの願いはなんだった?」 「エルフになりたいと」 「ははっ、流石芽生の弟分で以心伝心だな! サンタとエルフだなんて最高に可愛いじゃないか」 「ですよね」 「俄然萌えてきた。交渉頑張るよ!」    宗吾さんの明るい所、ポジティブな所、全部好きだ。  一緒にいると大変なことも、大変だと感じなくなる。  楽しくなる!  毎日、生きているといろんなことが起きる。  人と人……楽しいことばかりじゃない。  心の中にモヤモヤが生まれることは、人間なら誰にでもあるだろう。  不平不満を言うのは簡単だ。  でも宗吾さんは極力言わない。  誰かを暗に非難するような匂わせた発言もしない。  どこまでも潔く、どこまでも真っ直ぐに進んでいく人だ。 「宗吾さん、カッコいいです」 「おぉ! その一言で、もっとやる気になった」 「僕……宗吾さんとなら、夢を叶えられそうです」 「よし! 俺たち今年は芽生公認のサンタになろうぜ」 「はい! いいですね」  大河さんにサンタ衣装をオーダーすると、笑いながらも快く受けてくれた。そこで小森くんの分も忘れずに頼んでみた。菅野の喜ぶ顔も見たいから。  僕はやっぱり今年はサンタの役割のようだ。  親友にもクリスマスプレゼントを贈りたい。 「いいよ。事前に聞いていたサンタの衣装、大人一人分追加だな」 「大丈夫ですか」 「なぁに有能な助手が二階にいるし、頑張るよ」 「お願いします。それであとサンタの衣装ではないのですが、子供用の、もう一着作って欲しくて」  大河さんはサンタの衣装に使う赤い布を広げながら、豪快に笑ってくれた。 「ははっ、こうなったら何でもやるさ! 子供の夢を叶える手伝いが出来るのは光栄だ」 「ありがとうございます。追加で三歳の男の子が着るエルフの衣装もお願いできますか」 「エルフ! 菫ちゃんのいっくんがなるのか」 「はい、いっくん……なんと今年はサンタさんのお手伝いをしたいそうです」 「なんとも健気な夢だな」 「はい、なので……どうしても叶えてあげたくて」 「よし! とびっきり可愛いエルフにしてやるよ!」    

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