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ハートフルクリスマスⅡ・10
「最高のメンバーが揃ったな、丈」
「洋、君のお陰だ。クリスマスプレゼントの支援の申し出、嬉しかったよ」
「……俺じゃないよ。まぁ提案したのは俺だけど、実際に資金を援助したのは、おばあさまだ」
「どちらにも感謝しているよ。それに海里先生の遺志も引き継げて良かったよ」
「俺は……ただ、丈が喜ぶ顔が見たかっただけだ」
「照れているのか」
「照れてなんかない!」
くすっ、丈さんと洋くんの、いつも通りの会話に心が和むよ。
洋くんも以前より更に明るくなった。
何か大きなものを吹っ切れたような晴れ晴れとした顔をしている。
冬の澄んだ空気の中、存在感が増していた。
それがまるで自分のことのように嬉しいよ。
「瑞樹くん、まさかクリスマスに君と会えるなんて嬉しいよ」
「僕もだよ。今年は日曜だし……洋くんは丈さんと月影寺に籠もっているのかなと思っていたよ」
「瑞樹くんこそ、宗吾さんと芽生くんと家族でゆっくり過ごすはずだったろう。こんな所まで来て貰って悪かった」
洋くんは佇んでいるだけで、男らしい大人の色気を感じる人だ。そんな彼がホスピスの患者さんへの贈り物を企画したというのも、また嬉しい事だった。
「貴重な経験をさせてもらえて嬉しいよ。芽生くんといっくんにとっても、僕達にとっても」
「優しいね。君の言葉はいつも俺の心を軽くしてくれる」
二人で話し込んでいると、マントの裾を引っ張られた。
「みーくん、エルフしゃんのおてつだい、ちてくれましゅか」
「エルフさん! はい、手伝います!」
皆……間もなくやってくる旅立ちを受け入れているのだろうか。
もしかしたら、今生で最後のクリスマスになる人もいるだろう。
本来ならば悲しく切ない場所のはずなのに、ホスピス内には重苦しい空気は漂っていなかった。
「さぁサンタさんとエルフくん、よろしく頼むよ」
丈さんが二人の背中をトンっと押す。
「メリークリスマス!」
「はっぴぃ めりぃ くりすます」
「わぁ! サンタさんがきてくれたの?」
「エルフくんだ! 会いたかったよ」
すぐに喜びに溢れた声が届く。
大人は……小さいサンタとエルフに次に生まれ変わったらの夢を見る。
子供は……小さなサンタに自分たちの夢を乗せているようだった。
続いて、小森くんも参加する。
「メリークリスマスですよ! 心配なさらないで下さい。大丈夫です」
小森くんの「大丈夫」という一言に、年老いた婦人は涙を流していた。
「怖くないのね、そうなのね」
「はい、安心してください」
小森くんは、旅立つの不安を取り除いてくれる。
そうか……プレゼントは贈り物だけでなく、心も届けるものなんだね。
だから丈さんはプレゼントを運ぶ人にも拘ったのだろう。
僕と宗吾さんはプレゼントを運ぶ手伝いをしながら、顔を見合わせて微笑んだ。
「瑞樹、皆、幸せそうだな」
「はい、こんな時間を持てて幸せですね」
僕の家族は瞬きをする合間に命を失ったが、ホスピスにいる人達は召されることを受け入れつつ、その日まで生きていく。
どちらも重たい現実だ。
でももう僕は目を逸らさない。
あるがままの世界を生きていくから。
「ここが最後の一部屋だよ」
「誰が届けましょうか」
「じゃあ……ここはエルフくんでもいいかな?」
「あい! エルフしゃん、いってきましゅね」
いっくんがトコトコと個室に入って行くのを、僕と潤は廊下で見守った。
「誰?」
「いっくん……じゃなかったエルフしゃんですよ」
「いっくん?」
見知らぬ若い男性は信じられないものでも見たかのように、驚愕していた。
逆光で見えなかったが、パジャマ姿の男性の横にはお腹の大きな女性が立っていた。
「あなた……」
「あぁ、お腹の子が無事に生まれ……成長したら、きっとこんな子に育つんだな」
「えぇ、えぇ……きっと、私達の育斗《いくと》……いっくん」
「いっくんっていうの? おなかのあかちゃん」
「そうなのよ。少し早く姿を見せてくれてありがとう。だっこしてもいい」
「なでてもいいか」
いっくんがチラッとこちらを振り返ったので、潤が大きく頷いた。
これは……まるで菫さんと亡くなったご主人の世界だ。
潤は目を赤くして、目を逸らさず見守っていた。
「メリークリスマス! おにいちゃん、もうすぐ……おそらのパパになるの?」
「お空の……あぁ、そうだ……そうなるんだよ。少し怖いが」
「……こわくないよ。いっくんのパパもいるよ」
「そうか、怖くないのか……君のパパもいるなら怖くないな」
ダメだ、ダメだ……もらい泣きしてしまう。
「お空のパパとおともだちになってね」
「あぁ……ありがとう、いっくん」
いっくんが部屋から出てくると、急に現実世界に戻ってきたようだった。
少し名残惜しく感じる、不思議な時間旅行をした気分だった。
「パパ、おめめあかいよ?」
「いっくん……いっくんはやっぱり天使だ」
「いっくん……えるふしゃんだよ?」
廊下の向こうから洋くんがやってくる。
僕達を見ると、ふっと微笑んでくれた。
ふと……洋くんは何度も何度もあの世への旅立ちを乗り越えてきた人のような気がした。
出逢いと別れは紙一重。
きっとまた巡り会える。
どこかで――
そんな気持ちが流れてきた。
「洋くん、全部配り終わったよ」
「ありがとう。この後のスペシャルイベントがあるんだ。良かったら手伝ってくれないか」
「何だろう? 僕で役立つことがあるのなら喜んで」
「来て!」
洋くんが僕の手をグイグイ引っ張る。
あ……まるで小さい頃に戻ったみたいだ。
友達と遊びに行くように、僕は軽やかな気分で廊下を走り抜けた。
「ここだよ!」
洋くんが突き当たりの扉を開けると……
そこには……!
「嘘……? どうして?」
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