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新春 Blanket of snow 2
宗吾さんに抱きしめられながら、空から舞い降りてくる雪を見つめた。
「そうか、夏樹くんから新年の挨拶なんだな」
「あっ……そうかもしれません」
僕の脳内を真っ直ぐな言葉にしてくれる宗吾さん。
「絶対にそうだよ」
力強い言葉が素敵過ぎて、思わず僕の方から唇を寄せてしまった。
「ん……珍しいな。瑞樹からのキスは最高のご褒美だ」
「僕からだってしますよ。僕だって……したくなります」
「そういう男らしい面も、今年はもっと見せてくれよ」
「いいんですか」
「あたり前だ。瑞樹だって俺と同じ男なんだ」
「……なんだか嬉しい言葉です」
とても寒いのに、どこまでも暖かい新年の朝だった。
やがて、いつものようにパタパタと可愛い足音が聞こえてくる。
「芽生くん! おはよう」
「パパ、お兄ちゃん、おはよう! あのね、昨日ボクまたねちゃったの? 今年こそ起きていようって思ったのになぁ、くやしいよぅ」
少し頬を膨らませる子供らしい文句に、頬が緩む。
僕は芽生くんの目線までしゃがんで、優しく抱きしめてあげた。
「でもそのお陰で早起き出来たね」
「うん! ひとりで起きたよ。なにを見ていたの? なにかいいことがあるの?」
「とっておきのね!」
芽生くんを抱き上げて窓の外に広がる雪景色を見せてあげると、笑顔の花が咲いた。
「わぁぁ~ 雪! 雪が降ってる!」
「うん、夜中から降り始めてみたいで、すごく積もっているよ」
「じゃあナツキくんが『あけましておめでとー』って言ってるんだね」
「え?」
「ぜったいそうだよ!」
「そうだね」
絶対なんて、力強いな。
宗吾さんに似て前向きな芽生くんの言葉に、また元気をもらう。
宗吾さんと芽生くんと生きていると、僕も明るい世界を目指したくなるよ。
「これは暖かくして出掛けないとな。スキーに行った時の防寒着はどこだ?」
「それなら納戸のクローゼットに」
宗吾さんのご実家までは、普段なら15分もかからない。
だが今日はまだしんしんと降り続ける雪の中、小さな芽生くんと雪道が大の苦手な宗吾さんと歩くので、かなり時間がかかった。
「お兄ちゃん、ボク、雪の上をあるくのじょうずになった?」
「上手になったよ」
「えへへ」
「宗吾さんは……あれ?」
後ろを振り返ると宗吾さんの気配がフッと消えていたので慌てて探すと、曲がり角で雪に埋もれていた。
「宗吾さん! 大丈夫ですか」
「吹き溜まりに足を取られたんだ。助けてくれ」
「もうっ、こんな調子では、お母さんの家に着くまでに雪だるまになってしまいますよ」
手を差し出すとニヤリと笑った宗吾さんに逆に引っ張られて、僕まで雪塗れに!
「も、もう! これでは三人で雪だるまですよ」
「ははっ! 俺たちらしいだろう! 今頃、母さんが風呂を沸かしているよ」
「……去年も入ったようだな」
「実家の風呂は広いから、足を伸ばして家族風呂しようぜ。やっぱ裸の付き合いだよな~」
宗吾さんの目がまたキラキラ、いやギラギラと輝いていた。
「流石にこう全身雪塗れでは……僕も早くお風呂で温まりたいです」
都会のアスファルトもネオンも全部真っ白な雪に覆われて、どこまでも続く幸せな道のようだった。
そして降り積もる雪は、今日もあたたかい。
「母さん、着いたぜ! さみぃ~」
「おばーちゃん!」
「お母さん、やっと到着しました」
結局何倍もの時間をかけて、宗吾さんの実家に到着した。
途中から傘をさすのをやめた僕たちのフードには雪がたっぷり積もり、手も足もかじかんで震えていた。
「まぁまぁまぁ、やっぱりそうなると思ったわ」
「風呂沸いている?」
「もちろんよ。直行しなさい」
「流石母さん!」
僕たちは去年と同様、まずはお風呂に飛び込んだ。
「ふぅ~ 温まるなぁ」
「本当に」
「あーさむかったぁ」
あたたかいお湯に肩まで浸かると、かじかんだ手も足も解れていった。
「瑞樹ぃ~ 今年はうさぎ年だよなぁ」
「そうですね、うさぎは可愛いので好きですよ」
「俺は心配だ」
「何がですか」
「いや、ちゃんと似合うかなと」
「??」
お風呂からあがると濡れた服は洗濯に出され、真っ白なウサギの着ぐるみのような部屋着が置いてあった。
これはきっと憲吾さんからの贈り物だ。
去年は寅だったから、もしかして干支を一周するまで続くのかな?
そう思うと楽しい気分になった。
「宗吾さん、また部屋着が置いてありますね」
「あぁ、今年はうさぎだろう? 瑞樹にはぴったりだが、うーむむむ、俺は虎の方が性に合っているんだが」
「……宗吾さんにもきっと似合いますよ」(大人しくなるかも!)
「そうかぁ~ じゃあ今年はうさぎのようにおとな目の路線を目指してみるか」
芽生くんと顔を見合わせて笑ってしまった。
「お兄ちゃん、パパはああ言ってるけど、ぜったい大人しくかわいくなんて無理だよねぇ。うさぎさんの下にトラさんの皮を」
「やっぱりそう思う?」
「おいおい、俺も可愛い仲間に入れてくれよー」
リビングに行くと、憲吾さんは去年と同様和装姿だった。
「憲吾さん、あけましておめでとうございます」
「瑞樹くん、やっと会えたな」
「クリスマスは申し訳なかったです。こちらに寄れなくて」
「いや、謝ることない。君は大切なことをしたんだ。それより、似合っているな」
憲吾さんが眼鏡の縁を押さえながら、笑顔を作ってくれた。
「やっぱり憲吾さんからの贈りものですね。とてもあたたかいです」
「可愛くて、ついな」
「憲吾さんの和装も素敵です!」
「そうか、そうか」
初めて会った時は冷酷な雰囲気に震えたが、もうその時の印象は欠片もない。
「今年の干支は、まさに瑞樹くんのためにあるようなものだ」
「そ、そうでしょうか」
「あぁ、うさぎのように可愛くて、ピョン……ピョ……」
なんて話していたら、目の前が真っ白になった。
何かと思ったら僕と憲吾さんの間に、宗吾さんがピョンと飛び込んできた。
うさぎのモコモコに押し潰されそうだ。
「兄さん! 俺の瑞樹をさり気なく口説かないでくださいよ」
「はははっ、宗吾のうさぎ姿、似合わなすぎるなぁ」
「な! 兄さんが用意したくせに」
「ははは、だが、いい。君たちにとって飛躍の年になるといいな」
「あ! そうだな。よーし、ジャンプ! ジャンプだ!」
宗吾さんがその場で飛ぶと、床がミシッと鳴った。
「ちょっと宗吾! やめないさーい! 床が抜けるわ! あなたいくつだと思ってるの?」
賑やかなお正月。
和やかなお正月の始まりだ。
「さぁお年玉よ」
「おばあちゃん、ありがとう」
「私からも芽生に」
「おじちゃん、ありがとう」
芽生くんがうさぎ姿でお年玉をもらう光景は、縁起が良さそうな光景だった。
続いて僕も呼ばれる。
「瑞樹、お年玉よ」
「僕にまで……ありがとうございます」
「いつも宗吾を幸せにしてくれてありがとう」
「そんな……」
憲吾さんが咳払いして、僕にもお年玉をくれた。
「君は可愛い末の弟だよ。今年も利かん坊の宗吾のことよろしくな」
「くすっ、はい……ありがとうございます。去年もいただいたのに申し訳……いえ、ありがとうございます!」
好意は有り難く受け取ろう。
もっと自分に自信を持って、今年は過ごしたいから。
「兄さん、俺には?」
「宗吾は毎年着ぐるみにした。あと10年は覚悟しておけよ」
「嬉しいけど、家がパンクしますよ」
「はははっ」
憲吾さんが大きな口を開けて笑った。
つられて僕も宗吾さんも芽生くんも笑った。
お母さんも美智さんも彩芽ちゃんも笑っていた。
「めーめ、めーめ」
「あやめちゃん、いっしょにあそぼ!」
「瑞樹、台所を手伝ってもらえる」
「はい!」
僕も光の輪の中に、
家族団らんの中に自然と溶け込んでいく
「瑞樹、よく似合ってるわね。今年はうさぎのように生きてみたらどうかしら? 卯年は芽を出した植物が成長し、茎や葉が大きくなる時期のことで、目に見えて大きく成長する年だと言われているのよ。あと、うさぎが跳びはねることから飛躍する意味もあるの。縁起がいいわね」
今年はうさぎ年で、僕は今、まさにうさぎの姿になっている。
お母さんの言葉が胸に響く!
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