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新春 Blanket of snow 11
「あーちゃん、こっちこっち」
「ん?」
あーちゃんが目をキラキラさせてニコニコしているよ。でもいうことをきいてくれないよ。そっか、まだ右も左もわからないんだね。『ふくわらい』ならできるかなって思ったけど、ぐっちゃぐちゃにしてタイヘンだよ~
「ちがうよ。右だよ! 右 あー そっちじゃないよぅ」
「ん、ん? あーん、パクッ」
「ええ? たべちゃだめだよぅ!」
小さくてかわいいけど、びっくりだよ。
ボクもまだ小さいけど、あーちゃんはもっと小さいんだね。
ボクにもこんなに小さいころがあったなんて、ふしぎだな。
「ごめんね、芽生くん、あーちゃんが散らかしちゃったわね」
「だいじょうぶだよ」
「芽生、そろそろ身体を動かしたいんじゃないか。どうだ? おじさんと外で遊ぶか」
「え? あそんでくれるの?」
「その……雪だるまをつくってみないか」
「作る!」
おじさんがあそぼうって言ってくれて、すごくうれしかったよ。
「よし、行くぞ」
「あなた、大丈夫?」
「あぁ、彩芽には雪うさぎを作ってくるからな」
「ぱ、ぱー!」
「ははっ、今、パパと呼んだのか」
「しっかり呼んだわ」
「そうか」
おじさん、うれしそう! さいしょはこわかったおじさんだけど、今はもうやさしいおじさんだね。
お庭にでると、雪がいっぱいつもっていたよ。
「すごい~ ちゃんとおうちにかえれるかな?」
「今日は危ないから、泊まって行くといい」
「え? おとまり? うれしいな」
「私もうれしいよ」
おにわにつもった雪をゴロゴロと丸めたよ。
スキー場でもつくったことがあるから、じょうずでしょ?
「芽生、上手だな、すごいぞ」
「えへへ」
お空から、おじいちゃんも見てるかな?
お空からの雪は、天国にいったひとからのお便りだって、お兄ちゃんが言っていたよ。
「お兄ちゃん、どこかな? あ……」
おじいちゃんのお部屋を見たら、パパとお兄ちゃんの足がみえたよ。
まだ、そこにいたんだね。
かくれんぼうしているみたいだけど、足が見えてるよ。
アチチの足がね!
「芽生、そろそろパパ達を呼ぶか」
「ううん、あとでいいよ。今、アチチだから」
「アチチ?」
「なんでもない! おじさんともっとあそびたいよ」
「そうか、そうか、じゃあ雪うさぎもつくれるか」
「うさぎさん? うん、やってみる」
おじさんがお庭の赤い実で、目をつけてくれたよ。
「かわいい!」
「ふぅ……良かったよ。私もその気になれば、雪遊びできるんだな」
「そうだよ。おじさんだって昔はパパといっぱいあそんだんでしょう?」
「そうだな……この庭で雪が降れば雪合戦をしたりしたな。宗吾はやんちゃで飛び回っていたよ」
「ふふ、おじさんとあそべて、パパきっとうれしかったんだね」
「……芽生は大人を喜ばせる天才だな」
「? ボク……あまりおべんきょうはとくいじゃないよ?」
学校のテストの点数をおもいだして、しょんぼりしちゃった。
「いや……大切なのは人柄だ。優しくて大きくて広い心を持て」
やさしくて、大きくて、広い?
それってボクのパパとお兄ちゃんのことだよ!
ボクはとってもうれしくなって、ポカポカになったよ。
****
「宗吾さん、もしかしてお父さんが逝ってしまった時、泣けなかったんじゃないですか」
宗吾さんの涙を拾いながら、僕は思い切って聞いてみた。
宗吾さんがこんな風に男泣きすることは滅多にない。彼はもともと強くあろうとすることが美徳とするタイプの人だ。だからこの機会を逃してはいけない気がした。
押し止めてしまった涙はちゃんと外に誘導してあげないと身体に良くないよ。僕が道標になれるかな?
「宗吾さん、僕にもたれて下さい。僕だってあなたを受けとめたい」
「瑞樹、すまん……どうしたんだろう。俺、こんなに泣くつもりじゃ……」
「いいえ、このまま泣いて下さい。お父さんを思い出して……泣いていいんですよ、宗吾さん」
宗吾さんが、僕の肩に顔を埋めた。
小さな嗚咽が聞こえてくる。
泣いているのだ。
故人を偲んで……
「どうせ分かってもらえないと決めつけて、歩み寄ることなんて一歩もしないで、逃げて逃げて……顔を合わせたくなくて、芽生だけ預けたりもして、最低だった。あの頃の俺、本当に最悪だった。父さんがこんなに俺のことを考えてくれていたなんて……欠片も気付けず……」
震える肩、揺れる背中を、何度も何度も擦って心が冷えないようにしてあげた。
人の手は温かい。
「宗吾さん、どんな別れにも後悔はつきものです。どうかそんな風に自分を責めないで下さい。お父さん、宗吾さんのお父さんは……もっと大きくて広くて……優しい目で宗吾さんを見てくれていたんです。大丈夫です。宗吾さんの心根の優しさ、ちゃんと見抜いてくれていましたよ」
僕の知る宗吾さんを、きっとお父さんは天国から見てくれている。
だから今、この瞬間に巡り逢えた。
そう思えるから。
「不思議ですね、僕は一度も会ったことがない方なのに、とても親しみを感じています。宗吾さんのお父さん。それだけで僕には幸せな存在です。この世に宗吾さんを生み出してくれた人ですから。あの……腕時計の音を僕にも聴かせてくれませんか」
お父さんの残してくれた鼓動を感じたい。
「あぁ、君も聴いてくれ」
宗吾さんが机の上に置かれた腕時計を、僕の腕につけてくれた。
手首から直接感じることが出来たのは、宗吾さんのお父さんの脈のような音だった。
その瞬間、僕の目からも涙が溢れた。
「瑞樹、どうして……君まで泣くんだ?」
「お会いしたかったです……そう思ったら……急に涙が」
「父のために泣いてくれるのか」
うさぎのように赤い目をした宗吾さんに、掻き抱かれる。
「素敵なお父さんです。宗吾さんのお父さんは、本当に素敵ですよ」
宗吾さんのトロフィーを大切に棚の一番前に飾っている生前の姿が、僕の脳裏に鮮明に浮かんだ。
「宗吾さんは……あなたはお父さんにとって大切な息子さんのひとりだったんですよ」
「そう言ってくれてありがとう。もう父の声は聞こえないが……瑞樹を通して感じるよ」
「宗吾さん、涙を止めないで……しっかり流し切って下さい」
「堪えるのが男だと思ったが……悪い、今日は……どうしても無理そうだ」
そのまま宗吾さんはお父さんの座椅子に座り、目を擦った。
こんな日があっていい。
大人だって、どこかで思いっきり泣いていい。
涙は堪えすぎないで下さい。
飲み込んでばかりいると、心が溺れて沈んでしまうから。
僕だから分かる、僕だから言える言葉がある。
「宗吾さん……宗吾さんは……皆に愛されています。お父さんにもお母さんにも……お兄さんにも、芽生くんにも……何より僕が愛する人です」
「瑞樹……傍にいてくれてありがとう。心強いよ」
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