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新春 Blanket of snow 10

「おばあちゃん、あっちで、ふくわらいしようよ。それなら、あーちゃんもできるかな?」 「出来るわよ。じゃあ戻りましょう」 「うん! はやく、はやくー!」  芽生が母さんの手を引っ張って、父さんの部屋から出て行こうとした。  さてと、俺はどうしようか。 「母さん、もう少しだけ、この部屋にいてもいいか」 「もちろんよ。やっと入って来てくれたから、お父さんもきっと嬉しく思っているわよ。ゆっくりしてから居間に戻って来るといいわ」  俺は父さんの部屋に、居残ることを選んだ。  この部屋の空気が懐かしくて、離れられない。 「宗吾さん、あの、僕も出た方がいいでしょうか」 「いや、君も一緒にいてくれ」 「分かりました。この部屋とても素敵ですね。心が落ち着きます。あれ? この障子って面白い造りですね。上に開くみたいですよ」 「あぁ『雪見障子』だよ」 「これが……僕の家にはなかったので初めてです」 『雪見障子』とは下半分がガラスになっていて、閉めても外の景色が見える障子のことで、部屋の中から雪が積もった景色を楽しめるという風情あるものだ。 「あぁそうだ、これは正確には『摺り上げ雪見障子』というんだよ」 「詳しいですね」 「家のこと、調べていたら、面白くなって」 「なるほど、パッと見は普通の障子のようなのに面白いですね」 「あぁ」  瑞樹がしゃがみ込んで、硝子窓の向こうを覗き混んだ。    「わぁ、今日はまさに雪が降っているので、最高の景色ですよ」 「そうだな」 「ちょうど庭が良く見えますね。宗吾さんも小さい頃あそこでよく遊んだのですか」 「あぁ、うちの庭にはいろんな植物があって面白くてな、いろんな虫もいたし」  そういえば雪が降っていなくても、春も夏も秋も、いつも俺が庭で遊んでいる時は、スライド式の障子が上がっていたな。硝子の部分に父さんが座っている様子が見えて、何だか嬉しかったし安心したものだ。  父さんの顔は障子に隠れて見えなかったのに、何故か微笑んでいるような気がしたんだ。  目を閉じて、近寄りがたかった父さんの照れ臭そうな顔を想像してみた。  すると俺も猛烈に照れ臭くなってしまった。  頬を赤らめていると、瑞樹がくすっと笑った。 「宗吾さん、雪見障子っていいですね。なんだか……照れ隠しみたいです」 「あ、そうか、それだ!」  父さんの見えなかった気持ちに、今頃気づけるなんて。    生前に和解できなかったのは悔やまれるが、今、気付けて良かった。  そう思えば、前向きになれる。 「瑞樹、嬉しい言葉を贈ってくれてありがとう。いつか俺たちの家を建てる時は和室も欲しいな。年を取ったらやっぱり畳が落ち着くだろう」  今度は瑞樹が真っ赤になる。 「宗吾さん……ずっと僕と一緒にいてくれるのですね」 「当たり前だろう。君しかいないのに」 「嬉しいです」  庭からはしゃぎ声がする。 「ゆきだるま、つくろう!」 「よし、芽生、おじさんがとっておきの黄金比の物を作ってやろう」 「おうごんひ? おじさん、それなに?」 「メジャーだよ。直径を長さをはかるんだ」 「わぁ、すごい!」 「あなた……大丈夫?」 「たぶん……無理そうだったら、無理はせず宗吾に手伝ってもらうよ」 「そうね、協力してやるのも素敵よ」  兄さんと美智さんの穏やかな会話、芽生の楽しそうな様子。  庭にも、幸せが溢れている。 「みーずき、ありがとうな! 君のお陰だ。この部屋に入れたのは!」  ギュッと抱きつくと、瑞樹が慌てた。 「ここ……お父さんの部屋ですよ」 「父さんに紹介してるんだよ。俺の大好きな瑞樹のことをさ」 「も、もう」  雪見障子からは足下しか見えない。  だが、俺たちがアチチなのはバレちまうだろうな~ 「あ、あれ……宗吾さん、すごいトロフィーの数ですね。お父さん、何かされていたのですか」 「あぁ……父さんはカルタの名人でさ、よく大会で優勝していたからな」 「すごいですね。見てもいいですか」 「あぁ」  棚にずらりと並ぶトロフィーを、瑞樹がじっと見つめているが、俺は相変わらず関心が持てないでいた。今までカルタになんて興味がないから見たこともなかった。 「あの……宗吾さん、これって……宗吾さんのですよ」 「え? そんなはずはない!」 「でもちゃんと『滝沢宗吾』って書いてありますよ。サッカーや野球、マラソン大会……すごいですね! 本当にスポーツは万能だったのですね」  慌てて確かめると、いつの間にか俺のトロフィーがずらりと並んでいた。 「俺の部屋にあった物は……実家を出た後、処分されたと思っていたのに」 「そんなことしませんよ。お父さん……きっと嬉しかったんですね。ご自分のトロフィーは後ろにして……」 「……と、父さん」  その時になって、猛烈に寂しくなってしまった。  会いたくなってしまった。  父さんに! 「父さん……ごめん……父さん、こんなに愛してくれていたんだな」  瑞樹の前で泣くつもりなんて微塵もなかったのに、俺の背中をそっと撫でてくれると、はらり……はらりと涙が散った。 「宗吾さんだって、泣いていいんですよ。お父さんに会いたいという気持ちに蓋をしないで……」  

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