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新春 Blanket of snow 14
お父さんの部屋で嗚咽する宗吾さんの背中を撫でていると、ふと遠い昔を思い出した。
僕も今の宗吾さんのように、お父さんに会いたくて、お母さんに抱きしめてもらいたくて、夏樹を抱きしめたくて、肩を震わせていた。
日中は涙を堪えられても夜の闇が迫ってくると怖くなり、布団を頭まで被って震えた。季節は夏に向かっているはずなのに、心身が冷え切って寒かった。
そこに大きくて温かい手がやってきた。
……
「瑞樹、大丈夫だ。俺がいるから」
「瑞樹、また泣いたのか。おいで」
「瑞樹、落ち着け」
「瑞樹、瑞樹……」
……
何度も僕の名を呼んで励ましてくれたのは、広樹兄さんだった。
兄さんは僕の悲しみを深い悲しみとして理解してくれ、寄り添ってくれた。
だから僕は兄さんの胸に縋って、いつも泣けた。
兄さんも、お父さんを10歳の時に亡くしていた。
ある日、なかなか帰宅しない僕を探しに来た兄さんが、泣いた。
……
「瑞樹、俺も父さんに会いたくなってきた」
「……兄さんも?」
「もう会えないけど、会いたい! 会いたいよ!」
「兄さん……そんなに泣かないで」
「なぁ、お願いだ。分かってくれ。瑞樹はけっして一人ぼっちじゃないんだ。俺も母さんも潤も、みんな瑞樹の家族だ。なのにお前は遠慮ばかりして」
「……ごめん、なさい」
「謝らなくていい。持って生まれた性格もあるから簡単じゃないのも分かる。だが忘れるな。絶対に一人じゃない。だから絶対に一人でいくな。勝手なことするなよ」
「あ……知っていたの?」
「どうか、どうか……生きてくれ! 瑞樹」
……
この命は、僕だけの命ではない。お父さんとお母さんが授けてくれた大切な命なのに、自ら消えたいと願うなんて。
あの頃の僕は、そこまで打ちのめされていた。広樹兄さんが必死に僕を抱きしめて、この世に留めてくれたといっても過言でない。
宗吾さんが顔を上げる。
「瑞樹、実は……俺……父さんが亡くなったのがショックで後悔して、一度だけ父さんに詫びにいこうと思ったことがあるんだ」
「……宗吾さんも?」
いつも力強い宗吾さんがそこまで思うなんて、よほど追い詰められていたのだ。
「だが芽生が俺の手を引っ張ってくれたから踏みとどまれた。そして君に出逢えた。そこからは、とにかく生きて……しっかり生きていこうと誓ったんだ」
「宗吾さんの生き方、宗吾さんの全てが……僕を引っ張っています」
「ごめんな、驚かせて。結局、君まで泣かせてしまったな」
僕の目元に浮かぶ涙を、宗吾さんがそっと指先で拭ってくれた。
「俺たちは親しい人との別れを繰り返す。だからこそ……生きている今を、この時間を大切にしたくなる」
「はい、生きているって素晴らしいです。僕は恥ずかしながら……そのことを長いこと忘れていたのですが……宗吾さんと芽生くんと出会い、気付けました。僕は生きているんだと」
宗吾さんがギュッと抱擁してくれる。
「だから惹かれた。だから君が好きになった。だから君を愛した」
「あ……分かります。僕たちは見た目も性格も真逆かもしれませんが、深い所で同調しています」
「あぁ、そうだ。お互い、自分にないものを持っているのが素晴らしい」
「それに気付けて良かったです」
僕たちの会話を、お父さんも天国で聞いてくれているだろう。
そして心から安心されただろう。
もしかして僕のお父さんたちとも会えたかな?
そんなことを考えると、涙は止まり、笑顔の虹がかかった。
「宗吾さん……泣けて良かったです」
「あぁ、君の前でここまで泣いたのは初めてだ。その……」
宗吾さんは決まり悪そうだったが、僕は嬉しかった。
「宗吾さん、僕は嬉しかったですよ。もっと弱味を見せて下さい。あなたの支えになりたい」
「瑞樹は変わったな」
「え? 変でしょうか、こういうの嫌ですか」
つい心配になると、いつもの宗吾さんらしく豪快に笑ってくれた。
「良い変化だよ! 君は頼もしくなった。だがいつのも可憐な瑞樹もちゃんといるから俺は安心だ」
抱きしめられて、突然唇を重ねられた。
「あっ……」
「好きだ」
「んっ……」
キスを深められると、蕩けそうになる。
僕はそれほどまでに宗吾さんとのキスが好きだ。
「ほらな、この声も反応も何も変わらない」
「も、もう……お父さんが見ていますよ」
「あ、それはヤバイな」
「くすっ、続きは……明日」
微笑みあって一呼吸。
「そろそろ戻ろう!」
「はい、皆に会いたくなってきましたね」
手を繋いでお父さんの部屋を出ると、憲吾さんが廊下の壁にもたれていた。
「に……兄さん! 参ったな。ずっとここにいたんですか」
憲吾さんの目も、宗吾さんと同様に赤かった。
「……」
憲吾さんは無言で宗吾さんの肩を抱いた。
「宗吾っ、私の弟に生まれてきてくれてありがとう。お前が弟でよかったよ」
「に……兄さん?」
おそらく兄弟間で初めて交わされる会話だろう。
宗吾さんが破顔した。
「俺も……兄さんが兄さんで良かった! 俺たち、まだまだ、これからだ!」
泣き顔ではなく、今度は笑顔になっていた。
わんぱくそうな面影を感じ、僕もつられて笑った。
「憲吾さんと宗吾さんは、最高の兄弟ですね」
「瑞樹くん……君も私の大切な弟の一人なんだ、おいで」
僕も憲吾さんに肩を抱かれる。
あぁ……また輪の中に入れてもらえた。
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