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心をこめて 1

 楽しかったお正月も終わり、またいつもの日常が戻って来た。  僕と宗吾さんは四日から仕事で、芽生くんも今日で冬休みが終わり、明日から三学期を迎える。  日曜日の夜、歯磨きをしていると、芽生くんが洗面所にトコトコやってきた。 「待ってね。今、行くよ」  冬休み中一緒に眠っていたので、当然今日も三人で眠ると思った。  ところが…… 「お兄ちゃん、ボク、今日からじぶんのおへやでねむるよ」 「えっ、そうなの?」 「うん! あしたから学校だから」 「……そうか……じゃあ……おやすみ。明日の準備はちゃんとした?」 「うん! もうバッチリだよ」  芽生くんはお気に入りのくまのぬいぐるみを抱きしめて、バイバイと明るく手を振ってくれた。それでも心配で、つい声をかけてしまう。 「ちゃんとひとりで眠れる?」 「うん、ひつじのメイもいるし、パパくまちゃんもいるから、大丈夫だよ」 「そっか、そうだよね。じゃあ……おやすみ、芽生くん」 「おやすみ、お兄ちゃん」  僕の方は、少しだけ寂しい気分だった。  駄目だな、もう芽生くんは四月から三年生になるんだ。  低学年も終わり、中学年になる。  少しずつ自立していくのは当然で、自然なことだ。  そう心の中で言い聞かせた。  暫くしてから子供部屋を覗くと、芽生くんはあっという間に眠っていた。  子供の寝付きは早いね。  寝室に入ると、宗吾さんが先にベッドに入っていた。 「宗吾さん、芽生くん寝ちゃいました」 「ありがとう! 夜は芽生は瑞樹にべったりで……いつも助かっているよ。それにしても、今日は極寒だな」 「確かにいつもより冷えていますね。寝室の気温も……」  寝入りに暖房をつけようかと思ったら、その手を止められた。 「宗吾さん?」 「暖房より、君がいい」    宗吾さんは極度の寒がりなので、布団の中で僕を抱きしめて暖を取るのが大好きだ。  そのままギュッと抱き寄せられた。 「あ……っ、あの」 「ん~ やっぱ、くっつくと暖かいな。人肌のぬくぬく感が最高だ」  下半身の密着が気になって、もぞもぞとしてしまう。 「ぼ、僕はちょっと重たいですよ」 「……じゃあ、これならどうだ?」  すると、あっという間にくるりと身体を反転させられ、宗吾さんの逞しい身体の上になっていた。 「あ、あのっ」 「はは、何もしないよ。しないけど、少しだけ俺の毛布になってくれ」 「……はい、少しだけなら」    そっと宗吾さんの胸元に頭を預けると、トクトクと規則正しい音がする。 「眠くなってきたか」 「はい……鼓動がいい音で」 「いつもよりドキドキしてる」 「確かに、少し早いような?」 「……瑞樹に一目惚れだったんだ」 「え?」  いきなり何を言い出すのか。 「坂道で君を見つけた時、恋に堕ちていた」 「え、えっと」  どう答えていいのか、答えに困ってしまう。  だってあの頃の僕は、いつも一馬と一緒だったから。   「あの坂道さ、桜が綺麗だったよな」 「そうですね、桜吹雪で世界がピンク色に見えました」 「桜吹雪の中の君……ずっと君の髪に触れたかった。桜の花びらが絡まって可愛かったんだ」  宗吾さんが、僕の髪を手で梳いてくれる。  指先に少し伸びた髪を巻き付けて遊ぶのは、宗吾さんの癖だ。  目を閉じると、あの坂道の光景が浮かんできた。  桜といえば……可愛いピンク色のラインの入ったバスだ。   「幼稚園のバス。そういえばよく停まっていましたね。今考えると、あのバスに芽生くんが乗っていたんですね」 「あぁ、バス登園に急にしたから最初の1週間はとにかく大泣きで、焦ったよ」 「あ……すごい泣き声がしたので振り返ったら、スーツ姿のお父さんが必死にバスに乗せていたのを見たような」 「え? それ、俺かも! 他は? 他は思い出せないか」    記憶も辿ってもそれ以上は思い出せなかった。代わりに……こういう世界は、僕には一生縁がないものだと切り捨てたのを思い出した。  あの頃……僕の未来は空白だった。  いつか一馬に置いていかれると分かっていた。  頭のどこかで、そう思っていた。 「思い出せなくて、ごめんなさい」 「いや、うれしいよ。俺と出逢う前の記憶なんて初めて聞いたから」 「あの頃の僕には、こんなに幸せな日々が待っているなんて想像出来ませんでした」 「……そうだな。俺もまさか君と温もりを分かち合えるようになるとは」  口づけは僕の方からした。 「ん……」 「あっ……」  何度も重ね合っていると、だんだん気持ちが高まってくる。 「明日は新学期なので……」 「だな、だが……」 「はい……」   宗吾さんの手がパジャマのボタンにかかる。  ひとつ、ふたつ……優しく外されて、肩を剥き出しにされていく。  露わになった胸の粒を宗吾さんに吸われると、くぐもった声が漏れてしまう。 「あ……あ、昨日もシタのに……僕……」 「同じだよ。節操無くてごめんな」 「いいえ、同じなんです。宗吾さんが……欲しい……」 「瑞樹、本当に君が愛おしいよ」  坂道ですれ違っていた日々は、もう遠い昔。  今、僕たちは、いつも一緒だ。  心と身体を重ねて―― 「ありがとう」 「それは僕の台詞です」  **** 「いってきまーす!」 「芽生くん、今日は放課後スクールでお昼を食べるんだよ。はい、お弁当!」 「お兄ちゃん、ありがとう。そっか、給食は明日からだったね」 「なるべく早く迎えにいくよ」 「うん、だいじょーぶだよ」  マンションの下で、みんなと久しぶりに会えたよ。 「メイ、元気だった?」 「冬休み楽しかった?」 「うん! とっても!」  今日から3がっき。  本当に冬休み、たのしかったよ!  クリスマスとお正月って、いいことばかりだったなぁ。  いっくんともあえたし、おばあちゃんのおうちにもおとまりしたり、クリスマスプレゼントにお年玉ももらって、ゆめのようだった。  でもね、ずっとおやすみだと、ボク、とっても甘えんぼうになっちゃうんだ。今年はもう三年生になるんだから、がんばらないと。  学校につくと、みんなお年玉の話をしていて、ボクもきかれたよ。 「メイは、いくらもらった?」 「うーん、すぐにパパにあずけちゃったから、わからないよ」 「えー そんなことしたら二度とかえってこないんだぞ」 「えっ、そうなの? でも、ちゃんとあったよ。まえにお年玉でお買いものをしたもん」 「そんなの、その場で、てきとうにごまかされているんだぞ。大人はずるいんだ。いつもケンカばっかしてるし」 「……」  ずるい、けんか……  うーん、なんだかあまり好きになれないな。  その言葉……  放課後スクールで、お弁当を食べながら考えたたよ。  ずるいってなんだろう?  うーん、ボクにはまだよくわからないよ。  みんなは、みんな。  ボクはボクで、いいんだよね?  パパとお兄ちゃんは、いつもとってもなかよしだし、こんなにおいしそうなお弁当も、はやおきしてつくってくれるし、もう二年生なのに、だっこしてほしいときにはすぐにだっこしてもらえるし、いつもうれしいことばかりだよ。  あ、たまごやきだ!  お兄ちゃんのたまごやきって、やさしい味だから大好き。  ずるいは、もうおいておこうっと。  それよりも「ありがとう」って、いっぱいおもった方が楽しいよ!         **** 今日から新しい段「心をこめて」に入りました。投票アンケートでのリクエストにもあった通り、まだあまり書いていなかった芽生の小学校での普段の様子や、冬の日常メインで、ゆっくり書いていこうと思います。  

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