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心をこめて 5
芽生くんが夢中になって絵を描く様子を、宗吾さんと一緒に見守った。
小さな手から生まれる世界は、とても色鮮やかだ。
「明るい色だな」
「そうですね。心がウキウキしてきますね」
それは、仲良さそうな少年たちが、サッカーボールを蹴りながらグラウンドを走っている絵だった。周りには沢山の木があるので、どうやら森の中のようだ。
「あ、そうだ!」
「どうしたの?」
「あのね、この木にはお花はさかせようかな」
「いいね、お祝いっぽくて」
「じゃあピンク色にするね」
「桜かな?」
「そう!」
芽生くんがピンクのクレヨンで、木の枝に沢山の桜の花を描いた。
「お兄ちゃん、ボク、まほうつかいみたい!」
「そうだね、あっという間に満開の桜になったね」
「いっくん、よろこんでくれるかな?」
「芽生くんが心を込めた絵なのが伝わってくるから、大丈夫だよ」
「あ、そうだ……ボク、ひさしぶりにあれを読みたくなっちゃった」
「あれって?」
「もってくるね」
芽生くんが子供部屋から抱えてきたのは、以前北鎌倉の美術館で買ってあげた『トカプチ』という絵本だった。
「これ、よんで」
「お兄ちゃんもこの絵本、好きだよ」
「ボクも」
孤独なオオカミが人間の少年トカプチと出会うことで、しあわせを知る。
人は人と出会うことで、孤独が解消され、悩みが軽くなり、世界が広がることがある。
だから新しい出会いを恐れないで。
新しい世界への一歩、成長することの大切さ。
絵本から放たれるメッセージは、計り知れない。
それをどう受け止めるかは、僕たち次第だ。
「あのね、このご本には、お兄ちゃんとの思い出がギュッとつまっているんだよ。お兄ちゃん買ってくれてありがとう」
「覚えていてくれたんだね」
「あの時、とってもうれしかったよ」
そこにPCで調べ物をしていた宗吾さんが、僕たちを呼ぶ。
「おーい、このサッカーボールでどうだ?」
それは小学生向けのサッカーボールで、サッカーに初めて興味を持った子供やこれからサッカーを始める子供向けの、柔らかい素材で出来ているそうだ。
僕の脳内には潤といっくんが草原でサッカーをする姿が、ありありと浮かんだ。
潤と僕には残念ながら一緒にサッカーをする機会はなかったけれども、これからは違う。僕も遊びに行った時は、まぜてもらおう!
その晩、潤と電話で話した。
最近潤は気軽に電話をかけてきてくれる。それが兄として頼られているようで、嬉しいよ。僕は元々は長男だから、頼られるのが実は好きみたいだ。
「兄さん、あんこパンマンのケーキって軽井沢だと、どこで買えるんだ?」
「もしかして、いっくんのお誕生日ケーキ?」
「あぁ、いっくんのリクエストだから、叶えてやりたいんだ」
「いいね。そういうのは宗吾さんが得意だから聞いてみるね」
「頼む!」
いっくんが家族三人で迎える誕生日は、潤が父親として迎える初めての誕生日でもあるから、心に残るケーキが見つかるといいな。
宗吾さんに相談すると耳寄りな情報をくれたので、すぐに潤に伝えた。
「潤! 軽井沢にある『森のケーキ屋さん』では、なんと子供の絵をそのままケーキに描いてくれるんだって」
「え? そんなこと出来るのか」
「うん、だから、いっくんだけのあんこパンマンが実現するよ」
「それ、詳しく教えてくれ」
「明日までの注文なら間に合うそうだよ」
「兄さん、ありがとう」
「……潤、役に立てて嬉しいよ」
****
兄さんから得た情報は、最高だ!
いっくんに世界でひとつだけのケーキをプレゼント出来るなんて。
メラメラとやる気に燃えていると、いっくんがニコニコやってきた。
「パパぁ~」
「どうした?」
「あのね、いっくん、あんこパンマンさんかけるようになったんだよ」
「おぅ!」
タイムリーだ!
「見せてくれ」
「これぇ」
「かわいいな!」
「いっくんだけのあんこパンマンさんはね、やさしくてかっこいいの」
「いっくんらしいな。この絵、パパにくれないか」
「いいよ。ママにもあげるね」
「いっくん、絵がびっくりするほど上手になったのね」
いっくんの絵は、画用紙いっぱいにのびのびと生き生きと描かれていた。
もちろん、あんこパンマンの表情はビッグスマイルだ!
「えへへ、あのね、めーくん、おえかきがとってもじょうずだったの。キャンプでいっぱいいっしょにかいたんだよ」
「そうか、芽生坊と出会って、いい影響を受けたんだな」
「芽生くんって、本当に素直でいい子よね。いっくんを弟のように可愛がってくれて、私も大好きよ」
すみれも絶賛してくれる。
兄さんが手塩にかけて育てている芽生坊を誉められて、オレも嬉しい。
「兄さんの秘蔵っ子だからな」
「うふふ、潤くんのお兄さんたちは本当に素敵よね。瑞樹くんは芽生くんを、いつもきめ細かにお世話をして、何でも率先して……すごいなって。私でも感心しちゃう」
「兄さんは芽生坊が大好きだから……そんで、オレもそんな兄さんが好きだ」
兄さんのことを誉められると、更に有頂天になってしまう!
すみれには、兄さんとオレがうまくいかなかった時代のことも包み隠さずに話しているので、この極度のブラコンも認めてくれている。
「瑞樹くんは、潤くんにとって最高のお兄さんだわ。そして広樹さんはそんな二人を大きな愛でいつも包んでくれたのね」
「あぁ、広樹兄さんも大好きだ」
こんな風に二人の兄を語る日が来るなんて。
すみれとだから出来ることを、また見つけた。
「潤くん、人を愛せるって……素敵なことよね」
「あぁ、オレはすみれと出会って世界が広がった。孤独が解消され悩みも減ったよ。いつも、ありがとう」
「私もひとりで頑張りすぎていたから、潤くんと出逢えてよかった。人に甘えられるって……素敵なことなのね」
もしかしたら兄さんも今、同じ事を思っているのでは?
兄さんとは……心が通じ合うようになったから、感じるよ。
寒い冬。
凍てついた空気の中で、人は人と優しく交流して、今宵も暖を取っている。
心の温度は、自分次第だ。
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