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心をこめて 8
「パパ、いっくん、もちもちしたいな」
「んっ? モチモチ?」
「おじーちゃんとおばーちゃんとひろくんに、ありがと……したいの」
「あぁ、そうか、そうだよな」
まだ小さいのにきちんとお礼を言えるなんて、偉いな。オレなんて当たり前のようにもらってばかりで、大きくなってもろくにお礼が言えず、結局隣で兄さんがいつも「ありがとうございます」とオレの代わりに頭を下げてお礼を言っていた。なんて偉そうな態度を取っていたのか、今更ながら恥ずかしい。
それにしても、すみれがどんな思いで、この子をここまで育てたのか。
一緒に暮らせば暮らす程、ひしひしと感じるよ。いっくんは、すみれがすべてを注いで必死に育てた子なんだ。
まず大沼の母にかけた。
「もしもし、母さん、オレ」
「まぁ、潤なのね、風邪ひいてない?」
こんな風に健康に気を遣ってもらえるのは有り難い。
「ひいてないよ。元気! あのさ、いっくんにプレゼントをありがとう」
「良かったわ。ちゃんと届いたのね」
「すごく喜んでいた。すみれもいっくんも」
「少しでも家事の負担を減らしてあげたくて。それに全部潤の好物よね」
「覚えていてくれたのか」
「当たり前じゃない。息子の好物を忘れるお母さんはいないわよ」
「ありがとう。今晩早速ホワイトシチューを食べるよ。いっくんにかわるよ」
いっくんは恥ずかしいのか、小さな声になってしまった。
「もちもち、いっくんでしゅ……、あのね、あのね、あのね……」
どうやら、緊張してしまったらしい。
オレはいっくんを抱きしめて、ポンポンと優しく背中を叩いてあげた。するとオレを大きな瞳で見つめて、可愛く笑ってくれた。
「パパ……いるから、いっくん、がんばれる」
「あぁ、いっくん、がんばれ」
「おじーちゃん、おばーちゃん、おいちそうなの、いっぱいありがとう」
「まぁ、いっくんは上手にお礼が言えるのね、うれしいわ。4歳おめでとう」
「うん! いっくん、よんさいになったよ」
「また遊びにきてね」
「うん!」
いっくんの可愛さに、母もメロメロだ。もちろんオレもメロメロだ。
「おお、いっくんか」
「くまちゃん!」
「ははっ、そうだ、森のくまさんだぞ」
「くまちゃんのしちゅーおいちそう!」
「沢山食べて大きくおなり」
続いて父さんも、メロメロだ。
みんな不思議なテンションで、それがまたいいな!
「潤、身体に気をつけるんだぞ、何かあったら父さんが飛んでいくから」
「父さん……ありがとう」
参ったな。父さんって、こんなにも頼もしい存在なんだな。
広樹兄さんは、15歳で父親の代わりをしてくれた。それがどんなに大変だったか、どんなに負担だったか。今だから分かるよ。兄さんが丹精込めて作ってくれたスワッグには、兄さんのこれまでの努力が詰まっている。
いっくんと一緒に大事にしよう。
「いっくん、ひろくんにもおでんわする!」
今度は上手にお礼を言えた。
「ひろくん、はっぱしゃん、いっぱいありがとう。すごくうれちかったよ」
「いっくんの大好きなものだったかな?」
「うん、あのね、おへやにつるしたよ。はっぱさん、みんな、なかよくしているよ」
「あぁ、あの葉っぱは、いっくんを守る人達だぞ」
いっくんを大切に思ってくれる人、愛してくれる人、守ってくれる人。
いっくんの周りには、優しさが集まっている。
ピンポーンと、またインターホンがなる。
「パパぁ、おとどけものでしゅよ」
「あぁ」
いっくんと一緒に玄関に出ると、大きな箱に「はやまいつきくんへ」と書いてあった。
「また、いっくん宛てだぞ。差出人は、滝沢宗吾、瑞樹、芽生となっているよ」
「わぁぁ、そーごくんとみーくんとめーくん!」
いっくんがキャッキャとジャンプする。
全身で喜びを表す様子に、すみれと目を細めた。
「いっくん、嬉しそうだな」
「こんなお誕生日初めてだもの」
「中身は、なんだろう?」
「ワクワク!」
いっくんが覗くと、中からサッカーボールが出て来た。
「わゎぁ」
いっくんは手で口を押さえたまま、固まってしまった。
じわじわと涙が浮かんできた。
「いっくん、大丈夫か」
いっくんが慌てて涙が溢れないように上を向いた。もう条件反射になってしまっているんだな。早く解消してやりたい。そんな切ない仕草は……
「いっくん、うれちくて……びっくりしちゃったぁ」
上を向いても溢れ落ちるほどの、大粒の涙だった。
「いっくん、ずっと欲しかったの?」
「いっくん、これが欲しかったのか」
「……いっくん、いいなって……いいなって……だめなのに、いいなって」
「サッカーが好きなのか」
「あのね、きゃんぷで、めーくんとあそんだの。すごくたのしくて、いっくん、めーくんのボールいいなって……ごめんなしゃい」
オレはいっくんをガバッと抱きしめた。
「馬鹿だな、謝らなくていい。パパに言えば良かったのに。いっくん、パパは中、高とサッカーをやっていたんだ。だから全部教えてあげられるぞ」
「パパ、サッカーしゅごい! やっぱりいっくんのパパはしゅごい!」
いっくんの涙は、オレのトレーナーが全部吸い取った。
すると、いっくんが何か思いついたようにサッカーボールを抱えて、玄関で靴を履きだした。
「おんも、いく!」
「いっくん、外は寒いわよね。危ないし、ダメよ」
「でもぉ、いきたい! いきたい!」
おっ? 珍しくいっくんが子供らしい駄々を捏ねているぞ。
「すみれ、オレがちゃんとみるよ。少しだけなら遊んで来てもいいか」
「潤くん、でも、いいの? 外で遊ばせるのって大変でしょう? ハラハラしたりドキドキしたりで、私は……大変だった」
「うん、子供を公園で遊ばせるって、すごく責任があることだ。オレもよく分かったよ。オレがちゃんとみるよ。オレも外でいっくんと遊びたい」
「潤くんってば、口説き上手!」
オレといっくんは興奮しながら、外に飛び出した。
「パパもワクワク?」
「あぁ、ワクワクだ!」
童心に返ろう!
子供の気持ち、子供の視点で世界を見つめよう。
あの日、あの時、オレには、何がみえていた?
……
「じゅーん、そう、上手だよ! こっちに蹴ってごらん!」
瑞樹兄さんがオレと併走してくれて、パスしてくれた。
「えい!」
勢いよく蹴ったボールは、兄さんの頭上を遙かに越えていった。
あの時、兄さん、心から嬉しそうに笑ってくれたんだ!
「じゅーん、すごい! サッカーの素質あるよ」
それで気を良くして、中学でサッカー部に入ったんだ。
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