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心をこめて 9

「メイ、いっしょにあそぼー」 「いいよ! サッカーをしない?」 「いいね!」  休み時間になってすぐ、お友だちと教室を、とび出したよ。  いっくんにサッカーボールをプレゼントしたからかな? ボクも今日はサッカーがしたいな。でもねサッカーボールの数はすくないから、早く行かないと、なくなっちゃうんだよ。  ろうかは走ったらダメだから、そっとそっと。  すると大きなお兄さんたちに、ぬかされちゃった。  でも先生とのおやくそくはまもらないとだよね。 「あっ! メイ、あと1こしかないぞ」 「本当だ! いそごう!」  さいごの1こに手をのばして、かかえたよ。   「よかったー まにあった」 「うん」  おともだちとにっこりしていると、六年生のお兄ちゃんがやってきたんだ。  それでね…… 「それは、オレたちのだぞ」 「あっ! え、でも……」 「これは予約済みだ!」 「ええっ! よやく?」  あっという間に、ボールが消えちゃった。 「あーあ、とられちゃったな」 「……」 「6ねんせいだから、かなわないな」 「うん……えっと……今日はちがうことしようか」 「そうだな。てつぼうにいこう!」  くやしかったけど、しかたがないのかな? 「いいな、あそびたかったな」  お兄ちゃんたちがボールで楽しそうにあそんでいるようすを見ていたら、心がね、ざわざわって音をたてたんだ。 「あ、あの時……」  キャンプで、ボクのサッカーボールを、いっくんがワクワクした目で見ていたのを思い出したよ。でも、ボクもサッカーが大好きだから、さいしょはいっしょにあそんであげたんだけど、だんだん楽しくなって、ひとりじめしちゃったんだ。 …… 「めーくん、かーしーて」 「あとでね」 「……いっくん、いいこにまってる」 「ごめん、もうちょっとまってね」 「うん」 ……  いっくんはまだ小さくて、サッカーをしたことがないから……  ほんの少しだけ、しらんぷりしちゃったんだ。  あの時、ちゃんと、かわってあげたら、よかった。  いっくんもあの時、こんなきもちだったの?  いっくん、もうボールとどいたかな?  今ごろジュンくんとあそんでいるかな?  そうだと、いいな。  お兄ちゃんがいつも教えてくれること。  ボク、できなかったなぁ……  今度あったら、もっといっぱいあそびたいよ。  大きくなったら、いっしょにサッカーもしよう。  いっしょに、パスしあおうね。  ブルッ――  そのとき、急に体が寒くなったよ。 「メイ、どうした? げんきないな?」 「うーん、ちょっとさむくない? 体がふるえるの、ほら、ガタガタって」 「ぐあい、わるい?」 「……ちょっと」 「ほけんしつにいこう!」  ほけんしつでおねつをはかったら…… 「あらあら、38℃もあるわよ。これはおうちの人を呼ばないとね」 「え? ダメだよ。みんないそがしいもん」 「何言っているの? 子供はね、こういう時は素直に甘えるのよ」 「……」 「お迎えがくるまで少し横になって」 「……うん」  いっくん、ごめんね。ごめんね、ごめんね。  お布団のなかで、すこしだけ泣いちゃった。  パパ、ごめんなさい。お兄ちゃん、ごめんなさい。 ****  宗吾さんは昨日から広島に出張中なので、僕は朝から大忙しだ。  芽生くんを送り出してから、洗濯物を干してお茶碗を洗って……  わ! もうこんな時間なの?  慌てて会社に到着すると、菅野とロッカーで会った。  もう作業服を着ている。 「おはよ! 瑞樹ちゃん」 「菅野は今日も屋外なのか、大変だな」 「瑞樹ちゃんはリーダーとペアだな」 「うん、緊張するけど、頑張るよ」 「お互い、頑張ろう!」  ハイタッチをして別れた。  菅野と話すと、いつも前向きな気持ちになれるよ。  午前中リーダーと企画展の花の装飾についてディスカッションをしていると、スマホが鳴った。 「あっ、すみません。仕事中に……あとでかけ直します」 「どこからか確認してから、判断した方がいいぞ」  促されたスマホを見ると、芽生くんの通っている小学校からだった。 「あ……」 「葉山、何かあったのか」    どうしよう? リーダーに何て説明したらいいのかな?  でも小学校からわざわざかかってくるなんて、何か芽生くんにあったんだ。 「実は一緒に住んでいる人の息子さんの小学校から電話が……その今日親御さんは出張中で、僕しか……」  しどろもどろになってしまう。 「ん? 何をしている。早くかけ直さないとダメだろう」 「あ、はい、仕事中にすみません」 「謝らなくてもいい、私にも息子がいるから何度も経験済みだ。この時期だからインフルエンザかもしれないし、急いだ方がいいぞ」 「電話してみます」  リーダーの言う通り、すぐに電話をして良かった。  芽生くんが2時間目の休み時間に熱を出してしまい、保健室で休んでいるとのことだ。熱は38度もあるらしい。こんな時、僕はおろおろおしてしまうよ。宗吾さんが広島に主張中の今、僕が全部判断しないといけないのに。 「どうした? 早く迎えに行ってやらないと」 「あ、でも……打ち合わせの途中なのに」 「お互いさまだ。俺も子供が小さな時は、よく上司に背中を押してもらった」 「す、すみません」  頭を下げて帰り支度をするが、何をどうすればいいのか分からなくなってしまった。 「葉山、いいか。まず小学校にこのまま迎えに行って、少し自宅で休ませてあげるといい。子供は熱を出すと不安になるから、しっかりついてあげるんだぞ」 「は、はい」 「それから水分補給を忘れるな。氷枕で冷やしてやるのもオススメだ。この時間だと午前中の診療は終わっているから、病院に行くとしたら午後だな。たぶん午前中に38度ということは、この後、もっと上がるだろう」 「いろいろアドバイスありがとうございます」    リーダーが仕事の時のように、細かく指示を出してくれたのが、有り難かった。 「明日も無理するな」 「重ね重ね……ありがとうございます」 「そうだ、それでいい! お互いさまだ、気にするな」    コートを抱えてエレベーターに飛び乗ると、菅野にまた会った。 「どうした? 瑞樹ちゃん、そんなに急いで」 「あ……芽生くんが熱を出しちゃって」 「迎えに行くのか、宗吾さんは?」 「出張中で、だから困ったな」 「瑞樹ちゃん、俺、会社の後に寄るよ。買って来て欲しいものあったら連絡いれて」 「菅野……」 「瑞樹ちゃん、こういうの弱いだろ? 一人で無理そうな時は、遠慮なく周りを頼れ」 「……うん、ありがとう! 行ってくるよ!」  一瞬パニックになってしまいそうだったが、皆のサポートのお陰で、冷静になれた。  芽生くん! 今、行くよ!  ****  どの位たったのかな?   大好きなお兄ちゃんの声が聞こえたよ。  やさしいお花の匂いもする。  だから……すごく、すごくほっとしたよ。  よかった。  ボク、ひとりじゃないんだね。

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