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心をこめて 15
今日は最初にご案内をさせて下さい。
エブリスタのエッセイhttps://estar.jp/novels/25768518では、最近「もう一人の瑞樹」という『重なる月』とのクロスオーバーを22話も書いていました。現在はそのこぼれ話を連載しています。かなり楽しく書いているので、よかったらどうぞ!他サイトの情報で申し訳ありません。
また本日エッセイにも掲載しましたが、同人誌『今も初恋、この先も初恋』の書き下ろしペーパーの内容について、Twitter(@seahope10)で選択式のアンケートを実施中です。お気軽にご参加下さい。
では本編です。
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瑞樹との電話を切って、深く息を吐いた。
「ふぅ、参ったな」
芽生がいきなり高熱だなんて驚いた。俺が出掛けた時は風邪を引いている様子など微塵もなかったのに、相変わらず子供の熱は唐突だ。
そう言えば玲子がいなくなって割とすぐ、芽生が夜中に高熱を出した。苦しげな息づかいに目を覚まし、おでこに手をあてると、沸騰したように熱くてパニックになった。
あの時初めて、俺は小さな子供の命を預かっているのだと強く自覚した。それまでは玲子に任せきりで子育てを嘗めていた。
恥ずかしい過去だ。でも事実だ。
芽生……辛いだろう、心配だよ。
今すぐ飛んで帰りたいが、明日はセレモニー当日だ。
俺が責任者なので、ここを動くわけにはいかない。
しかし明日はどうする? 芽生は学校を休むことになるが、まだ八歳の子供をひとりで寝かしておくわけにはいかない。瑞樹に明日も休んでもらうのは、流石に難しいのでは? 実家の母や兄夫婦の顔もちらついたが……出来れば……
そのタイミングで、瑞樹から看病の申し出があった。
瑞樹の声は冷静で落ち着いていた。
今の君になら芽生を任せても大丈夫そうだな。しかし俺は瑞樹自身のことも心配なんだ。
おそらく君は自分のことは後回しにして、芽生の看病に徹しているのだろう。
そんな瑞樹をケアして欲しい人がいる。
彼ならば安心だ。何しろ大阪出向時に瑞樹をしっかりサポートしてくれた男だから。
そんな理由で菅野くんに電話すると、快く引き受けてくれた。
「宗吾さん、任せて下さい。実はもうデパ地下です。瑞樹ちゃんの弁当を見繕っています」
「そうか! 助かるよ」
「最初からそのつもりでした。会社を早退する時は、まだかなり動揺していたので心配でした。だから仕事が終わったら様子を見に行こうと思っていたので」
「やはり、そうか」
「俺も瑞樹ちゃんがハプニングに弱いの知っていますから」
「あのさ、頼まれついでに、もしよかったら、そのまま泊まってやってくれないか」
「えっと、俺が宗吾さんの家に泊まっていいんですか」
「こんなことを頼めるのは君しかいない」
「信頼してもらえて嬉しいです」
「とても信頼している」
「困った時はお互い様ですから。んじゃ、早速向かいますね」
「あぁ、どうか頼む」
以前の俺だったら、人を簡単には信用出来なかった。どこかでコイツもいつかは裏切って消えていくと勝手に決めつけていた。
だが、そうではない……そうではなかった。
『信頼すれば、信頼してもらえる』
そんな簡単な心の方程式を見失っていた。
信頼とは『信じて頼る』ことだ。信頼している相手が困っていたら、自然と助けたいと思うのが人の情だ。周囲の人との信頼関係がしっかり築けていると、自分が困っている時に自然と助けてもらえるし、相手が困っている時には助けたくなるんだな。
信頼しあえることによって、心温まる関係を築けるということか。
瑞樹……
俺は君と過ごすうちに、すっかり心が柔らかくなったよ。
君はいつも目の前の相手を、どこまでも大切にしてくれる。
そのさり気ない心遣いは、接した人の心を満たし癒やしてくれる。
瑞樹特有の、はにかむような笑顔が脳裏にちらつく。
かつての君は、幸せにとても臆病だった。
だからこそ俺の手で幸せにしてやりたいと付き合い出し、今では二人で幸せになりたいと想い合っている。
離れて思う君は、やはり最上の恋人だ。
****
「瑞樹ちゃん、どうだ?」
「わざわざデパートで買ってきてくれるなんて……ごめんね」
葉山は申し訳なさそうな顔を浮かべた。
そんな顔じゃなく、笑顔を見せてくれよ。
「瑞樹ちゃんに美味しいもの食べて欲しかったのさ」
「うん、すごく美味しいよ。流石弁梅さんの幕の内だね。今更、空腹だったの思い出したよ」
「よかった! モリモリ食べろ~ 味噌汁おかわりいるか」
「ありがとう。菅野の作ったお味噌汁、とても美味しいよ」
「実家では味噌汁係だったのさ」
「なるほど」
俺がここに着いた時、葉山はまだ会社を退社した時と同じスーツを着ていた。それだけで、夜までどれだけ必死に過ごしていたのか伝わってきた。
芽生坊には水分をしっかり取らし、ゼリーやアイスを食べさせても、自分は飲まず食わずだったのだろう。馬鹿だなぁ……そんなんじゃ看病する方がぶっ倒れるぞ。
そんな葉山だから、放っておけない。どんなに自分が大変でも、自分以外のことを優先させてしまうのが、最初は不思議だった。だが、今なら分かる。それが葉山瑞樹という男の性分なんだ。
「一度、芽生くんの様子を見てくるよ」
「あぁ、少し落ち着いているといいな」
「うん」
そのタイミングで子供部屋から、か細い声がした。
「おにいちゃん……どこぉ……?」
「あっ、芽生くん、ここだよ! ここにいるよ」
「だれかいるの? ……パパ?」
「パパは、まだ広島だよ。その代わり菅野が泊まりに来てくれたんだ」
「かんのくん?」
「うん、だから安心して」
「よかった。おにいちゃんに、なにかあったら……ちゃんと助けてくれる人がいるんだね」
「……芽生くん」
芽生坊……自分が辛い時にそんなことを考えられるなんて、すごいな。
さすが宗吾さんの息子だ。さすが小さな騎士さんだ。
俺の方が泣けちまう。
邪魔にならないように、そっと子供部屋の様子を窺った。
「おにいちゃん、あのね……ぼく……いっくんにおでんわしたいな」
「今日? 熱が下がってからでもいいんじゃないかな?」
「ううん、今日、どうしてもはなしたいの」
「わかった」
そうか、今日はいっくんの誕生日だったな。夏のキャンプのお陰で、俺もすっかり葉山を取り巻く環境の情報通になっている。
「あとね、おみず……のみたいな」
「うん、じゃあお水と電話機を持ってくるね」
「うん!」
葉山と入れて違いで、芽生坊に挨拶をした。
「よ! 芽生坊」
「カンノくん!」
「辛かったな。今日は泊まって行くから安心しろよ」
「ありがとう」
まだ熱がありそうだが、すっきりした顔をしていた。
今は大人達に甘えて、ゆっくり休むといい。
****
「いっくん、早速ケーキの箱を開けてみるか」
「うん! あ、でも……まって、まって」
「どうした?」
「めーくんに、ありがとの、もちもちしたいの」
「そうだな。でも芽生坊は放課後スクールに行っているから、夜にならないと帰って来ないんだよ」
「しょっか、じゃあ、あとでしゅる」
「夜、電話してみような」
「うん!」
めーくんともちもちしたら『サッカーボール、ありがとう』っていうんだ。きゃんぷのときのめーくん、かっこよかったなぁ。いっくんもいっぱいれんしゅうして、あんなふうになりたいな。
めーくん、ダイスキ。いっくんのだいじなおにいちゃんだよ。
また、あいたいなぁ。
「いっくん何をしているの? こっちにいらっしゃい」
「ママぁ」
ママがよんでくれたので、よこにちょこんっとすわったよ。
「パパがケーキを運んでくるまで、お目々つぶっていようか」
「うん! いっくん、ぎゅっできるよ」
まあるい、まあるい、けーきしゃん。
いっくん、ずっとたべてみたかったの。さんかくのとんがったのより、まあるいのが、いいなって。パパをみつけたら、いっしょにたべたいなぁって、ずっとずっと。
「いっくん、お待たせ! さぁ目をあけていいぞ」
「うん!」
あ、あれ? あれ、あれ……
おめめ、なんどもパチパチしたよ。
「パパぁ……あんこぱんまんしゃん……のおかお、いっくんのえと……そっくり」
「驚いたか。これは、いっくんだけのお誕生日ケーキだぞ。パパとママからのプレゼントだ」
「わぁぁ……うれちい……うれちいよぅ!」
「よかった。喜んでもらえて」
「しゅごい……」
びっくりしちゃった。
まあるいけーきには、いっくんだけのあんこぱんまんしゃんがわらっていたよ。
ゆめじゃないの?
ほんとなの?
しゅごい……
ゆめみたいだよ。
「いっくん、4本のキャンドルどこに立てようか」
「まって、まって……おかおはだめ……いたいよぅ」
「そうか、いっくんは優しいんだな。パパ、じーんとするよ」
「いっくん、そのかわり、ごあいさつする!」
いっくんね、あんこぱんまんしゃんのほっぺに、チュッてしてあげたよ。
そうしたら、おはなのあたまとおくちにクリームがついたよ。
「わぁー いっくん!!」
「えへへ、ほっぺ、あまいんでしゅね」
「まぁ、くすくすっ」
「いっくんは大物だな」
「いっくん、あんこぱんまんしゃん、だいしゅきだから」
「いっくん、ママにもして」
「俺にもしてくれ」
えへへ、パパとママのほっぺにもチュッ! チュッ!
「いっくん、四歳のお誕生日おめでとう!」
「いっくん、パパとママと過ごす初めてのお誕生日ね。おめでとう」
うれしいなぁ。
いっくん、ほんとうにうれしい。
パパとママがわらってるよ。
いっくんのこと、おめでとうって……
うれちいな、うれちいな。
「パパぁ、ママぁ、あのね……いっくんね……パパとママのこに、うまれてきてよかったぁ」
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