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心をこめて 16

「おぉ! すげーな!」  台所でこっそりケーキの箱を開けると、いっくんの描いた絵がチョコレートなどのクリームで、見事に再現されていた。  まさに世界に一つだけの、いっくんのケーキだ。  オレだけでは、こんな気の利いたサプライズは思いつけなかった。兄さんと宗吾さんに感謝だ。  いっくんが喜ぶ顔を想像するだけで、胸がワクワクしてくる。 いっくんの様子を窺うと、すみれの隣にちょこんと座って目を閉じていた。  すみれからのGOサインが出た!  よしっ!  ケーキを大皿にのせて、そっとテーブルに運ぶ。  一生懸命目を瞑って、可愛いな。  口角がキュッと上がっているので、ワクワクしている気持ちも伝わって来るよ。 「いっくん、もう目を開けていいぞ」 「わっ!」  いっくんは、そのままピタッと固まってしまった。  頭の中でグルグル、ぐるぐる、考えているようだ。  やがて大きな瞳が、じわっと潤んでいる。 「うれちいよ! うれちいよぅ!」  泣きそうな程くしゃくしゃな笑顔を浮かべてくれた。  よし! キャンドルをケーキに立て、バースデーソングを歌うぞ!  以前のオレだったら何も考えず、ブスブスと適当にキャンドルをさしただろうが、今は違う。いっくんの気持ちに丁寧に寄り添いたかった。 「いっくん、キャンドル、どこに立てようか」 「まって、まって……おかおは、だめ……いたいよぅ」  あぶねーっ、聞いてよかった! たしかにあんこパンマンの顔だもんな。  するといっくんが「ごあいさつする!」と、突然顔をケーキに押し当てた。  な、なんだ? 「わぁ!」  いっくんは唇を尖らせて、あんこパンマンの頬にチュッと可愛いキスをしていた。 「えへへ」  顔をあげたいっくんの鼻の頭と口には薄紅色のクリームがついていて、なんともいえないほど愛らしかった。  子供って、こんなに可愛い存在なんだな。  オレ、こんなに可愛い子の父親になれたんだ。  ありがとう……ありがとう。  いっくんは、そのままオレとすみれにもキスしてくれた。  ヤバイ……ダメだ、泣きそうだ。 「いっくん、誕生日おめでとう!」 「いっくん、もう4歳になったのね」 「パパぁ、ママぁ、あのね……いっくんね……パパとママのこに、うまれてきてよかったぁ」  こんな言葉を伝えてくれるなんて。  オレたちはいっくんを抱きしめて祝福し泣いてしまった。 「いっくん……この世に生まれてきてくれてありがとう。あなたはママとパパの大切な子よ」 「いっくん……」  言葉が続かない。  嬉しくて、ありがたくて、嬉しくて…… **** 「芽生くん、電話をかけてみようか」 「うん!」  そう思った瞬間、着信音が鳴った。  あ……潤からだ。もしかして? 「もしもし」 「もちもち」 「いっくん!」 「みーくんでちゅか」  ふふっ、相変わらず可愛いしゃべり方だな。 「そうだよ」 「あ、あのね、めーくんいましゅか」 「うん、いるよ、かわるね」 「いっくんなの?」  芽生くんも嬉しそうだ。熱があっていつもの調子ではないが、それでもいっくんと喋りたそうにしている。 「いっくん、おたんじょうびおめでとう!」 「めーくん、ボールありがとう! あのね、キャンプのとき、めーくん、かっこよかったからぁ……いっくん、パパにおしえてもらってね、サッカーじょうずになりたいの。そしたらまたあそんでくれましゅか」  芽生くんが目を潤ました。 「いっくん……ボク、あのとき……ごめんね。いっしょにあそんであげなくて」 「えー? めーくんいっぱいあそんでくれたよ。それに、さっかーみせてくれたよ?」 「そんな風に思ってくれてうれしいよ。こんどあったとき、いっぱい、いっしょにあそぼ!」 「うん、あーそーぼ!」  どうやら芽生くんが気にするほど、いっくんは気にしていなかったようだね。 「めーくん、だいしゅき」 「いっくん、ボクも! ボクもだいすきだよぅ、うっ、うっ」 「めーくん? いいこ……いいこ……」  二人の会話を聞いている僕も、一緒に涙ぐんでしまったよ。  こんなに小さいのに、こんなに優しい言葉を分かち合えるなんて、いっくんも芽生くんも本当にすごいよ。  僕はこの二人の傍にいられて、本当に幸せだ。 「また、あそぼうね」 「うん! めーくんはね、いっくんのおにいちゃんだよぅ。だからずっとずっといっしょ」 「いっくん……ありがとう」    電話を終えると芽生くんはとても安心した様子で、また横になってしまった。  熱はまだ38度もある。食欲もないらしく、ゼリーを少し食べてぐったりしてしまった。  菅野のアドバイスで、パジャマを着替えさせ冷却シートを貼ってあげた。 「おにいちゃん、さむいよ……」 「葉山、毛布もう一枚、あと加湿器もこの部屋に」 「分かった」  テキパキと指示してくれる菅野がいてくれて良かった。  芽生くんが寝入ってから、菅野と交代で入浴した。 「葉山も気疲れしたろう。寝る前に温かい物でも飲むか飲むか」 「あ、そうだね。子供みたいだけど、ホットミルクにしようかな」 「いいな! 俺も欲しい」 「じゃあ、作るね」 「テレビ小さな音でつけていいか」 「もちろんだよ」  菅野がテレビを付けると、ちょうど夜のニュースの時間帯で、隣の区で起きたマンションの強盗犯が捕まったとテロップが流れた。 「お! よかったな! 実はこの事件、ちょっと気になっていたんだ」 「……うん、僕も……」 「もう大丈夫だ。安心しろ」 「……ありがとう。ごめん……僕……弱くて」 「馬鹿だなぁ、人は元々弱いものさ。何かしらウィークポイントがあるものさ」 「菅野……」 「だから遠慮しないで弱い部分は頼っていいんだぞ。何もかも一人でやるな。抱えるな、耐えるな……って、これは宗吾さんが話していたことだが」 「そうなのか?」  宗吾さんの言葉は、いつも心強い。  そしてそれを迷いなく伝えてくれる菅野も素敵だ! 「ありがとう」 「俺たちも早く寝よう。夜、何があっても対処できるように」 「うん」  その晩、夢を見た。  桜の季節だった。  グランドの周りには満開の桜の樹があって、成長した芽生くんといっくんが仲良くサッカーをしていた。  それを僕は目を細めて、樹の下から眺めていた。  そこに潤がやってくる。 「兄さん、久しぶりに相手してよ」 「……うん!」  僕も久しぶりにサッカーボールに触れた。  潤に向かってパスをすると、とても爽快な気分になった。  これは明るい未来へ続く夢だね。  この先、何があっても大丈夫だ。  僕は必ずこの光景を見る日が来るだろう。  そういう気持ちになれる前向きな夢だった。    

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