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心をこめて 32

 もう朝なの?  カーテンのすきまから、おひさまの光が見えるよ。  じょう先生のお話を聞いたら、心がおちついて、ぐっすりねむれたよ。  よかった!  昨日の夜、パパとお兄ちゃんも、すごくかなしいお顔をしていた。  つらいのはボクだけじゃないんだね。  さみしいのもボクだけじゃないんだね。  あ……テンテキの液、だいぶへっている!  あとどれくらいで終わるかな?  今度はきっときっとよくなるよ!  ボクの家とはぜんぜんちがう朝ご飯も全部たべたし、けんさもじっとしていたよ。  お昼ごはんを食べたら、1時ぴったりにおばあちゃんが来てくれたよ。 「芽生、ずいぶん良くなったのね」 「ほんと? おばあちゃんにはわかるの?」 「えぇ、目が生き生きしているし、充血も取れてきているわ」 「わぁ……よかった!」 「頑張ったわね。12時間も点滴するなんて、大人だって大変よ」 「おばあちゃんでも大変?」 「もちろんよ、おばあちゃん我慢できるかわからないわ。芽生は偉いわね」  おばあちゃんが優しく頭と背中をなでてくれるの、うれしいなぁ。  ママがいなくなってさみしかった時、おばあちゃんが来てくれて、こんな風に優しくなでなでしてくれたんだよね。 「おばあちゃん、だーいすきだよ」 「まぁ、うれしい。おばあちゃんも芽生が大好きよ。可愛い可愛いメーイ」  おばあちゃんの言うとおり、ボク、昨日よりずっと調子がいいみたい。  体がずっと重かったけれど、今日はすっきりしているよ。  軽くなったよ。 「おばあちゃん、ボク……お熱まだある?」 「んー あら、すっきり下がったみたいね」 「よかった! 昨日よりずっといい気分なんだ」 「良かったわ。悪いことばかりは続かないのよ。もしも……とっても悪いことが起きちゃったら、その後にはとっても良いことがやってくるのよ」 「ほんと? そうだといいな」 「そうよ!」  まだテンテキをしているから体を上手に動かせないよ。でも昨日までは眠っている方が楽だったのに、今日はちっとも眠くないよ。  だから少し寝ているのもあきちゃった。 「芽生、退屈になってきた?」 「うん……でもね、テンテキの針がいたいから、お絵かきしたいけど、まだムリなの」 「そうね。そうだわ! おばあちゃん、ご本を持ってきたのよ」 「わぁ、どんなご本?」 「これは憲吾と宗吾が小さな頃、大好きだったお話よ」 「ボクも読みたいなぁ。でも……」 「おばあちゃんが読んであげるわね」 「いいの?」  おばあちゃんは古いご本を見せてくれた。    パパの好きだったもの知りたいな。 「冒険をする話よ」 「ワクワクするよ。おばあちゃん、宝物はなにかな?」 「お話を読めば分かるわ」 「うん、お話して」 「昔、むかーしある所に……」  おばあちゃんのお話、とっても面白かったよ。  心優しい人達が育てているきれいな木やお花が欲しくなって、俺たちも『しあわせの種』という宝物を探そうって、冒険をはじめるの。  でもね、どんなに探しても『しあわせの種』は見つからなかったの。  それはね、実は冒険者さんたちの心の中に最初からあったんだよ。  みんな、お父さんとお母さんから『しあわせの種』をもらって、この世に生まれてくるんだって。 「芽生、まずは種に気付くかから始まって、気付いでも、それをどう育てるのかによっても違うのよ。途中で折ったり、枯らしてしまう人もいるし」 「そうだね。おばあちゃん、あのね……ボクのこころのたねはね、もうまいたんだよ」 「そうね。瑞樹と一緒に育てているものね」 「うん!」  そんなお話をしていたら先生が来て、またいろいろ調べられたよ。  ボクはじっとガマンしたよ。  検査の機械はつめたくて、気持ち悪くて、いやだったけど…… 「よし、いいだろう。もう点滴は終わりだよ。芽生くん、よく頑張ったな」 「芽生、良かったわね」 「ほんと? もういいの? うれしいよぅ」 「熱も下がったし充血も治まっているからね。暫く入院と検査は続くが、これで両手が自由になるよ」  ボクの腕からテンテキの針がぬけたの、すごくうれしかったよ。  ボクの両手、やっと自由だよ! 「おばあちゃん、うさちゃんとくまちゃんを取ってくれない?」 「どうぞ」 「くまーちゃーん、うさちゃーん」  両手でギュって抱っこしてあげたよ。 「きいて、きいて。ボクね、今日から君たちも、お兄ちゃんも、ギュって出来るんだよ」    そうしたら扉が開いて、お兄ちゃんが駆け込んでくれたの。 「お兄ちゃん!」  ボクは思いっきり両手を開いて、お兄ちゃんにくっついたよ。 「芽生くんっ、点滴終ったんだね! 良かった!」 「お兄ちゃん、会いたかったよ」 「僕もだよ、芽生くん」  ボクからお兄ちゃんをだきしめたら、お花のようにきれいに笑ってくれたよ。  お兄ちゃんのしあわせの芽は、きれいなお花になったんだね。ボクはまだ小さな芽だけど、お兄ちゃんのお花を守る大きな木になりたいな。 「お兄ちゃん~ だいすきだよ!」 「芽生くん、僕も大好きだよ」  おばあちゃんがボクたちを見て、教えてくれたよ。 「あなたたちは、そうやっていつもしあわせたっぷりのシャワーを撒き合っているのね」 「はい!」 「うん!」 「スクスク成長するはずだわ」  ボクとお兄ちゃんは顔を見合わせて、にっこり笑ったよ。  にっこり、にっこり。  よかった。やっと、やっと、いつものボクとお兄ちゃんにもどれたよ。

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