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心をこめて 38

 翌日は土曜日。  土日・祝日は11時から面会できるので、楽しみだ。  宗吾さんと僕は喜び勇んで、芽生くんの待つ病院へと向かった。  芽生くんの傍に、少しでも長くいたいから。  昨夜もう一度想くんとゆっくり話した。  彼からの入院アドバイスは、実に的を射るもので、僕は宗吾さんと相談して、早速実行に移した。芽生くんが少しでも前向きに明るくなれるためなら、何でもしてあげたい。  病院に着くと紺色のダッフルコートにマフラーを巻いた想くんが立っていた。彼の柔らかな雰囲気は、穏やかな日溜まりのようで心が落ち着く。そして隣には爽やかな駿君が立っていた。濃紺のピーコートを颯爽と着こなして、彼は根っからのスポーツマンらしい雰囲気だ。 「瑞樹くん!」 「想くん! 駿くんもありがとう」 「少し寄るところがあって、一緒に来たんだ」 「大切な時間を割いてくれてありがとう」 「とんでもないよ。芽生くんは僕たちにとっても大切な子だよ。ね、駿」 「あぁ、そうだ。成長を見守りたいと、想とよく話しているんだ」    想くんと駿くんが見つめ合って頷いている。   「嬉しい言葉です。ありがとう!」  宗吾さんも嬉しそうだ。  誰だって人から大切にされるのは、嬉しい。  僕も芽生くんが人に愛され、人に慕われるのがとても嬉しい。 「早速だけど、芽生くんに会えるかな? 渡したいものがあって」 「もちろんです。芽生も喜ぶよ」  宗吾さんの先導で、病室に向かった。  芽生くんがワクワクした顔で待っていた。 「パパ、お兄ちゃん! 今日は早くあえてうれしいよ」 「おぉ、調子はどうだ?」 「うん、もうとってもいいのに、まだタイインできないんだって」 「……そうか、芽生、今日は駿くんと想くんがお見舞いに来てくれたぞ」 「え? わぁ、うれしい。ピクニックたのしかったよね」  駿くんと想くんが顔を覗かせると、芽生くんはキラキラした表情を浮かべてくれた。いつもと違うメンバーの来訪は、刺激になるようだ。 「こんにちは!」 「芽生くん、元気になってきてよかったよ。退院したら約束した通り、サッカー教えてあげるよ」 「ほんと? シュンくんって、サッカーのせんしゅだったんでしょう?」 「まぁな」 「ボク、あこがれるよ」 「小さい時からコツコツ練習していくのが大事なんだよ」 「うん」 「これ、お見舞いだ」  駿くんがくれたのは、サッカーの練習着だった。 「わぁぁ! すごい! ここの、しってる」 「ごめんな。俺が着たもので」 「ううん、ボク……おふるにあこがれていたんだ。シュンくんからのパワーいっぱいだもんね」  その言葉にハッとした。  そうか、僕も広樹兄さんから沢山のお古をもらってきた。    パワーを譲り受けていたのか。    芽生くん、物事を前向きに考えられて、すごい。  幼い芽生くんから、僕は学ぶことだらけだよ。    暫く歓談した後、自然の流れで、病室に想くんだけ残して外に出た。 「少し想と二人きりで話した方がいいと思うんです。俺たち喫茶室にでも行きましょうか」 「そうですね」  なるほど、想くんと駿くんの関係っていいな。  お互いのことを、心から分かり合っている。  8歳からの幼馴染みで同級生。  そんなありふれた関係から始まった恋だったと聞いている。  いつか二人の恋の流れをゆっくり聞いてみたい。  ここまで辿り着くのに超えてきたものが、沢山あるのだろう。 **** 「芽生くん、僕はね小児喘息という病気で、幼い頃から入退院を繰り返してきたんだ」 「そうなの? そうくんも入院したことあるの?」  お兄ちゃんがつれて来てくれた、そうくん。  お兄ちゃんみたいにやさしいお兄さんも、入院したことがあるんだね。 「いっぱい入院したの? ボク……もう10日間もここからでられないんだよ」 「うん、発作が治まらなくて、10日以上入院したことが、何度もあるよ」 「え? 何度も? もしかしてテンテキもした?」 「うん、太い針がこわかったよ。何日も取れなくて、自由に手が動かせないし、トイレにいくのも大変で辛くて嫌だった」 「わかる! ボクも!」  ボクだけじゃないんだ。  そうくんもなんだね。 「点滴、痛かったし、怖かったよね」 「うん、針がふとくて……」 「大人になってからも嫌だよ。手を曲げたら針が折れちゃうかもって心配にならなかった?」 「なった!」  ずっと病室には、ボクひとりだけだった。  だれともこんな会話したことなかったから、すごくうれしい。  あの痛みや苦しみを分かってくれるんだね、そうくんは。 「そうくん、ずーっと病室からでられなくて、くるしくなかった?」 「苦しかったよ。窓の外を見つめては、自由になりたいなって思っていたよ」 「いっしょなんだね。そうくんは、それをのりこえて大人になったんだね」 「母や友だちに支えられて、あとこれ……これがボクの支えになったよ」  そうくんがボクの手ににぎって、にこっと微笑んでくれた。 「手を開いてごらん」 「え……わぁ、きれい!」 「元気になるお守りだよ」  ボクの手には、きれいなお花が咲いていたよ。  ピンク色がとてもきれい。 「桜のお守りなんだ。昔、母が買ってきてくれて……これを大事にしていたら、がんばれたから……芽生くんにもあげるね」 「いいの? 三つもあるよ」 「君からあげたい人がいると思って」 「いる! いるよ!」  パパとお兄ちゃんとボク。  3人で同じお守りを持てるんだね。 「そうくん、ありがとう」 「このお守りはね、『幸芽《こうめ》神社』という神社のお守りだよ。幸せの芽って、芽生くんにぴったりだと思って」 「幸せの芽……ボクそうなりたいよ。パパやお兄ちゃんにいつまでも笑ってもらいたいもん!」 「うん、芽生くんならなれるよ」  想くんの優しいほほえみ。 「あのね、そうくんみたいに、やさしい人になりたいし、シュンくんみたいにかっこよくもなりたい」 「なれるよ。芽生くんなら絶対に! もう一つ元気になれることがあるんだ」 「なにかな?」 「ちょっと待っていてね。僕が入院中に嬉しかったことがもう一つあって」  想くんが扉をあけて、だれかをよんだよ。  カーテンから顔を出したのは…… 「コータくん!」 「メイ! おみまいにきたぞ! やっとこられたよ」 「わぁ~ コータくん、あいたかったよ」  想くんがニコニコして見守ってくれている。    コータくんの後ろには、コータくんのお母さんも立っていたよ。  小学校が違ってなかなか会えなくなった、ボクの大事なおともだち。  コータくんが来てくれた! 「メイ! 遊べる?」 「うん、トランプする? ボードゲームもおもしろいよ」 「どっちもしたい!」  そうくんがくれた、さくら色のお守りのおかげかな?  さっそく、うれしいことがあったよ。

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