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心をこめて 37
「もしもし想くん?」
「あ……瑞樹くん!」
「今、話せるかな?」
「うん、もしかして……何かあった?」
繊細な想くんは、人の心に機敏に反応する。
「ん……実は芽生くんが入院してしまって」
「え、入院?」
「うん、川崎病って分かる?」
「もちろん知っているよ。まだ小さいのに入院なんて大変だ。瑞樹くんも宗吾さんも辛い思いをしたね」
想くんはまるで自分のことのように、心を痛めてくれた。
「それで芽生くん、今はどんな感じ?」
「それが、病状は落ち着いたけど、血液検査の結果、炎症の数値が落ち着かないから入院が長引いてしまって……もう10日も。最近少しもどかしい感じで……」
「そうか、もう10日も入院しているのか。それは……小さな子供にとって、とてつもなく長い時間だよ。僕には芽生くんの気持ちが手に取るように分かるよ。僕も小さい頃、重度の小児喘息で入退院を繰り返していたから。あの……もしもよかったら、芽生くんのお見舞いに行かせてくれないかな? 直接会って励ましてあげたいんだ」
話が自然に、僕の望む方向へ流れていく。やはり想くんは出会うべくして出会った人なんだね。どこまでも僕の心に寄り添ってくれるのが心地良い。
お見舞いに来てもらえたらと密かに思っていた。
それを想くんから申し出てくれるなんて……僕のこころ、君に見えているの?
「嬉しいよ。来てもらえたら嬉しいとは思っていたけど、言い出せなくて……」
「瑞樹くん、どうか僕には遠慮しないで欲しい。僕は君の……」
想くんの語尾がどんどん小さくなっていく。
待って、行かないでくれ。
想くんが勇気を出してくれたのだから、僕も応じたい。
「想くんは僕の親友だよ。だから頼ってもいいかな?」
「あ……僕も、僕も同じことを言いたかったんだ。瑞樹くん、ありがとう。明日は土曜日だから、明るい時間にお見舞いに伺っても?」
「明日、そんなにすぐに来てくれるの? 芽生くん喜ぶよ。ありがとう。入院先は……」
その晩、芽生くんは明らかに元気がなかった。
「芽生くん、どうした?」
「お兄ちゃん、ボク、大丈夫かな?」
僕はそっと芽生くんのベッドに座って、小さな身体を抱き寄せてあげた。
「お兄ちゃんには何でも話していいんだよ。誰にも言わないよ」
「ほんと? あ、あのね……いつここから出られるの? お外にいきたいよ。学校にいきたいよ。もうみんな、ボクのことなんて、忘れちゃったんじゃないかなってしんぱいなの」
芽生くんが瞳を潤ませて聞いてくる。
なんて、なんて……切ないんだ。
「大丈夫だよ。みんな芽生くんのことを待っているよ」
「……そうかなぁ」
「そうだよ。そうだ、いっくんからお手紙が届いていたから持って来たよ」「え? いっくんから。見たい!」
いっくんはまだ文字が書けない。だから画用紙いっぱいにクレヨンで絵が描かれていた。
男の子がふたり、仲良くボールをパスし合っている絵だった。
これは、いつか芽生くんが見た夢の世界だね。
いっくんの夢と芽生くんの夢は、同じ方向を向いている。
二人が同じ夢を持っているのなら、きっと叶うだろう!
「いっくんも絵が上手だね」
「わぁ、これ、サッカーボールかな?」
「きっとそうだね。いっくんね、お誕生日に贈ったサッカーボールがお気に入りで、毎日潤と遊んでいるんだって」
「ほんと? いっくんってかわいいよね」
「芽生くんの弟みたいだよね」
「うん! おとうとだと思ってるんだ。あぁ、またひとつタイインしたら、したいことができたよ」
「元気になったら、遊びに来てもらおうね。まだ東京の家には来ていないし」
「うん、ボクの部屋でいっしょにねむってもいい?」
「もちろんだよ」
芽生くんはボクの横でぬいぐるみを抱きしめて、うれしそうに笑ってくれた。
手紙からは、綺麗な葉っぱが出てきた。
冬なのに枯れ葉ではなく、緑の葉っぱだった。
いっくん、ありがとう。
芽生くんの笑顔が枯れてしまう前に、どうか、どうか退院出来ますように祈って欲しい。
君の天使のような微笑みなら、きっと叶うと思うんだ。
****
「パパぁ、いっくん、また、めーくんと、もちもちしたいなぁ。おでんわしちゃ……だめ?」
いっくんがトコトコやってきては、毎晩のように聞いてくる。
芽生坊はあの日の電話の後、容体が急変して入院してしまったんだ。
まだ小さないっくんにどう話せばいいのか、迷っていた。
するといっくんが宝箱を抱えてやってきた。
「どうした?」
「あのね、いっくん、めーくんにあってくる! これあげるの」
「え?」
「ちんぱいなの、おでんわできないなら……いってくる!」
いっくんが保育園バッグに宝箱を詰めて旅立とうとするので、慌てて引き止めた。いっくんって、こういう所は男の子らしいんだな。
「いっくん、分かった、話すよ。芽生坊はな、今、……病院にいるんだ。だからお電話も出来ないし、行っても会えないんだよ」
「え……びょういん……? ママみたいに、にゅーいんしてるの?」
いっくんの瞳が、うるうるしている。
そうか、いっくんはすみれが入院したことを覚えているんだ。
「そうなんだ。だから、お手紙を書こう!」
「ぐすっ、げんきになったら……あえる?」
「パパが連れて行くよ。パパも会いたい」
「めーくん、だいすき。めーくんのびょうき……なおりますように」
いっくんが目をぎゅっと閉じて、一生懸命祈っている。
まるで天使のように、心をこめて――
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