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心をこめて 40
1時間ほど喫茶室で歓談してから、二人を病院の玄関まで見送った。
「想くん、駿くん、今日はありがとう。駆けつけてくれて嬉しかったよ」
「こちらこそ。僕たちを思い出してくれて嬉しかったよ」
想くんはソフトな笑顔を浮かべていた。
彼はどこまでも穏やかで優しい青年で、柔和な顔立ちに人柄が滲み出ていた。
「瑞樹くん、あと少しだよ。芽生くんはね、きっともうすぐ退院出来るよ」
「そうだといいな。でも、どうして分かるの?」
「うーん、それは僕の長年の勘かな?」
「そういうものなの?」
「うん、今日は沢山の特効薬を飲んだからね。どれも効き目は抜群だ」
確かに!
駿くんが持って来てくれたお古も、想くんが芽生くんに寄り添って、入院や治療のつらさに同調してくれたことも、コータくんと久しぶりに会えたことも、全部、芽生くんの糧になることばかりだ。
「確かに特効薬だね。全部、君のお陰だよ」
「いや、僕ではなく瑞樹くんから広がった輪だよ。瑞樹くんだから気づけたことだよ」
想くんに僕の行動を労ってもらえると、それは自信に繋がった。
想くんは外見から受け身なタイプかと思ったら、それだけではないようだ。
意外と男らしく、ビシッとした面もあるようだ。
「じゃあ、またね! 駿、行こうか」
「あぁ、想、マフラーは?」
「あ、忘れてた」
「風邪ひくなよ。ほらっ」
「うん」
駿くんにマフラーを丁寧に巻いてもらう想くんは、安心しきった顔でぐっと幼く見えた。
ギャップがあるのがいいね。
僕、想くんも駿くんも、知れば知るほど好きになるよ。
「瑞樹くん、僕たちと知り合ってくれてありがとう。僕、君を知れば知るほど好きになるよ」
「あ……それ、僕も今心の中で思ったことだ」
「僕たち、やっぱり気が合うね」
想くんの微笑みは、桜の花びらのように可憐だった。
次に会うのはいつだろう。
芽生くんが退院して落ち着いたら、またあの場所でピクニックをしたいね。
芽生くんは駿くんにサッカーを習いたいと頼んでいたみたいだし。
「瑞樹くん、桜の季節になったら、またあそこに行かない?」
「うん、ぜひ!」
「青い車は、いつでも君を待っているよ」
芽生くんの病室に戻ると、今度は子供らしい無邪気な笑顔の花が咲いていた。まるで野に咲くタンポポや真夏の向日葵のようなポップで明るい笑顔だ。
芽生くんとコータくんが、ベッドの上でボードゲームで遊んでいた。
「つぎはメイの番だぞ」
「うーん、どうしようかなぁ」
「ゆっくり考えていいよ」
「よーし、ここにする!」
「わ! そうくるか」
「えへへ」
「メイつよいな」
あぁ……懐かしい会話だ。
あれは僕が幼い頃、広樹兄さんと遊んだものだ。『ダイヤモンド』というゲームで兵駒と王駒を上手く動かし、早く陣地を移動させた人の勝ちだったね。
広樹兄さんがいつも僕と遊んでくれるのが、当時とても嬉しかった。年の差があっても対等に楽しめるボードゲームを囲んで、僕たちは今の芽生くんとコータくんのような会話を繰り広げたものだ。
ゲームに没頭している間は、何もかも忘れられたから、有り難かった。
病室の壁際の椅子にはコータくんのお母さんが座っていた。
「滝沢さん、お久しぶりです」
「今日はありがとうございます」
「お元気そうですね。瑞樹くんも」
「はい、ご無沙汰しています」
ぺこりとお辞儀をすると、コータくんのお母さんも同じようにお辞儀をしてくれた。
幼稚園の運動会で、右も左も分からない僕に親切にしてくれた。遊園地で会ったのも、懐かしい思い出だ。コータくん親子は、僕と宗吾さんが出会って間もない頃からの知り合いだ。
「芽生くん、すごくいい子に成長していますね」
「そうですか! それはきっと瑞樹のお陰です」
「瑞樹くんの優しさ、受け継いでいますよね。あの頃を思うと、本当に……芽生くん明るくなって……今は家庭円満なんですね」
「えぇ! あれからずっと俺たちは仲良し家族ですよ」
宗吾さんが自信を持って言い切ってくれるのが、心から嬉しかった。
「あら? もうこんな時間。コータ、そろそろ帰らないと」
「もう?」
「約束の時間よ」
「わかった。メイ、次はタイインしたらかな」
「うん! コータくん、これからはもっとあおうよ」
「うん! 小学校がちがってさ、メイは別の世界に行っちゃったと思ったけど、ちがうんだな。メイはメイだった! よかった!」
「うん、ボクも同じ! コータくんはコータくんだった!」
コータくんが芽生くんの肩を組めば、芽生くんからも組む。
幼馴染みの二人は、いつだって、とっても仲良しだ。
芽生くんが入院してからずっと大人としか接していなかったので、気になっていたんだ。
子供の世界――
それは芽生くんの住む世界。
それを尊重し大切にしてあげたかった。
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