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心をこめて 41
コータくん親子が帰ってしまうと、病室が一気に静かになった。
今日は来客が多き賑やかだった分、寂しくなったのでは?
芽生くんの顔色をそっと窺うと、寂しさよりも満たされた様子だったので安堵した。
「パパ、コータくんをつれてきてくれてありがとう」
「どういたしまして! 芽生、楽しかったか」
「うん、とっても! コータくん何もかわってなかったよ。ボクたちようちえんの時みたいに、なかよしのままだった! これからさきも、ずっとともだちでいようねって話したんだ」
「それを、幼馴染みと言うんだよ。よかったな」
どうやら芽生くんはまだ楽しかった余韻の中にいるようだ。
学校で熱を出してお迎えにいってから、同年代の子供と話す機会がなかった。だから本当に久しぶりに子供の世界に浸れたね。
芽生くんが僕の手をキュッと握ってくれる。芽生くんのこういう仕草が僕は大好きだ。
「お兄ちゃん、そうくんを連れてきてくれてありがとう」
「想くんと沢山お喋り出来て良かったね」
「あのね、これをそうくんからもらったの」
小さなものを手の平にのせて、見せてくれた。
「可愛いね。えっと……桜の……」
「お守りだよ。想くんがね、こうめ神社におまいりしてきてくれたんだって」
「こうめ? なるほど、梅が綺麗なのかな」
音の響きからの印象を告げると、芽生くんは首を可愛く振った。
「ううん、あのね、『こうめ』って『幸せな芽』って書くんだって」
「幸せな芽?」
「そうなの! すてきな神社だね」
「うん。すごくいいね」
幸せな芽か。
それは僕にとって芽生くん、君のことだよ。
「これね、パパとお兄ちゃんの分もあるんだよ、ほら!」
「え? 僕たちの分も?」
「想くんってすごいね。ボクたち三人がチームなこと知ってたんだ」
宗吾さんの手、僕の手、芽生くんの手
それぞれの手に、可愛い桜のお守りがのっている。
「いいな、桜の季節には元気一杯いになっているぞ」
「うん!」
「お花見に行こうね」
「うん!」
「三人でお揃いなんて、嬉しいな。鞄につけようかな」
宗吾さんが桜のお守りを握りしめて明るく笑えば、そこにパワーが宿る。
「はい、僕も毎日持ち歩きます」
「ボクはランドセルにつけようかな」
離れていてもいつも一緒。
僕たちは繋がっている、その証のような桜のお守り。
想くんからの贈りものは、僕たちの絆だった。
****
想くんが看護師さんに提案してくれた院内学級の話は、とんとん拍子に進んだ。翌日には院内学級に関するパンフレットを手渡された。
入院している病院の中には近くの小学校の分校扱いになる院内学級があり、 子供たちが病気やけがの治療をしながら通級しているそうだ。国語、算数、図工や音楽等の学習の他、ちゃんと朝の会もあって、体調により教室に来られない時は、病室のベッドの上で学習すると書いてある。
「楽しそうですね」
「芽生、明日からここに通えるんだぞ」
「えー てんこうするの?」
「ちがうよ。入院している間の学校だ」
血液検査の数値クリア待ちの芽生くんは、それ以外の症状は全て落ち着いていたので、そこに午前中通える許可をすぐにもらえた。
僕たちが見守る中、早い時間に眠ってしまう芽生くんは、朝かなり早く起きてしまい、午前中はいよいよ暇を持て余しているようなので、良かった。
翌日、いつも通り病室に行くと、午前中、学級で習ったことや作ったものを嬉しそうに見せてくれて、お友達が出来たことに笑顔で教えてくれた。
「あのね、アイロンビーズもやりたい放題なんだよ。いろんな色があってすごかったよ」
芽生くんが作ったの、桜の樹だった。
「タイインしたら、お花見にいきたいな。しゅんくんのおうちでピクニックした時、大きな木があったよ。あれは桜かな?」
「あぁ、家の前の木は、桜だったぞ」
「わぁ~」
僕たちはもう間もなくやってくるであろう日常に思いを馳せていた。早出で仕事をこなし、仕事の後は面会時間終了まで病室で過ごす日々も、2週間を超えようとしていた。
いつものように病室で三人で過ごしていると、白衣姿の丈さんが突然やってきた。
「丈さん、また来てくれたのですか」
「あぁ、今日はいいニュースを持ってな」
白衣の丈さんの表情は綻んでいた。
もしかして、もしかしたら――
「今、医局に寄ってきたんだ」
「は、はい」
思わず声が上擦ってしまう。
「おめでとう! 明日退院だ」
「ほっ、本当ですか」
「後遺症は出なかった。血管は無事だったよ。つまり治療が上手くいき順調に回復したんだよ。よく頑張ったな。芽生くんも宗吾も瑞樹くんもお疲れさん」
あぁ、じわりと視界が滲んでしまうよ。
嬉しくて、嬉しくて。
「長い入院生活だったが、しっかり治療できて良かった」
丈さんの一言一言が心に響く! 胸に響くよ!
「瑞樹、ありがとう。全面的に支えてもらった」
「宗吾さん、良かったですね」
丈さんが、芽生くんの前にしゃがみ、目線を合わせてくれた。
「芽生くん、頑張ったな。よく頑張った。頑張り抜いてカッコいいぞ」
「じょう先生、ボク……たいいんって、明日にはおうちにもどれるの? もうひとりで寝なくていいの?」
「あぁそうだ。暫くは飲み薬は飲まないといけないが、普通に生活していい」
「わぁ……パパ、お兄ちゃん、ボク、おうちにもどれるよ! やった! やった!」
芽生くんが手足をバタバタさせて、全身で喜びを表現している。
嬉しいね、よかったね!
本当に良かった。
「お兄ちゃんと、もう、はなれたくないよ」
「うんうん、僕もだよ!」
ギュッと抱きしめて、喜びを分かち合った。
僕だって、もう離れたくないと切に願う。
芽生くんがいない夜は寂しかった。
「芽生くん、戻っておいで。僕の芽生くん……」
「お兄ちゃん、ぐすっ……お兄ちゃんのところに、もう、もどるよぅ。早くもどりたかったよぅ……」
僕たちの様子を、宗吾さんと丈さんが肩を組んであたたかく見守っていた。
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