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心をこめて 45

 笑顔でお別れしようと思ったの。  だってボク、元気になってタイインするんだもん。  ありがとう。  ありがとう。  ボクにやさしくしてくれたかんごしさん、おいしゃさん。  仲よくしてくれたおともだち。  みんなありがとう!  エレベーターがしまるまで、みんな手をふってくれていたから、ボクもニコニコしながら手をふったよ。  元気になるよ!  いっぱい食べてよく眠って、スクスク大きくなるよ。  でもね、エレベーターがしまったとたん、涙がポロポロこぼれちゃった。  やっと家族だけになれたんだ。  おうちにもどれる……  お兄ちゃんとパパとくらせる!  今日から、また、いっしょにねむれるんだね。  学校にも行ける!  出来ることがいっぱいありすぎて、急にこわくなっちゃった。  これも全部、ゆめだったら、どうしよう。  こわい……  だってボク、何度も見たんだ。  お家にもどって、お部屋でお絵かきをして、リビングでテレビをみて、パパとお兄ちゃんと「いただきまーす」って、ごはんをたべて、お兄ちゃんとおふろにはいって、三人で眠るゆめ。  朝起きたら、ぜんぶ……ゆめだったんだ。  ゆめだって分かったら、かなしくてさみしくなって、ひとりで泣いちゃった。  しくしくおふとんの中で泣いても、いつもみたいにお兄ちゃんはいないし、パパもいない。  だあれもいなかったんだ。 「ぐすっ、お兄ちゃん、お兄ちゃん」 「芽生くん、我慢しなくていいんだよ。いっぱい頑張ったんだ。最後まで笑顔を見せようと頑張っていたね。もう大丈夫、泣いていいんだよ。僕に甘えて、ここには家族しかいないから」  お兄ちゃんの足にしがみついて泣いていると、お兄ちゃんがしゃがんで抱きしめてくれた。  お花のかおりのする、優しいお兄ちゃん。 「芽生くん、お帰り。僕の芽生くん……お帰り!」  エレベーターの中には、僕たち家族たちだけ。 「パパぁー お兄ちゃんー」  だから……ボクは小さな頃みたいに思いっきり泣いちゃった。 「瑞樹、芽生、そろそろ降りるぞ」 「はい、芽生くん、行こう」  お兄ちゃんの手。  この手がボクは大好き。  優しい手、きれいな手、お花をきれいに咲かせる手。 「はなさないでね」 「離さないよ」  **** 「そろそろ退院ね」 「あぁ、さっちゃん、悪い。こっちの端を持っていてくれ」 「まぁ、すごいわ! 勇大さん、いつの間にこんなもの作ったの? これって何っていうの?」 「これは『ガーランド』というんだ」 「素敵ね」  俺たちは可愛い孫の退院を祝ってやりたくて、部屋を飾り付けていた。 『ガーランド』とは花や植物を使った紐状の装飾品で、壁や窓際などに飾るものだ。大樹さんが息子の誕生日に、毎年手作りしていたのを真似てみた。  ちなみに英語の『garland』には「飾り」に加えて「名誉・栄誉・勝利」という意味がある。ガーランドの歴史はなんと紀元前2000年頃の古代エジプトにも遡り、壁画にガーランドのような装飾が残されているそうだ。名誉ある仕事を行った人や闘いの勝利を祝福する時に、ガーランドを贈っていた説がある。  これは全部大樹さんから教えてもらったことだ。  そう言えば、大樹さんは博学で、俺の知らないことを沢山知っていた。  とても教養のある人だった。だからログハウスに籠もって作業していると、大樹さんの話は、いつもアカデミックに広がっていった。  あの日も。  みーくんの誕生日には、二人でログハウスでガーランド作りをするのが恒例になっていた。 …… 「熊田、ガーランドの歴史って興味深いよな」 「えぇ、でも大樹さん、どうして俺にそんなことまで話すのですか」 「嫌か」 「嫌じゃありませんが」 「どうしてだろうな? 俺の全てをお前には伝えておきたくてな」 「ははっ、俺をもう一人の大樹さんにするつもりですか」 「いや、熊田は熊田だ。お前はそのままがいい」 「よく分かりませんが、ちゃんと覚えておきますよ」 「ガーランドの意味も覚えておけよ。瑞樹がいつか可愛い子供の父親になったら、こんな風に思い出の写真でガーランドを作って、孫にもお祝いしてやりたいからな。孫が頑張った時、じいじが駆けつけて、ガーランドで祝福するっていいよな」 「いいですね。そんな日がきたら、俺も手伝いますよ」 「あぁ、一緒に作ろう。ん? お前は結婚しないのか」 「俺はここがいいです。大樹さんの家族のそばにいさせて下さい」 「俺たちは大歓迎だ。熊田は俺の家族だ」 ……  大樹さんの夢は、俺が叶えていこう。  きっと大樹さんも願っている。  芽生くんは大樹さんの孫だ。  今日……大樹さんの孫が重い病を乗り越えて、無事に退院してくる。  だから、ガーランドを飾ってお祝いしてやりたい!  大樹さんも分も、心をこめて――  俺が撮ったみーくん、芽生くん、宗吾くんの笑顔の写真とドライフラワーを交互に並べて壁に飾り付けた。    無機質なマンションの壁が息をし出す。       おっ! 玄関から可愛い声がするぞ。 「おじいちゃーん、おばーちゃん、ボクだよ。ボク、かえってきたよ。ただいまー!」   

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