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心をこめて 54 

「パン、なにもつけなくても、おいしかったね」 「そうだな、結局シンプルなのが一番だな」  宗吾さんの力強い言葉に、嬉しくなった。  僕は男で、当たり前だが、女性のようにお化粧したり着飾ったりはしない。  僕は僕のままでいい。  そう言われているような気がして。 「瑞樹もそのまま変わらないでいてくれよ」 「え?」  まるで頭の中を覗かれたようで、恥ずかしい。  すると芽生くんも言葉を添えてくれる。 「お兄ちゃんの匂いもだいすき! お花やさんにいるみたい」 「芽生くん、ありがとう」 「そうそう。瑞樹の匂いって天然の香水だよな。ナチュラルな香りが最高だ」 「も、もう、それくらいにして下さい。は……恥ずかしいです」  それから芽生くんと一緒にお洗濯ものを干した。こうやって君が朝からいてくれることが奇跡なんだよ。一生懸命、小さな身体でお手伝いをしてくれる姿が愛おしい。 「ボクがおせんたくものを、お兄ちゃんにわたすね」 「うん」 「はい、タオルだよ」 「ありがとう」 「こんどはくつした」 「もう片方もある?」 「あった~ 次はパンツ。パパの大きなパンツー」 「う、うん」  宗吾さんのパンツか。  付き合い出した当初は、お互いのパンツに一喜一憂していたっけ。  はっ、それってまるでへんた……    まずい! また変なモードに。  ふと足下をみると、宗吾さんも洗濯カゴの前に座り込んでいた。 「パパも手伝うよ」 「じゃあ、お兄ちゃんのパンツをさがして」 「ええ!」 「ほれ! 一発だ。センサーがついているから」  宗吾さん‼‼‼‼ 「パパぁ……もう、ボクがいなかったうちに、ますますヘンになっちゃったんだね」 「えー 芽生。そりゃないぞ。パパはかっこいいだろ」 「うーうん、パパはヘン……」 「くすっ、芽生くん、早く干してしまおう」  これは助け船ですよ、宗吾さん。 「瑞樹は、可愛いな。照れまくって。何を思いだしたんだ?」 「知りませんよ。もうっ」   ****  面映ゆい表情を浮かべる瑞樹に和んでいると、芽生がホームベーカリーのお礼の電話をしたいと言い出した。  時計を見ると、まだ8時。  兄さんは、家にいるだろう。 「芽生、よく気が付いたな」 「あのね、うれしいことをしてもらったら、ありがとうって笑顔をとどけるといいって、おばあちゃんから教えてもらったよ!」 「そうだな。よし、かけてみよう」 「おばあちゃんとおばちゃんとあーちゃんにも、おはようしてもいい?」 「もちろんだ」  電話をかけると、まず母さんが出た。 「宗吾、おはよう。どうしたの?」 「芽生がみんなに朝の挨拶をしたいと」 「まぁ! それはとっても嬉しいわ。芽生はいい子ね」  芽生は「おはよう! ボク、もうおうちだよ。パパとお兄ちゃんと朝ごはんたべたんだよ」と、嬉しそうに伝えていた。 「本当によかったわね、今日はゆっくりしてね」 「うん」    続いて美智さんとも話した。 「芽生くん。お見舞いに行けなくてごめんね。退院おめでとう!」 「ううん、おばちゃんはあーちゃんがいるから。ちいさな子はダメだったから」 「気遣ってくれてありがとう。退院お祝いをしましょうね」 「うん!」  そして兄さん。 「芽生か!」 「おじちゃん! ホームベーカリーありがとう! さっき食べたらね、すっごく、すごく、すごーく、おいしかったよ」 「もう焼いたのか。うちもだ」 「あ! やっぱりおじちゃんのおうちにも買ったんだね」 「知っていたのか」 「ううん、でも一緒だったらいいなって思っていたから、そうだといいなって」 「同じのを買ったんだ。だから今度会ったら、パンの話をしよう」  今日から、芽生が親しみをこめて「おじちゃん、おばちゃん」と呼び出した。なんだか、ぐっと距離が近づいた感じがしていいな。  それにしても兄さん、かなり嬉しそうだな。しかも同じ物を買ったのか。  兄さんもフットワークが軽くなったものだ。これは楽しいことになりそうだ。  電話を切ると、今度は芽生が函館にも電話すると言う。これには瑞樹が目を細める。 「芽生くん、ありがとう。みんな喜ぶよ」  満遍なく愛をふりまく芽生。  俺は気に入ったものにしか眼中にない我が儘な子供だったのに、芽生は優しいんだな。俺だけに育てられていたら、こうは育たなかっただろう。  瑞樹のおかげだよ。    君はいつも愛を惜しまず、平等に注いでくれる。  俺も見習わないとな。 「芽生坊、退院おめでとう!」 「ありがとう。ヒロくん、ボードゲームたのしかったよ。あれ……おもいで……大切なものなんでしょう? ボクがもっていていいの?」 「あぁ、そっちに置いておいてくれ。瑞樹も喜ぶだろうし、自宅でも遊ぶといい」 「わかった。また、こっちに遊びにきてね。ヒロくんともしたいな」 「芽生坊は、かわいいことを言ってくれるんだな」  そしてみっちゃんと優美ちゃんとも話した。 「芽生くん、おめでとう! 優美もおめでとうってパチパチしてるわ」 「みっちゃん、ゆみちゃん、ありがとう。また遊びにいくね」  ここまで来たらもちろん軽井沢にも電話だ。 「ジュンくん、ボクたいいんしたよー」 「よかったな。芽生坊。本当によかった」   潤もすっかり父の顔だ。   そして菫さんは母親らしく気遣ってくれる。 「芽生くん、おめでとう。今日はまだゆっくり過ごしてね」 「うん!」    そして、いよいよ、いっくんだ。 「パパ、パパぁ、はやくいっくんにもかわってくだちゃい、めーくんでちょ? めーくんとはなちたいよぅ」  さっきから可愛い声が背後から聞こえていた。 「いっくん!」 「めーくん!」  二人の声は弾んでいた。 「会いたいよ-」 「ボクもだよー」  芽生が叫べば、いっくんも叫ぶ。  言葉の追いかけっこは、まるで輪唱のようだ。  芽生には永遠に兄弟は出来ないが、いっくんがそのポジションだ。こんなに仲良しになってくれるなんて、俺も嬉しいよ。 「宗吾さん、二人を早く会わせてあげたいですね」 「俺もそう思ったよ。企画しよう」  近いうちに、二人を絶対に会わせよう。一緒に元気にサッカーをする姿を見せて欲しい。 「めーくん、いっくんね、いましゅぐあいたいけど、だめだめ……」 「いっくん……ボクもはやくあいたいよ」 「パパがね、こんどつれていってくれるってやくしょくしたの。だからまっててね」  いっくん、意外と男らしいな。 「たからものをもっていきましゅ!」 「ボクも! いっくんに宝物あげるよ」 「わぁい」    この笑顔を守り、この笑顔を繋げていくのが親の役目なんだな。

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