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幸せが集う場所 4

 今度の日曜日に、俺たちは芽生の入院でお世話になった人たちを自宅に招いて『退院祝い』をすることにした。 「宗吾さん、お昼ご飯は何を作りましょう?」 「そうだなぁ……手料理でもてなしたいが、ずっと残業になりそうだから厳しそうだ。すまん!」  あれこれ前日に下ごしらえをしてジャーンとご馳走を並べたい所だが、最近仕事がハード過ぎて余裕がない。こんなタイミングで新しい仕事に携わるとはな。見込まれたのは有り難いが相変わらずアウェイ感が強くしんんどい日々が続いている。  なぁに、へこたれるな宗吾!  瑞樹と芽生に支えてもらっているんだ。  頑張って乗り切れと、自分を鼓舞している最中さ。 「宗吾さん、無理は良くないですよ」 「そういう君だって……手が」 「あ……すみません。油断してヘマしちゃいました」  瑞樹は恥ずかしそうに、そっと手を後ろに隠す。  瑞樹は昨日、仕事で手を痛めたようで、利き手にテーピングをしている。 「ちゃんと見せてくれ」 「病院の先生が大袈裟なんですよ。心配かけてごめんなさい」 「馬鹿、謝るな。痛いのは君だろう」 「そう長引かないとは思うのですが、週末までには……厳しいようです。肝心な時に役に立たなくて……すみません」 「だから謝るな」  切ない顔をするから、抱きしめてやりたくなる。  自分を責めるな、瑞樹は悪くない。  芽生の入院で仕事がタイトになり、手への負担が知らず知らずに増していたのだろう。  ごめんな、謝るのは俺の方だよ。 「いいんだよ。出来ないのなら、出来る人に頼ろう!」 「あ……はい、そうですね」 「俺たちは孤独じゃない。お父さんとお母さん。函館には広樹一家。近くには俺の実家と兄さん一家。そして軽井沢には潤一家もいる!」  一人ひとりの名前をあげていくと、瑞樹もほっとした表情を浮かべてくれた。 「そうですね。僕は……もう、ひとりじゃない……みんないますね」  噛みしめるように、小さな声で呟く瑞樹がいじらしい。  ずっと君は周りに馴染まず、馴染めず、遠慮ばかりして過ごしていたから。  頼ることに不器用な君が愛おしい。  そんなやりとりを見ていた芽生が、何か思いついたような顔をした。 「あ、あのね、ボク、リクエストしてもいい?」 「あぁ、芽生の退院祝いだ。何でも好きなものをケータリングしてもらおう。寿司か、それともピザがいいか」 「えっとね……そうじゃなくて、あのね……ちょっと待ってて」  芽生が子供部屋から持ってきたのは、兄さんが見舞いとして持って来てくれた絵本だった。 「あのね、みんなでパーティーはどうかな?」 「お! いいな! 兄さんが喜ぶぞ」 「あ、じゃあ具材を持ち寄りにしてもらうのはいかがでしょう」 「それ、いいな!」 「わぁい! ボク、ニュウインしているときね、この絵本読んでから、ずっと楽しみにしていたんだ。退院したら、みんなでパンパーティーをしたいって」  その話を早速兄さんに伝えると、兄さんが得意気に教えてくれた。 「宗吾、私もパンを焼いて行く!」 「はぁー?」 「だから、パンを焼けるようになったんだ。コホン……」  エヘン! と得意気な声まで聞こえたような? 「まじすか」 「実は、全く同じものを持っている」 「えー 兄さんも買ったのか」 「そうだ。今では私が計量係だ」 「ほぇー」 「おい、変な声を出すな」 「あぁ、すまない。人数が多いからパンも多い方が助かるよ」 「じゃあ……コホン、少し芽生と話せるか」  兄さんの声が途端に甘くなる。  正直、俺の息子を、兄さんがここまで可愛がってくれるとは想像出来なかった。  俺とだって年の差を理由に打ち解けられなかった人が、芽生との年の差を考えればもっと無理なはずなのに、軽々と歩み寄ろうとしてくるから驚きだ! 「おじちゃん、パンすごくおいしく焼けるよ。ありがとう」 「うちのパンもおいしいぞ」 「わぁ、おじちゃんのおうちにもあるの?」 「おそろいのホームベーカリーをもっているんだ」 「わぁ、うれしいよ。こんどはおばあちゃんちに行ったら、おじさんが焼いてくれるの?」 「もちろんだ。今は中にレーズンやチョコをいれるのに挑戦中だ」 「すごっく楽しみだよー」 「そうか!」  へぇ、デレデレな兄さんも悪くないな。  その後、芽生が自分ひとりで計量してみたいと意気込んだ。  瑞樹が見守る中、がんばって、見事成功させた。 「やった! ボクのやいたパン! おいしそう」  自分ひとりで出来た喜びに溢れている。  息子の嬉しそうな顔は宝物だ。 「芽生、当日もみんなに芽生が焼いたパンを振る舞ったらどうだ?」 「うん! そうしたいなって……みんな、ボクのことを心配して、おうえんしてくれたから、何かお礼をしたかったの。ボク……まだ子供だから何もできないかなって思ったけど、パンなら焼けるよ! 心をいっぱいこめて、焼きたいな」  芽生のやさしい和やかな心に触れ、瑞樹と俺はじーんとした。  小さくてあどけなくて、まだまだ守ってあげたいと思わせる芽生も、こんな風に一歩一歩成長しているんだな。 「宗吾さん、僕、泣きそうです。芽生くんがあまりに優しくて、あまりに可愛くて……あまりに……」 「瑞樹、ありがとう。俺たちの子はいい子に育っているな」  瑞樹の頭をそっと抱き寄せて俺の胸元に埋め、背中を撫でてやる。 「すみません……僕、涙脆くなりました」 「そんな君が大好きだ」  甘く甘く、耳元で囁いてやる。  俺たちは最近、芽生の前でも、こんな風に心をストレートな言葉で伝え合うようになった。  俺たちの愛がどんなに深いのか。  どんなに固く結ばれているのか。  いつか、芽生が大人になった時、振り返って欲しい。  芽生は愛された子供だ。  俺と瑞樹が愛を注いだ子だと。 「パパとお兄ちゃんがアチチなの、ボク……本当に好き。病院では見られないから、つまらなかったよ」 「ははっ、お行儀よくしていたのさ」 「そうか! そういえばパパのお鼻の下、伸びてなかったねぇ」 「言ったな!」 「くすっ、あはっ、宗吾さんも芽生くんも……涙が引っ込んでしまいますよ」 「ははっ、日曜日が楽しみになってきたよ。出来ることをやって楽しもう!」  それは俺の仕事にもあてはまる。  無理矢理入り込むのではなく、周りから支えることから始めてみよう!

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