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幸せが集う場所 5
『白金薔薇フェスティバル』の企画書を読み込んで、何かが足りないと感じていた。
五月に開催されるイベントは白金通りをヨーロッパのマルシェに見立てて、薔薇にちなんだショップを出店するというものだった。
取り扱う商品は、薔薇の香水、薔薇のマドレーヌ、薔薇の紅茶など多岐にわたっている。
「なぁ、ちょっといいか。素朴な疑問だが、どうして肝心の生の薔薇の花を扱わないんだ?」
「それは、生の薔薇はトゲもあるし、売れ残っても大変なので」
「ん? 薔薇に棘があるのは当たり前できちんと処理すればいいんだし、そもそも、これは薔薇の祭りなんだろう?」
「だから、ちゃんと薔薇のドライフラワーとブリザーブドフラワーのアレンジメントとハーバリウムは手配しています。ターゲットは20~30代の若いカップルや女性ですから、面倒臭い手入れが必要な生花より、そういう方が好まれると統計調査でも……」
「統計? おいおい、これはお祭りだろ? フェスティバルだろ? それじゃワクワク感にかけるんじゃないかな? 普段手にしない生花のミニブーケなどを扱って、生の薔薇の香りや色を楽しんでもらったらどうだろう?」
歩み寄るつもりでアドバイスしたつもりだが、皆、今更何を言うんだと、冷たい目を向けてくる。くそ、やりにくいな。
「そんなに言うのなら、滝沢さんが全部手配して下さいよ」
「いや、そうじゃない。俺は皆とワクワクしながら創り上げたいんだ」
「ったく、後からやってきて、余計なことを言わないで下さいよ」
「……」
チームからは疎外され、上司からは期待される。
しんどいな。
踏ん張り時か。
「滝沢くん、どうだ? 足りないものが分かったか」
「えぇ、分かりましたが、なかなか気付いてもらえません」
「そりゃ、君も口だけでなく、実際に動かないとな」
「あ、確かに」
そこでようやく気付いた。
白金と言えば、白薔薇だ。
あの人のあの店は出店するのだろうか。
急いで調べると、一覧にはなかった。
「なぁ、白金に『月湖』というカフェレストランがあるだろう? どうしてリストに入ってないんだ?」
「あそこは人気のレストランだったので、一番にアポイントを取って企画書をオーナーに見て貰ったのですが、趣旨と合わないと断られてしまったんでよ。あそこが乗ってくれたら、盛り上がるんですけどね」
「趣旨と合わないという理由は聞いたのか」
「いえ……特に……駄目だものは駄目なんだと思ったので」
おいおい、どうしてそんなにガッツがないんだ?
そうか、足りないのはガッツだ!
「俺ともう一度交渉に行って見ないか」
「滝沢さんと?」
「そうだ! 俺も手伝いたいんだ」
「そうですね……もう一度行ってみましょうか。実はおれ、あのお店の熱烈なファンなんですよ」
「よし! じゃあ今すぐ行こう!」
「え! 今すぐですか」
「そうだ、思い立ったが吉日さ」
「参ったな。滝沢さんの噂は聞いていましたが、本当にアクティブな人だな」
「嫌か」
「嫌じゃありません。おれたちのグループにないのはガッツかもしれませんね。そうか、そこをてこ入れしてくれるんですね」
「そうだ!」
お、少し心が流れ出したぞ。
根気よく頑張った甲斐があったか。
人には得手不得手がある。
補い合うのが人間関係だと、俺は瑞樹から学んでいる。
「生の薔薇を扱うことで、ドライフラワーやブリザーブドフラワー、ハーバリウムなども、美しさを保ちたいという気持ちが芽生えて、相乗効果を生むんじゃないかな?」
「確かに!」
俺は早速企画チームの若手を連れて『月湖』に向かった。
白薔薇の館の主は、俺を覚えているだろうか。
店に入りオーナーとの面会を申し出ると、意外なほどすんなりと受け入れてくれた。
シルバーグレイの紳士がすぐに現れた。
「どうも、お久しぶりです」
「君は! 滝沢さん……でしたよね」
「覚えていてくだって光栄です」
「もちろんです。柊雪を愛してくれた人の名は忘れません」
もう一度名刺をもらう。
~創作フレンチレストラン&カフェ 月湖tukiko~
支配人 冬郷 雪也
変わらず元気そうで安堵した。
「実は……」
いきなりで悪いと思ったが、薔薇のフェスティバルに参加しない理由を聞いてみた。
「それは、このフェスティバルでは、生の花を扱わないと聞いたからですよ。僕はこの屋敷に根ざした白薔薇を大切に育てているんです。それを、いきなりドライフラワーに加工していいかと言われたので断ったんですよ」
だからドライフラワーも他から仕入れたものになっていたのか。
『MADE IN 白金』という白薔薇がせっかくあるのに勿体ないな。
「では……生花を若い人でも求めやすいミニブーケにするのはいかがですか。きっと手にした人は『柊雪』の芳しい香りの虜になり、ノーブルなホワイトの自然の色合いに夢中になるでしょう。きっと手入れしたくなると思うんです。それまであまり生花に縁がなかった人にも触れてもらえるきっかけになるのでは? フェスティバルの意味はそこにあるかと」
思わず力説してしまった。
ひかれちまったか。
そっと伺うと、雪也さんは嬉しそうに微笑んでいた。
「滝沢さんの話はワクワクしてきますね。僕の知り合いにも、同じようにいつも人をワクワクさせることが大好きな方がいるんですよ。そうですね『柊雪』も喜びそうな企画ですね」
手応えを感じた。
よし! 今だ。若手社員に出番だと促した。
「あの、では……ぜひご参加いただけないでしょうか。こちらのカフェでも薔薇のフェスティバルにちなんだメニューを用意していただければ嬉しいです」
「僕もね……本当はお祭りがスキなんだよ。ただ生花はいらないと言われて……ね」
「申し訳なかったです。考えが浅はかで……ときめくことを忘れていました」
「人生にトキメキは必要だよ。ワクワクドキドキ、おとぎ話を読むときの気持ちは、大人も子供も持っていたいね」
確かに! 俺も大きく頷いた。
「まるでおとぎ話のようですね。雪也さんと話しているとワクワクしてきます」
交渉は成功した。
その手柄を部下に譲り、会社に戻ると、みんなが明るい笑顔になった。
「おれじゃないです。滝沢さんが突破口を作ってくれたんです。おれたちに足りないのはトキメキだったんです。みんな滝沢さんと一緒にフェスティバル成功に向けて、がんばっていきませんか」
俺が言うより、周りが言ってくれる方が、効果がある。
「滝沢さん、実はここ、どうやったらもっと集客力が上がるか相談しても?」
「滝沢さん、俺も聞きたいことが」
「滝沢さん、こっちもちいいですか」
嬉しい悲鳴だ。
仕事はますます忙しくなったが、やり甲斐が生まれた!
****
平日は残業続きで、気付けば芽生の退院祝いの当日を迎えていた。
まず葉山~鎌倉旅行を終えたお父さんとお母さんが、早い時間にインターホンを鳴らしてくれた。
「お父さん、お母さん!」
「おぅ! みーくん、いろいろ買い出してきたぞー」
「助かります」
「まぁ……瑞樹、また手を痛めてしまったのね」
お父さんは大荷物を抱え、お母さんは入るなり瑞樹を労った。
心強い二人だ。
「……少し痛めて、包丁が持てなくて困ってます」
瑞樹も素直に甘える。
「大丈夫よ。私があなたの右手になるわ」
「お母さん……」
優しい母と息子の会話にほっこりする。
「さてと、まだ時間はあるな。パンパーティーだと聞いたから、クリームシチューを作ってもいいか」
「助かります」
「チーズフォンデュもしよう」
「瑞樹、勇大さんとね、朝から北海道の物産館に行って来たのよ。だからいいチーズが手に入ったのよ」
「もしかして、十勝のチーズ?」
「そうよ『トカプチ王国』印のチーズは美味しいものね」
「わぁ、大好きなブランドだよ」
あぁ聞いているだけで、腹が空いてきた。
盛大にグーグー鳴ったので、瑞樹と芽生に笑われた。
「パパ、もうちょっとまってね」
「宗吾さん、落ち着いて下さいね」
これには瑞樹不足もあるんだぞと、思わせぶりに、そろそろだかせてくれと熱視線を送ると、瑞樹も察して頬を染める。
「あら、瑞樹、顔が赤いわね。まさか……飲んじゃったの?」
「え? まさか! 滅多に飲みません!」
「え?」
「え?」
瑞樹ぃ~ 完全に俺化してるぞ。
気をつけろ!
噛み合わない会話に、俺は苦笑する。
さぁ、楽しいパーティーの準備をしよう。
皆の心を揃えて、一つの喜びを大切に。
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