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幸せが集う場所 6

「宗吾さん~ 僕を止めてください」 「ははっ、俺も心配になってきたぞ! なぁ、俺ってそんなにひどいか」  洗面所に逃げ込んで蹲る瑞樹を、よしよしと慰めてやった。  涙目になって、可愛いなぁ。  俺としては、いろんな瑞樹に出逢えて嬉しいが……まさかお母さんの「飲んだ?」から、アレに飛躍するって、かなり重症だぞ?    そもそも俺は頻繁に欲しがるが、君はなかなか。  ははは……  俺も何を考えているんだ?  これじゃ立派なヘンタイだって、また怒られるな。 「うう、ひどいですよ」 「そうか……瑞樹に嫌われちまうな」 「いえ、嫌いになんてなりません! 大好きです。あっ……」 「ははは、ご馳走さん!」 「も、もうッ――」  透明感のある綺麗な頬をほんのり染め上げて、恨めしそうに見上げる様子も可愛くて、少し伸びた前髪を掻き分け、チュッとキスをしてやった。それからテーピングしている手も優しく擦ってやった。 「手、早く治るといいな」 「昨日よりずっといいので、長くはかからないかと」 「あとでお母さんに沢山マッサージしてもらうといい。俺もしたいが、きっと手先だけじゃ済まなくなるからやめとくよ」 「くすっ」  洗面所でじゃれ合っていると、インターホンが鳴った。 「母さんたちだな」 「行きましょう! 今日は賑やかになりますね!」  心の底から嬉しそうだ。  君がかつて失ってしまった日常は、今ここに芽吹いている。 「おばあちゃん、おじちゃん、おばちゃん、あーちゃん、来てくれてありがとう!」 「芽生、すっかり元気そうだな」 「うん! おじちゃんの焼いたパン見ーせて」 「これだよ」 「わぁ~おいしそう! ボクも今やいているんだ。もうすぐ出来るよ」 「それは楽しみだよ。味比べしよう」 「うん! パパ、あと何分で焼けるの?」  芽生に聞かれてホームベーカリーの表示を見ると、あと5分だった。  兄さんたちが持って来たパンやおかずを机に並べている間、俺と芽生はワクワクした気持ちで出来上がりを待った。 「ワクワクするね! ちゃんとできるかなぁ?」 「練習したし完璧さ!」 「うん! あ、いいにおいがしてきたよ。ちがった、これはシチューのにおいだぁ」 「ははっ、今日はご馳走だな」 「うん! あ! パパ、タイマーなったよ」 「よし!」  ミトンをして準備万端。  蓋を開けると! 「でーきた! って、あれ? あれれ?」 「げげっ!」 「な……に、これ……」  ヤバイ! 明らかに失敗だ!  生地がまったく焼けていない。  同時に台所から悲鳴が。 「あーっ!」  瑞樹が床に転がっている金具を拾って真っ青になっている。    まさか、あれは! 「芽生、ちゃんと底に羽根をつけたか」 「えっと……あ、忘れちゃった……ごめんなさい」 「あーあ」  おかしいと思った。  ホームベーカリーの前にいるのに、こんがりパンの焼ける匂いがしなかったしな。  しかし困ったな。  芽生がショックをうけてしょんぼりしている。  父として何か……何か出来ないか。  だが思いつかない。 「ボクの焼いたパンをごちそうしたかったのになぁ……どうしよう」 「うーん、これは捨てるしかないか」 「芽生くん、ごめんね。僕が確認しなかったから……」  3人でテンションを下げていると、兄さんがやってきた。 「芽生、そんなにしょげるな。人間は失敗から学ぶものさ」  いつも完璧に成功させてきた兄さんから、そんな言葉が出るなんて!  これは驚きだ。 「おじちゃーん、どうしよう? すてちゃうのもったいないよ」 「なぁに、おじちゃんに任せておけ」  兄さんが腕まくりをする。  美智さんがすかさず兄さんに黒いエプロンをつける。  おっと、この夫婦こんなノリだったか。 「パパぁ~ パチパチ」  彩芽ちゃんがパチパチと拍手をする。 「芽生、これはパンケーキにしないか。今日はおかずはいっぱいあるが、デザートがないから」 「これ……パンケーキになるの? 本当にへんしんできるの?」 「あぁ、工夫すればいいんだよ。失敗したって、けっして無駄じゃない」 「わぁ、おじちゃん、すごい」 「実はだな、私も同じ失敗をしたんだよ」  兄さんが失敗?  しかもそれを隠さずに芽生に明かす?  兄さん、本当に変わったんだな。  芽生と兄さんが協力して、失敗したパン生地を取りだしてボールに入れて作業を始める。 「あらあら素敵な光景ね」 「母さんの知恵ですか」 「アドバイスはしたけど、素直に聞いて実行したのは憲吾よ」 「いいな、素直になれば道が開けるんですね」 「ふふっ」  そこにまたインターホンが鳴る。 「僕が出ますね」  瑞樹が戻ってくると両手に箱を抱えていた。  大きな箱と小さな箱だ。 「広樹兄さんと潤から、退院祝いが届きました」  瑞樹がくすぐったそうに笑っている。  兄と弟に愛される瑞樹。  幸せそうだ。 「開けて見ようぜ」 「はい!」  広樹からは退院祝いにミモザの花束だった。 「わぁ、黄色いポンポンのお花。しってるよー ミモザっていうんだよね。お兄ちゃん!」 「よく覚えていたね」 「前にいっしょに見たから」 「そうだったよね」  そして潤からは…… 「芽生くん、パンケーキにぴったりなものが届いたよ」 「なあに?」 「軽井沢のブルーベリージャムだよ」 「わぁ! ほんとうだ。このパン、今日はパンケーキになる運命だったんだね」  お! 芽生、いいこと言うな。    流石俺の息子だ!    失敗を凹んでばかりいないんだな。  明るい方を向いて、スクスクと伸びていけ!  芽生!  

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