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幸せが集う場所 11
「それじゃ、すみれ、行ってくるよ!」
「気をつけてね。いっくんをよろしくね」
「あぁ、すみれこそ無理しないでくれよ」
「うん、今日は仕事も休みだし、ゆっくりしているわ」
オレは菫を抱き寄せ、一回り大きくなったお腹をそっと撫でた。
「二人とも、いい子でな」
「うん! 潤くんといっくん、初めての二人旅ね。楽しんできてね」
「ママぁ、いってきまーしゅ!」
「いっくん、パパとおでかけ、よかったね」
「いっくんのゆめだよぅ、ママぁーありがとう!」
保育園に行くバッグに宝石箱を詰めたいっくんが満面の笑みで、手を振っている。
「いっくん、うれしそう!」
「だな!」
新幹線の自由席はガラガラだったので、二席取って座った。
「いっくんは窓際に座るといい」
「え?」
「んっ?」
「ううん、こっち?」
「そうだよ。広くていいだろう。外の景色もよく見えるし」
「う……ん」
ところが、いっくんは落ち着かない様子で、座席でもじもじしている。
どうした? こういう時はよく観察して、いくつかのパターンを当てはめてみるって兄さんから教わったぞ。何しろ子育ての先輩だから、何かあれば電話して聞いている。
「兄さん、兄さん」ってシツコイくらいな。
兄さんは、そんなオレを邪険にすることもなく、いつも懇切丁寧に教えてくれる。
その優しさが好きだ。
相手に優しく寄り添ってくれるのが、大好きだ。
これからは優しさに甘えるのではなく、優しさを受け取ったら、オレも相手に返していきたい。
人は一人で生きていない。
誰かに支えられ、誰かを支えて生きている。
それを忘れないでいきたい。
オレが気付いたこと。
これから、いっくんにも伝えていきたい。
そのためには、まずオレが精進しないとな!
「いっくん、どうした? もしかして……トイレか」
さっき行ったばかりだが、緊張して行きたくなったのかもしれない。
「ううん、まだでないよぅ」
ところが、いっくんはちがうと頭を振る。
うーん、困ったな。
じゃあ……
「お腹すいたか。ママがつくってくれた朝ごはんを食べようか」
「ううん、まだいい……」
いっくんがいよいよ涙目になり、膝を抱えて俯いてしまった。
「いっくん、そんなに小さくならなくていいんだぞ」
「ううん、でも……」
「平日のこんな時間だ。人もいないし、伸び伸びしてくれ」
「う……ん」
浮かない顔に、オレも切なくなってきた。
いっくんをギュッと抱きしめたくなる。
いっくんは、4歳になった。
いつまでも赤ちゃんのように人前で抱っこするのは、そろそろヘンだよな。
もしかして、このオレのいつもは抱かない気持ちが、いっくんを悲しませているのかもしれない。だから、もしやと思って問いかけてみる。
オレはもう間違えたくない!
「いっくん、パパのお膝にくるか」
「え、いいの?」
「当たり前だ」
「ほんとに、そっちにいっていいの?」
「おぅ! もちろんだ。まだまだ抱っこさせてくれるのか」
「パパぁ、だいしゅきだから、おそばがよかったの」
まるでコアラの赤ちゃんのようにいっくんがピョンとくっついてくる。
いっくんは小柄で赤ちゃんのような可愛さを持っている。
清らかな天使の顔立ちだから、抱っこすると父性が溢れ出るんだ。
「パパのとこがしゅき」
「あぁ、あぁそうだったな。ごめんな。ヘンな気を回して」
「よかったぁ」
いっくんはそれから膝の上にちょこんと座って、いい子にお絵かきをしたり、朝ごはんのお弁当を食べて過ごした。
だが子供にとって乗り物の1時間は長距離だ。
「いっくん、ちょっとねむい……」
「寝てもいいぞ」
「パパぁ……ムニャムニャ」
東京駅に着く頃には、いっくんは眠ってしまった。
「よーしっ」
オレは軽々といっくんを抱き上げ、新幹線を降りた。
まずは東海道線で藤沢に行き、江ノ電に乗り換えて江ノ島へ。
息子と水族館に行けるのが楽しみ過ぎて、子供みたいにワクワクしてきた。
きっと……いつの日か、いっくんも一人で東京に遊びに行ったりするんだろうな。
そんなの中学生になったら普通だよなぁ。
きっとオレ……最初は心配で堪らなくて、後を付けてしまうだろう。
東京駅の乗り換えの雑踏に、いっくんとオレの未来が見えたような気がして、目を細めた。
「いっくん……君はオレの大切な息子だよ。ずっと、ずっと」
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