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幸せが集う場所 19

「潤、頼む」 「宗吾さんがやってきたことを大切にします」  俺を気遣う気持ちが、全身から滲み出ている。  かつての潤からは考えられない程の相手に寄り添った台詞に、熱いものが込み上げてきた。 「ありがとう……ありがとうな」 「宗吾さん、少し休めば復活するから大丈夫ですよ!」 「あ、あぁ」    そうか……相手を励ますことも出来るようになったのか。  いっくんの父親となり、潤はますます男前になった。  人として磨きがかかった!  潤を見送るといよいよ身体に力が入らなくなり、壁に身体を預けたまま、ずるずるとしゃがんでしまった。  すると小林がすっ飛んできて、床にマットを敷いて寝かせてくれた。 「滝沢さん、大丈夫ですか。ここに少し横になって下さい。今、栄養補給を」  スポーツドリンクや栄養ゼリーなど次々に運んでくる部下に、また熱いものが込み上げてきた。  照明が眩しくて……それを言い訳に腕で目を覆った。 「小林……俺、格好悪いな」  こんな姿、入社してから一度も誰にも見せたことがなかった。  強く明るく積極的にがモットーだったから。 「醜態見せて……悪い」 「何を言っているんですか! 今日の滝沢さん、滅茶苦茶カッコいいです! 総責任者なのに率先して着ぐるみの中に入って場を盛り上げて……疲れているのに思いっきりパフォーマンスして下さって、僕……滝沢さんの下で働けて良かったです。本気でカッコいいです! あの……これ、僕のとっておきのおやつです」  手渡されたのは、イルカ型のチョコレートだった。 「これって、確かにこの水族館の土産物のチョコだよな」 「えぇ、さっき通りかかったら『御利益がある』と見目麗しい男性が呟いていいたので、買ってみました」 「お前なぁ、勤務時間に……いや、そうだ。このチョコを水族館名物に仕立て上げよう」 「滝沢さん、少し復活してきましたね。やっぱり御利益あるんですね」 「ところで、なんの御利益だ?」 「さぁ……きっと元気になる御利益では?」 「なるほど、さっきよりずっと良くなったよ」    立ち上がろうとすると、まだダメだと制された。  小林は掴み所がない男だと思っていたが、ここぞという所では頼りになる男だった。 「俺さ、小林に似た子を知っているよ」 「僕にですか」 「あぁ、あんこが大好きな不思議な子だが、決める時は決めるんだ」 「あんこ好き?」 「珍しいだろ? 若い子なのに」 「いや、僕の母方の従兄弟にも無類のあんこ好きがいますので、そうでも」  まさかな! **** 「お兄ちゃん、どうしたの?」 「あ、ごめんごめん。もうすぐ順番だね」 「うん! お兄ちゃん、ボクがいっくんのことちゃんと見ているから、だいじょうぶだよ」  察しがいい芽生くんだ。既に何かを感じているのかもしれない。 「お兄ちゃんは写真とビデオを撮るから、頼んだよ」 「うん、あとでパパとじゅんくんに見てほしいもんね」 「あ……うん」  芽生くん、やっぱり……潤が消えたこと気付いているんだね。 「いっくん、いよいよボクたちの番だよ。ぜんしゅうちゅうだよ」 「わかったぁ! いっくん、ドキドキしゅる」 「ボクもだよ!」  いっくんは芽生くんを見上げて、ニコニコしている。  よかった!  潤が消えたことを、気付いていないようだ。  そのまま、触れ合いタイムを楽しんで欲しいよ。  やがてボクたちの順番がやってきた。 「さぁさぁ、触れ合いタイムへようこそ~ おや? 今度の回はおちびちゃんたちですね。さぁ前にいらっしゃい!」 「わぁ~」  チョコレート色のアザラシも、身体をゆさゆさ揺らして手招きしてくれているようだ。  いっくんと芽生くんは嬉々とした表情で、すっ飛んでいった。 「触っていいんですよ」 「わぁ……ほんとにいーの?」 「いっくん、さわってみよう」 「う……うん」    ところが、いっくんは触るのではなく手を後ろに引っ込めてしまった。  そうか、いっくんは水族館に来たことがないと言っていた。こんな近くであざらしを見たことがないから怖くなってしまったのかも。  こんな時……潤を探すかも。 「でも……ちょっとこわいよぅ……パ……」  いっくんが泣きそうな顔でキョロキョロし出したので、焦った。    そんないっくんを、芽生くんがすぐにギュッと抱きしめてあげた。 「いっくん、よく見て。すごくやさしい目をしているから大丈夫だよ。お兄ちゃんといっしょにやってみよう」 「おにいちゃん、いっくんね、さわってみる」 「いっしょにさわろう」 「うん、せーの!」 「わぁ~」  ペタペタ、ペタペタ。  小さな手が触れると、アザラシは気持ち良さそうに目を閉じて、笑っているような顔をしてくれた。 「しゅごく、かわいい」 「うん、可愛いね」  あぁ、いいね。  エンジェルズも、最高に可愛いよ! 「いっくん、芽生くん、こっち向いて」 「はーい!」 「お兄ちゃん、写真とって」  カシャカシャと持って来た一眼レフのシャッターを夢中で切った。    今の僕には、この笑顔を見せたい人が沢山いる。  会いたいと願えば、会える人が沢山いる。    

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