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幸せが集う場所 20

 あれ? ジュンくんは?   さっきまでお兄ちゃんの横に立っていたのに、どこにもいない。  いっくんはパパが大好きだから、いないことに気付いたら大変だよ。 「お兄ちゃん、あのね」 「え? あっ、もうすぐ順番だよ」 「あ、うん」  お兄ちゃんも、さっきからそわそわしているよ。何かあったのかな? ボク、こんな時、どうしたらいいのかな?  そうだ! いつもお兄ちゃんがしてくれることをしてみよう。  お兄ちゃんはボクがこわがると「大丈夫だよ。いっしょにやってみよう」って言ってくれるし、さみしくなるとギュッと抱っこしてくれる。  ボクがしてもらってうれしかったことを、いっくんにもしてあげたらどうかな?   上手にできるかわからないけど、心をこめてしてみよう。  お兄ちゃんみたいに。  アザラシとふれあう時、いっくんがこわがったので一緒にさわってあげたよ。パパがそばにいないことに気付きそうになったので、急いでギュッてしてあげたよ。  そうしたら、うれしそうに笑ってボクにしがみついてくれた。 「おにいちゃん、ありがとう、おにいちゃん、しゅき」  わぁ~ いっくんって、ほんとうにかわいいなぁ。ボクを「おにいちゃん」って、いっぱい呼んでくれるよ。  ボク、本当にいっくんのおにいちゃんになれたんだ! 「めーくん、あざらししゃん、ぺったん、ぺったん、かわいかったねぇ」 「うん!」 「そうだ、二人ともお土産物屋さんに寄ってみよう」  お兄ちゃん、また嬉しいことを言ってくれた。   「いっくんも、おにいちゃんといっしょにいく」 「うんうん、今日は二人に何か好きなものを買ってあげるよ。どれがいいかな? アザラシのぬいぐるみもあるって、パンフレットに書いてあるよ」 「ぬいぐるみ、すきー!」 「いっくんも、しゅきー」  ところがボクたちが売店に行くと、ぬいぐるみはもう一つもなかった。 「うーん、いろんなサイズがあるはずなのに、もう全部売り切れてしまったんだね」 「ボク、いっくんとおそろいのものがいいなぁ」 「いっくんも!」 「二人は仲良し兄弟だからお揃いがいいね」  お兄ちゃんに『仲良しきょうだい』って言ってもらって、またうれしくなったよ。  ボクを見上げるいっくんの目はずっとキラキラしてる!  お星さまがいっぱいだ! 「いっくんね、めーくんだいしゅき」 「ボクも大すきだよ」  つないだ手をブンブンふったら、しあわせがながれ星みたいに飛び出したよ。大好きと大好きが並ぶのって、とってもしあわせなことなんだよね。 「あ、あれ! いいなぁ」 「スポーツタオル?」 「うん、アザラシしゃんがサッカーしてるの」  へぇ、かっこいい。  アザラシとサッカーボールの絵のタオルだ。 「本当だ! これ、二人にぴったりだね。よし、これはお兄ちゃんが買ってあげよう」 「わぁ、いいの?」 「みーくん、ほんとにほんとに、いーの?」 「任せて! 仲良し兄弟にお揃いのものを買ってあげたいんだ」  お兄ちゃん、嬉しそう。  お兄ちゃんって、いつもやさしいね。  お兄ちゃん、本当に大好きだよ。  ボクもお兄ちゃんみたいにやさしくて、パパみたいにカッコいい人になりたいな。  そうだ、パパは今どこにいるのかな? ずっとお仕事いそがしそうだったけど、大丈夫かな?   お兄ちゃんもパパも大好き。  これも大好きと大好きが並んで、しあわせいっぱいだ!  パパを探してキョロキョロしていると、いっくんがピョンピョンとびはね出したよ。 「いっくん、何か見たいものがあるの?」 「うん! ほら、みてぇ、またアザラシマンしゃんがきたよぅ」 「本当だ!」  アザラシマンは今度はサッカーボールを上手にけりながら登場した。 「わぁー しゅごーい!」 「上手だね」 「うん!」  いっくんはますます目をキラキラさせている。 「めーくん、あのね」 「どうしたの?」 「いっくん、アザラシマンしゃん、しゅごく、しゅきになっちゃった」 「えー パパは? いっくんはパパが一番好きじゃないの?」  あっ大変! パパを思い出させることを言っちゃった。  せっかくここまで忘れていたのに。  お兄ちゃんも心配そうにオロオロしだしちゃった。  あー しっぱいしちゃったな。  そう思ったのに、いっくんの返事はちがたよ。 「しー!」   え? 人差し指を立てて、しずかにってどういうこと? 「あのね、いっくんのパパはね、いま、アザラシマンしゃんにヘンシンちゅうなの」 「え! そうなの?」 「いっくんにはちゃんとわかるの。あれはパパだよ」 「えー そうなの? お兄ちゃんどう思う?」 「えっ、えっと……」 「アザラシマンしゃーん、だいしゅきー!」  いっくんの大きな声にアザラシマンが少し驚いたようにふり向いて、それから手をブンブンふってバタバタと帰っていった。 「パパ、かっこいい! アザラシしゃんにもなれるなんてしゅごい!」  いっくんの言葉に、お兄ちゃんもいつの間にか笑顔になっていたよ。 「そうだね、本当にいっくんのパパはカッコいいよ」 「えへへ、だってぇ、いっくんのパパだもん」 ****  潤がいないのでどうなるかと冷や冷やしたけど、そう来るのか。  いっくんは感激した様子で、胸に手をあてていた。  子供は夢を見る。  その夢は、幸せな魔法で出来ている。  僕は一眼レフを構え、その柔らかい表情を連写した。  ドリーミング。  いい笑顔だよ。  後で潤に見せたら喜ぶだろうな。  すると芽生くんが近づいてきた。 「お兄ちゃん、さっきボクのパパもアザラシマンだったみたい」 「え? どうしてそう思うの?」 「いっくんを信じているから!」  この言葉にもグッときた。 「あ、いっくん〜 まって! ウロウロしたら迷子になっちゃうよ」 「めーくん、おててちゅないで」  芽生くんといっくんは、また手をギュッとつないで、大きな水槽を見上げた。  僕は心の中で、そっと返事をした。   そうだね、確かに宗吾さんもさっきアザラシマンに変身したんだよ。  でも……今は……  無事だろうか。  具合が悪そうだったので、とても心配だ。 「うっ……」  言葉に詰まると、抱えていた一眼レフが急に重く感じられて落としそうになった。  そこに力強い声が届く。 「瑞樹!」  ハッと導かれるように顔を上げると、大きな水槽の向こうに宗吾さんが現れた。  黄色や青のトロピカルフィッシュの向こうに、大好きな笑顔が見えた。 「宗吾さん!」 「よぉ! どうした? カメラ落としそうだったぞ」 「あ……あの……」 「もう大丈夫だよ!」  現れたのはいつもの宗吾さんで、僕が選んだネクタイをしめて、ニカッと笑っている。その元気で明るそうな表情に感極まって、ほろりと涙が溢れそうになった。 「わっ、泣くなって」 「すみません、ほっとして」 「あのさ、さっきは心配かけたな。調子が悪いことに気付いてくれて、すぐに潤を遣わせてくれてサンキュ!」 「いえ……良かったです。本当に良かったです」    僕たちは水槽を挟んで、熱く熱く見つめあった。  僕は心の底から、この人が好きだ。  強い確信を抱く瞬間だった。  僕はどんな宗吾さんでも大好きです。  そう念じた途端、目の前でトロピカルフィッシュ同士がチュッとキスをした。 「おい、参ったな、先を越された」  宗吾さんが笑いながら、ゆっくりと口を開いた。  ア・イ・シ・テ・ル!  愛の言葉は、いつだって直球で僕に届く。  宗吾さんの愛はいつも真っ直ぐだ。

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