1357 / 1737

幸せが集う場所 22

 宗吾さんの代わりに、着ぐるみのアザラシになった。  中は想像通り暑くて、すぐにドバッと汗が噴き出した。  オレにとって炎天下、着込んだ服装で作業をするのは、大したことじゃない。工事現場でもローズガーデンでも、日常茶飯事だ。  慣れているので、暑さに耐性はある。  しかし愛嬌のある着ぐるみを着て、周囲の注目を集めるのは勝手が分からない。  そもそもオレには人を喜ばす愛嬌なんてないしな。怖がらせる方が得意だったからさ。そう思うと身体が動かない。重たくなる。  勢いよく館内に飛び出したものの、ぼーっと立ているだけでは、皆、素通りだ。  こんなんじゃ、せっかくさっき宗吾さんが捨て身でパフォーマンスして生まれた「アザラシマン」の名が傷ついてしまう。  どうしたらいい? 「ねーねー ママ、アザラシマン、さっきはおもしろかったのに、つまんないー」 「そうね、もう行きましょう」  うげげ、シビアなこと言う親子だな。  宗吾さんがグサッと刺され落ち込んだのも分かる。  オレも周囲がよく見えない中、飛び込んでくる会話にズドンと凹んだ。  そこに聞き慣れた声が! 「あー めーくん、めーくん、あざらしまんしゃんだよぅ」 「本当だ! またあえたね」  ううう、可愛い息子と甥っ子の声は優しい。  これは……ぼんやりしている場合じゃねーな!  パッと閃いたパフォーマンスは、オレが臆せず出来ることだった。  いっくんがいっぱい誉めてくれたことをしてみよう。  長年の経験があるから、身体が覚えている。  見えない視界、着ぐるみのままでもやり遂げてみせる。  控え室のリュックから持って来たサッカーボールを取りだして、リズミカルにドリブルして、館内を動き回った。 「わー アザラシマンがサッカーしてる! ママー すごいよ」 「まぁ、カッコいいわね」 「わぁ、すごーい!」  お! 心を掴めたか。  いっくんと芽生くんの反応はどうだ?  耳を澄ますと聞こえた。  可愛い声が! 「アザラシマンしゃーん、だいしゅき!」  いっくん……い、今……何と言った?  パパよりアザラシマンが好きなのか。  いやいやいや……そうじゃないな。  いっくんの声は明らかにオレに向けてだった。  いつも『パパ、だいしゅき!』と言ってくれる時と全く同じトーンだった。  もしかして、もしかしたら……アザラシマンがオレだって気付いているのか。  だとしたら、ヤバイ!  オレはいっくんの夢を壊す前に、慌てて引っ込んだ。  アザラシマンが着ぐるみで、中に人が入っていることに気付いてしまったんようだ。参ったな……子供の夢を奪う大人にはなりたくなかったのに!  控え室で焦って着ぐるみを脱いだものの、どんな顔をしていっくんの元に戻ればいいのか思案していると、宗吾さんが来てくれた。  もうすっかり顔色もよく、いつもの溌剌とした宗吾さんに戻っていた。 「潤、ありがとう! 最高のパフォーマンスで拍手喝采だったな」 「ありがとうございます。それよりいっくんの夢を壊してしまったことがショックで」 「ん? 夢を壊す?」 「オレだって気付いてしまったようで……参ったな。がっかりしただろうな」  すると宗吾さんが明るく笑いながら、肩を組んでくれる。 「じゅーん、心配すんな。いっくんは盛大な夢を見ている最中だ」 「え?」 「なんとかレンジャーってアニメあるだろ。あれと同じだ」 「ってことは?」 「潤が本当にアザラシになったと思っているのさ」  なんと、そっちか。  あぁ……でも分かる。  いっくんなら、いっくんなら可愛い夢を見てくれる。 「てことで、安心して戻ろう」 「あ、ハイ! じゃあ服を着ます!」 ****  水族館の出口で待っていると、潤が走ってきた。  着た時と同じ黒のスリムなカーゴパンツにカーキ色のトレーナーというラフな格好だ。もういっくんのパパに戻ったんだね。 「パパぁ~ パパぁ~ あいたかった」  いっくんも駆け寄る。  あっという間にいっくんは抱っこされていた。 「いっくん。ごめんなー ちょと用事があって……いい子にしてたか」 「うん! パパ、ヘンシン、しゅごかったぁ」 「ははっ。知ってしまったのか、パパの秘密」 「うん! びっくりちたけど、しゅごくかっこよくて、ドキドキしちゃったぁ」 「へへ」  うわぁ、二人の会話が甘くて甘くて、照れ臭いよ。  思わず頬に手をあてると、芽生くんと目が合った。 「お兄ちゃんもさっきパパとアチチだったよね」 「え?」   み、見てたの?    水槽越しのラブコールを。 「えへへ、うれしかった。アチチってしあわせだからできるんだよね」  芽生くんが手でハートを作って、小首を傾げて笑ってくれた。 「あとね、すいぞくかんのお魚さんもアチチだったね!」  いっくんも可愛いけど、僕の天使は最高に、最高に可愛いよ!   「芽生くんともアチチだよ」  僕も指でハートを作って微笑んだ。 「わぁい、お兄ちゃん大好きだよ!」 「僕も大好き」  もうすぐ3年生になる芽生くんからのストレートな「大好き」に感激した。    素直な言葉はいいね。  真っ直ぐ届くよ。  真っ直ぐ伸びていくよ。  未来へ――    

ともだちにシェアしよう!