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幸せが集う場所 22
宗吾さんの代わりに、着ぐるみのアザラシになった。
中は想像通り暑くて、すぐにドバッと汗が噴き出した。
オレにとって炎天下、着込んだ服装で作業をするのは、大したことじゃない。工事現場でもローズガーデンでも、日常茶飯事だ。
慣れているので、暑さに耐性はある。
しかし愛嬌のある着ぐるみを着て、周囲の注目を集めるのは勝手が分からない。
そもそもオレには人を喜ばす愛嬌なんてないしな。怖がらせる方が得意だったからさ。そう思うと身体が動かない。重たくなる。
勢いよく館内に飛び出したものの、ぼーっと立ているだけでは、皆、素通りだ。
こんなんじゃ、せっかくさっき宗吾さんが捨て身でパフォーマンスして生まれた「アザラシマン」の名が傷ついてしまう。
どうしたらいい?
「ねーねー ママ、アザラシマン、さっきはおもしろかったのに、つまんないー」
「そうね、もう行きましょう」
うげげ、シビアなこと言う親子だな。
宗吾さんがグサッと刺され落ち込んだのも分かる。
オレも周囲がよく見えない中、飛び込んでくる会話にズドンと凹んだ。
そこに聞き慣れた声が!
「あー めーくん、めーくん、あざらしまんしゃんだよぅ」
「本当だ! またあえたね」
ううう、可愛い息子と甥っ子の声は優しい。
これは……ぼんやりしている場合じゃねーな!
パッと閃いたパフォーマンスは、オレが臆せず出来ることだった。
いっくんがいっぱい誉めてくれたことをしてみよう。
長年の経験があるから、身体が覚えている。
見えない視界、着ぐるみのままでもやり遂げてみせる。
控え室のリュックから持って来たサッカーボールを取りだして、リズミカルにドリブルして、館内を動き回った。
「わー アザラシマンがサッカーしてる! ママー すごいよ」
「まぁ、カッコいいわね」
「わぁ、すごーい!」
お! 心を掴めたか。
いっくんと芽生くんの反応はどうだ?
耳を澄ますと聞こえた。
可愛い声が!
「アザラシマンしゃーん、だいしゅき!」
いっくん……い、今……何と言った?
パパよりアザラシマンが好きなのか。
いやいやいや……そうじゃないな。
いっくんの声は明らかにオレに向けてだった。
いつも『パパ、だいしゅき!』と言ってくれる時と全く同じトーンだった。
もしかして、もしかしたら……アザラシマンがオレだって気付いているのか。
だとしたら、ヤバイ!
オレはいっくんの夢を壊す前に、慌てて引っ込んだ。
アザラシマンが着ぐるみで、中に人が入っていることに気付いてしまったんようだ。参ったな……子供の夢を奪う大人にはなりたくなかったのに!
控え室で焦って着ぐるみを脱いだものの、どんな顔をしていっくんの元に戻ればいいのか思案していると、宗吾さんが来てくれた。
もうすっかり顔色もよく、いつもの溌剌とした宗吾さんに戻っていた。
「潤、ありがとう! 最高のパフォーマンスで拍手喝采だったな」
「ありがとうございます。それよりいっくんの夢を壊してしまったことがショックで」
「ん? 夢を壊す?」
「オレだって気付いてしまったようで……参ったな。がっかりしただろうな」
すると宗吾さんが明るく笑いながら、肩を組んでくれる。
「じゅーん、心配すんな。いっくんは盛大な夢を見ている最中だ」
「え?」
「なんとかレンジャーってアニメあるだろ。あれと同じだ」
「ってことは?」
「潤が本当にアザラシになったと思っているのさ」
なんと、そっちか。
あぁ……でも分かる。
いっくんなら、いっくんなら可愛い夢を見てくれる。
「てことで、安心して戻ろう」
「あ、ハイ! じゃあ服を着ます!」
****
水族館の出口で待っていると、潤が走ってきた。
着た時と同じ黒のスリムなカーゴパンツにカーキ色のトレーナーというラフな格好だ。もういっくんのパパに戻ったんだね。
「パパぁ~ パパぁ~ あいたかった」
いっくんも駆け寄る。
あっという間にいっくんは抱っこされていた。
「いっくん。ごめんなー ちょと用事があって……いい子にしてたか」
「うん! パパ、ヘンシン、しゅごかったぁ」
「ははっ。知ってしまったのか、パパの秘密」
「うん! びっくりちたけど、しゅごくかっこよくて、ドキドキしちゃったぁ」
「へへ」
うわぁ、二人の会話が甘くて甘くて、照れ臭いよ。
思わず頬に手をあてると、芽生くんと目が合った。
「お兄ちゃんもさっきパパとアチチだったよね」
「え?」
み、見てたの?
水槽越しのラブコールを。
「えへへ、うれしかった。アチチってしあわせだからできるんだよね」
芽生くんが手でハートを作って、小首を傾げて笑ってくれた。
「あとね、すいぞくかんのお魚さんもアチチだったね!」
いっくんも可愛いけど、僕の天使は最高に、最高に可愛いよ!
「芽生くんともアチチだよ」
僕も指でハートを作って微笑んだ。
「わぁい、お兄ちゃん大好きだよ!」
「僕も大好き」
もうすぐ3年生になる芽生くんからのストレートな「大好き」に感激した。
素直な言葉はいいね。
真っ直ぐ届くよ。
真っ直ぐ伸びていくよ。
未来へ――
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