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幸せが集う場所 27

「コホン……皆さんお揃いのようですね。月影寺にようこそ」  大広間に現れたのは月影寺のご住職、翠さんだった。  相変わらず清涼感のある人だな。  蓮の花のように楚々とした佇まいだ。  今日はいつもの袈裟ではなくタイトなズボンにニットという軽快な出で立ちで、それもまた新鮮だった。  俺は翠さんの前で深々とお辞儀をした。 「今日はお招きありがとうございます。芽生の入院の節は、大変お世話になりました。心配して下さりありがとうございます」 「宗吾さん、どうか頭を上げて下さい。芽生くんはもう僕たちにとって親戚のような存在です。月影寺の縁者のために一肌脱ぐのは当然のことですよ。さぁお茶菓子をどうぞ」  嬉しいな。  縁あって夏の海で出会った俺たちを、親戚のような存在と言ってくれるのか。  俺にとって、この寺はオアシスだ。  ここでは瑞樹との恋を、どこにも隠さなくていい。  だから心から安らげ、伸び伸びと気兼ねなく過ごせる。  隣の瑞樹と目が合うと、ニコッと可憐に笑ってくれた。 (宗吾さん、僕も同じです)  ほらな、そよ風のような優しい声が聞こえる。 「さぁ、お茶をどうぞ」 「いただきます」  流が点ててくれたお抹茶は、濃い翠色をしていた。 「芽生くんといっくんには桃饅を蒸したよ」  続いて小坊主こもりんが涎を垂らしそうな顔で、小さな蒸籠を運んで来た。 「わぁ~ おいちちょう!」 「いっくん、これはあついから、ふーふーするんだよ」 「あい! めーくん、ありがとう」 「いいお返事だね。二人は仲良し兄弟のようだよ」 「えへへ」  そこから和やかな歓談へ。  話題は水族館で触れ合ったばかりのアザラシに集中した。  芽生が瑞樹に「お兄ちゃん、あざらしって何を食べるのかな?」と聞けば、瑞樹が「うーん、宗吾さんは知っていますか」と俺にふってくれる。  俺、瑞樹のこういう所が好きだ。  話を自然に循環させてくれるんだよなぁ。  だから俺たちに間には、いつも和やかな空気が生まれる。  まあるい輪が出来る! 「そうだな、アザラシはやっぱり魚じゃないかな? 海老とか小魚とか食べていたぞ」  そこに、いっくんがトコトコやってきた。  手には大事そうに何か持っている。  いっくんの頬のように可愛い色の桃饅頭だ。 「はーい! いっくんね、あざらししゃんのだいこうぶつしってるよぅ」 「いっくんは賢いな、パパに教えてくれるか」  潤がデレデレに目尻を下げている。  潤よ、もうちょっとビシッとしろ。いや、父親としての威厳は……ここでは、いらないか。   「えっとね、それはねぇ、ぷりんぷりんのプリン……ちがう、ちがう、そうだ! モモしゃんと、おおきなバナナしゃんだよ~」  は? そんなのアザラシが食べるのか。でも与えれば食べるかもな~    俺は呑気に構えていたが、途端に俺以外の大人が(こもりん除く)がざわめく。なんだ? なんだ?   「え……えっと、桃とバナナ?」 「いっくん、おふろでみたもん!」  お風呂? 冬至のゆず湯でもあるまいし、バナナと桃を浮かべたらまずそうだ! トロピカル風呂になるのか。 「風呂? に、兄さん~ どう思う?」 「え? ……お風呂って……」  潤が頬を赤らめ瑞樹にふると、今度は瑞樹が僕にふるなという顔で、真っ赤になった。 「ほんとだもん、おふろにういてたもん。どんぶらこって……」 「え……えっ……っと」  瑞樹はギョッとした顔で、青くなったり赤くなったり。  ははん、あれか。  滝行の時のいっくんのトドメの一言を思い出して、苦笑してしまった。  翠さんと流は白昼堂々、湯船で何をしていたんだーっと突っ込むのは、子供の前なのでやめておいた。  その代わり、瑞樹と肩を組み、豪快に笑った。 「いやぁ~ 俺といっくん気が合いそうだ‼ 俺も桃とバナナは大好物だぜ。なっ、みーずき!俺もあとで食べたい」 「そ、そうごさーん~」  翠さんがぽかんと口をあけて、嘆かわしそうな表情をした。  額に変な汗をかいていて、お気の毒だ。  話題を変えてやろう。 「翠さん、ご馳走様でした。少し子供と外で遊んでもいいですか」 「あ、それなら僕がお相手しますよ。宗吾さんはお疲れでしょうし。今日は袈裟でないので、軽快に動けます」 「いいんですか」 「はい、少しお寛ぎ下さい」 「わぁ、すいさん、ボク、お庭でサッカーしたいな」 「サッカーか。うん、やってみよう」  芽生は翠さんに懐いているので、手をさり気なくつないで嬉しそうだ。するといっくんもトコトコやってきて、反対側の手を握る。  翠さんモテモテだな。  だが、まだ頬を赤らめてギクシャクしていた。  これは余程、やましいことをしていたんだな。バレバレだぞ~  そこに芽生が、さり気なくフォローに回る。 「すいさん、いっくんはね、まだ小さいから、かわいいことをいうんだよ。大丈夫、ボク、何もみてないから」 「ううう……ありがとう」 「パパのむすこだから、どうじないんだよ~ えへへ」 「え?」    めめめ、芽生、それどういう意味だよ?  参ったな。  いつの間に……息子がそんなこと言うようになったのか。  いや何も考えずに無邪気に言っただけと思いたい! 「……宗吾さん、僕はちょっと心配です。宗吾さんに似て動じないのはどうかと……」 「ははは……瑞樹ぃ、疲れたよ。少し膝を貸してくれ」  ごろんと瑞樹の膝に頭をのせると、瑞樹が真っ赤になった。 「兄さん、宗吾さんに甘過ぎ」 「え……そうかな? じゅーん、お前もくる?」 「でも狭い」 「じゃあ肩を貸すよ」 「兄さん~」  み、瑞樹は潤に甘すぎだー!  賑やかな時間、和気藹々とした空気。  芽生が元気になってくれたから、俺たち、またこんな風に笑えるんだな。  当たり前の毎日が、愛おしい。

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