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幸せが集う場所 32
「あら!」
炬燵に入ってのんびり編み物をしていると、胎動を感じた。
「どうしたの?」
そっと丸くなったお腹に手をあてると、小さな足が伸びる動きを感じた。
「ふふっ」
トントンとお腹をノックすると、トントンと返事があった。
私の問いかけに反応する可愛い動きに、思わず笑みが溢れた。
「今日も元気で良かった!」
今日はひとりで留守番をしているけれども、少しも寂しくないのは、この子がいるお陰ね。
いっくんと潤くん、今頃何しているかな?
ちゃんと楽しめているかしら?
いい子にしているかしら……
いっくんはいつもいい子だった。いい子過ぎて心配になるほど、聞き分けが良くて、いつも私を小さな体で精一杯支えてくれた。
いっくんがいてくれたから生きて来られた。
いっくんは、あの人が遺してくれた天使――
寝る支度をしていると、潤くんから電話があった。
「菫、無事か」
「ふふっ、無事よ」
「よかった! 体調はどうだ?」
「元気よ、いっくんはいい子にしてる? 誰にも迷惑かけてない?」
あ、いけない! まだ以前の癖が抜けないのね、私……
周囲にダンナさんを亡くして女手一人で乳飲み子を育てられるのか心配ばかりされて、段々その心配が重荷になって強がって、いっくんには『いい子』でいることを押しつけてしまった。
「いっくんは思いっきり楽しんでいるよ。小さな我が儘も言ってくれて嬉しかった」
「ほんと?」
「菫……あのさ、俺たちの子は可愛いな」
潤くんのしみじみとした声を聞いて、涙が出そうになった。
高齢の両親にとって、いっくんは大切な孫ではあったけど心配の種でもあったので、こんなにしみじみと純粋に可愛いと言ってもらえることはなかったから。
「うん、私たちの子だもの!」
「今、いっくんにかわるよ」
すぐに弾んだ声が聞こえた。
「ママぁ~ ママぁ~」
「いっくん、楽しそうね!」
「いっくんね、ママにおはなしいたいこといっぱいあるの。あのね、いっくんね、カルタとれたの!」
「わぁ、すごい!」
「えへへ、「わ」っていいね」
わ……?
和かな? それとも?
「うん、和っていいわよね。輪もいいわ」
「みーんな、いっくんにやさしいの。だからいっくんもね、やさしいおにーちゃんになりたいな」
「いっくん……いっくんはおにいちゃんになっても、ずっとパパとママの大事な子よ」
「……うん、うん、うれちい。ママぁ、さみしくない?」
びっくりした。いっくんがそんなこと言ってくれるなんて。
「いっくんの声を聞けたから元気よ」
「あのね、パパのひみつおしえてあげるね。たのしみにしていてね、いっくんのパパはしゅごいんだよ」
「うんうん、楽しみにしているね」
可愛い電話だった。
いっくんとこんな風に電話をするのは初めてで、息子の成長を感じる一時だった。
「菫、明日にはお土産を持って帰るよ。気をつけて」
「うん、ゆっくりしてるわ。今日は胎動をいっぱい感じて幸せなの」
「そ、そうか!」
潤くんの嬉しそうな声も、心の栄養になるわ。
ひとりなのに、少しも寂しくないの。
不思議ね、
胸がぽかぽかしてくる。
優しさで包まれているようで。
「いい夢を」
「潤くんもね」
****
「お兄ちゃん、おやすみなさい」
「芽生くん、おトイレに行った? 歯磨きはした? あと、これ水筒。夜中に喉が渇いたら飲むんだよ。えっと……あとは」
芽生くんが潤の部屋に泊まるというので、僕はあたふたしていた。
「お兄ちゃん、ありがとう! トイレも歯磨きもしたよー」
「そうか、じゃあ……」
しゃがんで目線を揃えると、芽生くんが満面の笑みで手を広げてくれたので、僕はギュッとハグしてあげた。
「おやすみ、芽生くん」
「おやすみ~ お兄ちゃん、パパ-」
「くすっ、パパは酔っ払いさんだね」
「うーん、だいじょうぶかな?」
宗吾さんはかなり流さんに飲まされたようで、布団の上で大の字だ。
「……たぶんね」
「お兄ちゃん、パパのことよろしくおねがいします」
「芽生くんってば、はい、しっかりお守りします」
「えへへ」
「くすっ」
そこにトコトコといっくんが駆けてくる。
その後ろから潤が追いかけて……
「いっくん、パンツ、忘れているぞ」
「あー! いっくん、すーすーしてる」
「ふふっ、いっくん、楽しそう」
「あぁ、興奮しているみたいでさ」
「今日は疲れただろうから、横になったらコテッと寝てしまうだろうね」
芽生くんにくっつくいっくんが可愛すぎて、潤と一緒に目を細めた。
「めーくんとおててつないでねむりたいなぁ」
「いっくん、ボクもそうしようとおもってた」
「わぁ~ めーくん、めーくん、めーくん!」
「はは、いっくん、いっくん」
お互いの名前を呼び合うだけで、嬉しいんだね。
いい関係だね。
「兄さん、じゃあ部屋に連れて行くよ。芽生坊のことは任せてくれ」
「うん、潤もゆっくり休んで」
「兄さんも、今日は……案外よく眠れそうだな」
潤は既に眠っている宗吾さんを見て笑った。
「そうだね」
潤が子供たちと手を繋いで歩いていくのを、和やかに見送った。
賑やかで楽しい1日だった。
目に映るもの全てが、キラキラしていた。
「宗吾さん、もう寝てしまったのですか……」
眠っている宗吾さんの横に、僕の布団を寄せた。
そして宗吾さんに寄り添うように身を寄せて、目を閉じた。
宗吾さんの鼓動を感じるほど近くにいる。
ただ、それが嬉しくて――
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