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幸せが集う場所 33

「さぁ、寝るぞー」 「……いっくん、まだ……ねむくない」 「え?」 「もう子供は眠る時間だぞ?」  珍しくいっくんが駄々捏ねた。  いつも我慢ばかりしていたのだから、たまには甘やかしたい気持ちと、いやいや……もう夜の9時を過ぎだ。とっくに眠っている時間じゃないかと葛藤する。 「パパぁ、あとしゅこしだけ……ほんのちょぴっとだけ、だめぇ?」  うううう……いっくんが大きな瞳に涙を潤ませて見上げてくる。 「うーん」  困ったな。    早く寝ないと明日起きられなくなる。    でもあと少しのお願いも聞いてやりたい。  すると芽生坊が、優しくいっくんに聞いてくれた。 「いっくん、もしかして、なにかしたいことあるの?」 「めーくん、あのね……あのね……」 「うん?」 「おうましゃん、してほちくて……おともだち、パパにいつもしてもらうって」 「あぁ、あれ!」  おうまさん? 「ジュンくん、こんなかっこになって」 「四つん這い?」 「おうまさんだよ。パパがよくしてくれたよ。それのことだと思う」 「あぁ、なるほど」  そっか、世の中のお父さんって、こんな風にして遊ぶのか。  知らなかったな。  でも知ることが出来て良かった!  昔のオレだったら、そこで不貞腐れて暴れたが、今は違う。  知らなかったことを卑下するのではなく、知れて良かったと喜べる。  その方がずっと楽しいじゃないか。  また一ついっくんと遊べることが増えたのだから。 「よーし、いっくん、上手に乗れるかな」 「よいちょ! よいちょ!」  いっくんが俺の背中によじ登る。  可愛い掛け声が愛おしい。 「わぁ、おうましゃん、たかいー」 「よーし、うごくぞ」 「ジュンくん、ボクがおちないようにみているね」 「芽生坊、サンキュ!」 「おうましゃん、ぱっかぱっか、ぱっかぱっか~」  いっくんのはしゃぐ声が降ってくる。  こ、これは……まるで幸せのシャワーだ。  10畳の和室を何周かすると、いっくんは満足そうに俺の背中にぺたっと寝そべった。 「どうした? おねむかな?」 「ひろいなぁって……パパのおせなか、ひろいねぇ」 「そうか」  俺は父の背中を知らずに育ってきたから、父親の背中がどの位広いのか知らない。  でも俺はその代わりに、いろんな背中を見てきた。  母の柔らかく薄い背中、広樹兄さんの筋肉質な頼もしい背中、瑞樹兄さんのすっとした優しい背中。  みんな、それぞれ逆境に耐えて必死に頑張って生きて来た。  自慢の背中を持っている。 「パパのせなか……しゅき……むにゃむにゃ……」 「ジュンくん、たいへん、いっくんねちゃったよ」 「え? そこで眠る? どうしよう!」 「えーっと、そうだ! おうまさんがぺたんとしたらいいよ」 「そっか」  四つん這いからうつ伏せになると、いっくんがコロコロとお布団に転がった。 「いっくん、とっても幸せそうだね」 「あぁ、芽生坊もお馬さんするか」 「ボクはだいじょうぶ! それよりジュンくんとおしゃべりしたいな」 「ん? 何か話があるのか」  おふとんに入ると、芽生坊が少し緊張した面持ちになった。 「あのね……ボク」 「どうした?」 「あのね、ボク、いっくんが大好きなんだ。でも、いっくんにはきょうだいがもうすぐうまれるんでしょう? そうしたらボクがいっくんをおとうとみたいに思うのって……もう、おしまい?」  健気な芽生坊。  小さな心でそんな心配をしていたのか。 「芽生坊ー可愛い子だ」 「わ! ジュンくんおひげくすぐったいよー」 「芽生坊はいっくんの兄ちゃんだ。誰がなんと言おうと、オレはそう思っている。ずっとずっと兄ちゃんだ」 「ジュンくん……いいの? ボクでもいいの?」 「当たり前だ。いっくんが離さないよ」 「よかった……もうすぐ終わりだから、わざわざ会いに来てくれたのかなって」 「んなはずない! いっくんのお兄ちゃんだから、会いたかったんだ」 「そっか……えへへ、あぁほっとした。ボクぐっすりねむれそう」  瑞樹兄さんに味わわせてしまった疎外感。  もう二度としない。血の繋がりも大切だが、心の繋がりがどんなに素晴らしいものかオレは知っているから。 「むにゃむにゃ……おにい……ちゃん」 「ほら、いっくんが呼んでいるぞ、手をつないであげてくれ」 「うん!」  いっくんにとっても、芽生坊の存在は大切だ。  間もなく菫さんとオレの子が生まれる。  オレも菫さんも分け隔てなく育てるつもりだが、時に兄として我慢しなくてはならない場面もあるかもしれない。  そんな時に、芽生坊がきっと支えになるだろう。  眠りについた芽生坊といっくんの安心しきった顔を見つめて、どこまでも優しい気持ちなれた。  オレもまだパパ1年生だ。  完璧な親じゃない。  芽生坊、オレも頑張るよ。  一緒に成長していこうな。 **** 「宗吾さん、おやすみなさい」  少しだけ触れたくて、眠っている宗吾さんの胸に手を伸ばすと、その手をギュッと掴まれた。 「え? 起きていたのですか」 「ははっ、そんなに熱視線を浴びたら、目覚めるよ」 「す、すみません」 「おい、今のは謝るところじゃなく喜ぶところだ」 「ですが……」 「それより、こっちに来てくれないか」  宗吾さんが自分の布団を捲って隙間を作り、僕を呼ぶ。 「……はい」  僕は目を細めて、彼の布団に潜った。  愛の時間を始めたくて。    二人の想いを重ねていきたくて。 「宗吾さん……僕……」 「すっかり目が覚めたよ。ちょっと酒臭くてごめんな」 「いえ……酔わせて下さい。僕も……」  いつになく大胆なことを言えるのは、ここが月影寺だからなのか。  ここは本当に安心出来る場所だ。

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