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幸せが集う場所 37

「……瑞樹くん、よかったら庭を歩かないか」 「お! 洋、偉いな。ちゃんと誘えたな。よしよし、俺がまとめてエンジェルズ&パパ軍団を相手するから行ってこい」 「……流兄さん、ありがとう」  二人のやりとりから、洋くんがこのお寺でとても大切にされているのが伝わって来て、僕まで嬉しくなった。  久しぶりに洋くんとゆっくり語り合えるね。 「瑞樹くん、薄着だけど寒くない?」 「大丈夫だよ。僕は寒さには強いんだ」 「そうか、君は函館出身だったね。俺は……昔から寒がりだ」 「大丈夫?」 「あぁ、君と歩けるのが嬉しいから、その……ちょっと興奮している」  いつもは無口な洋くんが、今日は素直に感情を出してくれている。  僕と洋くんの距離はまた一段と近づいたようだね。 「ふぅー 冷えるな」  吐く息は白いが、北国育ちの僕にとって、この程度の寒さは苦にならない。 「たまに凍てつく程の寒さが恋しくなるから、今日みたいな日はむしろ心地良いんだ」 「へぇ、そういうものなのか。奥が深いんだな」  洋くんは上質なカシミアのコートに身を包み、綺麗な微笑みを浮かべた。  氷の国の王子様のような並外れた美貌を振り撒いて――  きっと、そのコートもマフラーも手袋も、全部丈さんが選んだのだろうな。 「あ、そういえば丈さんは?」 「丈なら出掛けたよ。今日は診療所は休診日だから、大船のホスピスの手伝いにね」 「ホスピスって、あのクリスマスの?」 「うん、あの時は手伝ってくれてありがとう」 「結局、僕は役に立てたのかな? 人は無力だと痛感したよ」 「……あの時出会った人の中には、もう次の世に旅立った人もいるそうだ。一緒に雪だるまを作った小さなお子さんも……でもあのクリスマスは彼等にとって幸せな時間だったと思う。ほんの少しだったかもしれないが、旅立ちの恐怖が緩和され、家族との大切な思い出を作る事が出来たんだ。瑞樹くんがしたことはけっして無駄ではなかったよ」 「ありがとう……そうか……あの子はもう行ってしまったのか。おつかいを頼んだあの子は……」  急に胸がざわついてしまった。  芽生くんが入院した病棟にも、沢山の子供がいた。  もう退院出来ない子もいると聞いて、胸が塞がった。  そうだ……ずっと……心の奥が重たかったんだ。  僕は芽生くんにもしも何かあったらどうしようという恐怖を抱いていた。  急にブルッと寒気を感じ、自分の身体を抱きしめようとすると…… 「瑞樹くん、大丈夫だ」  洋くんが僕をふわりと抱きしめてくれた。  それはまるで月光に包まれているような、心が落ち着く抱擁だった。 「あ、あの……洋くん?」 「芽生くんの入院……すごく怖かったよな。君のことだから最悪の事態もきっと考えてしまったのだろう。繊細な心を酷く痛めてしまったな」 「あっ……」  芽生くんに万が一のことがあったら、僕は正気を保てるか。  僕はどうなってしまうのか。  そんな想像をするのは不謹慎だと分かっていても、何度も密かに自問自答してしまった。  宗吾さんには打ち明けられなかった心の奥に芽生えてしまった深い闇を、洋くんはスパッと見抜いてくれた。 「洋くん……これ……どうしたら? どうしたらいい?」 「瑞樹くんの心に蔓延《はびこ》る闇は、ここに置いて行くといい。月が浄化してくれるから大丈夫だ」 「……ありがとう、洋くん!」  僕からも、洋くんに抱きついた。  洋くんは戸惑いながらも、僕を受け止めてくれた。 「瑞樹くん……お、俺は……少しは君の役に立っているのか」 「もちろんだよ。洋くんの存在は心強い。君と縁あって出逢えてよかった」 「俺も瑞樹くんの清らかで爽やかな風を浴びるのが心地良いよ。君とは見た目も性格も違うが、親しいものを感じている」 「それが友だちというものだよ。洋くんは僕の大切な心の友だよ」 「ありがとう。あぁ、最高に幸せだ」  洋くんが……長い睫毛を伏せて幸せそうに微笑んでくれた。  僕は洋くんと、この話をするために月影寺に来たのかもしれない。  心の奥に根を張りそうになった闇を置かせてもらうために。  心を浄化してもらうために―― 「2月って……厳しい寒さの中にも春の兆しが見つかる希望の月だと、翠さんが言っていたよ」 「うん、間もなく桜が咲き草花が芽生える季節がやってくるんだね」 「瑞樹くんと芽生くんの季節だな」 「洋くん、本当にありがとう。また会おう!」 「あぁ、幸せが集う場所で!」  僕たちは抱き合ったまま、ポンポンとお互いの背中を優しく叩いた。  洋くんとは、どうやら、お互いに励ましあって前に進める関係を築いているようだ。  いろんな関係が広がっていくね。  縁が縁を生み、僕の人生を豊かに彩ってくれる。 「そろそろ戻ろうか」 「そうだね。皆、何をしているかな?」  洋くんと肩を並べて母屋に歩きだすと、突然白い影が横切った。 「お、オバケ!」 「え! 違いますよーだ! 小森風太ですよ」 「あぁ、このシチュエーションは前にもあったね。えっと風太くん、こんにちは」  小坊主姿の彼は、大切そうに胸元に何かを抱えている。 「それはなに?」 「よくぞ聞いて下さいました! これは僕のお宝です。今からこれでお子さんと遊ぼうと持参するところです」 「瑞樹くん、なんだか分からないが、ついていこう」  さぁ、また日常に戻ろう。  帰り道、僕の心はスッと軽くなっていた。  それは洋くんのおかげ、月影寺のおかげだ。        

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