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新緑の輝き 12

きょうはね、あさ、ママのおおきなおなかをみたら、きゅうにほいくえん、おやすみしたくなっちゃったの。 そうしたらね、パパもママも、そうしていいって! びょうきじゃないのに、おうちにいるの、ふしぎ。 ママと、ずっといっしょにいられるのうれちい。 ママもニコニコごきげんで、おもちゃやさんやレストランにいこうって! でもね、それはこんどで、きょうはママにくっついていたいの。 ママのよこでころんとおねんねして、それからはっぱさんのみちをおさんぽしたよ。 ゴールはパパのところ! いっくんもニコニコだよ。 おなかのあかちゃんがうまれたら、ママ、いそがしくなっちゃう。 いっくんがもっとちいさいとき、いつもたいへんそうだったもん。 あかちゃんうまれたら、いっくんのことわすれちゃうかも。 パパもちいちゃなあかちゃんにむちゅうになっちゃうかな。 ちょっとだけ、ちょっとだけ、しんぱいしちゃった。 でもね、ママはいっくんのことだいじっていってくれたし、パパはいっくんをたよりにしているっていってくれたよ。 いっくん、だいじなこなんだね。 いっくん、うれちいよ。 「いっくん、お腹空いたね。ここで何か食べていこうね」 「わぁ、いいの?」 「うん! 食べたいものある? 何でもいいのよ」 「えっと……あのね、あのね、あれ……だめ?」  くましゃんのほっとけーき。  まえにきたとき、いいなっておもってたの。 「……もりのくましゃんげんきかな?」 「くまさん? あぁ潤くんのお父さんね」 「うん!」 「赤ちゃんうまれたら遊びに来てくれるって言ってくれたわ」 「でも、あかちゃんみたら、すぐにかえっちゃうでしょ?」 「そんなことないわ。いっくんと沢山遊びたいって言ってたわよ」 「しょうなの?」 「そうよ。だっていっくんのおじいちゃんだもの」  おじいちゃん。  あそんでくれる、おじいちゃんなんだ。  わぁ、ワクワクするよ。 「あらあら、いっくん、お口にハチミツをつけてるわよ」 「あっ! ごめんなしゃい」 「いいのよ。謝らないで。いっくんがモグモグ美味しそうに食べてくれるのが一番嬉しいのよ。一杯食べて大きくなってね」  ママがいっくんをやさしいおめめでみてくれるよ。  やさしくおくちをふいてくれるよ。  ゴシゴシじゃなくて、そっとそっと。  うれちいな、うれちいよ! ****  トントン――  優しく丁寧なノック音だけで、瑞樹だと察知出来た。  ノック一つにも君らしさが滲みでている。  この会議室に加々美花壇のフラワーアーティストとして颯爽と現れる君は、最高に格好いいだろう!  瑞樹は王子様のような甘いルックスだが、精神的に男らしい一面も持っているのを知っている。だから真剣な君に合わせて、俺もしっかり仕事モードになろう。瑞樹に恥じない男でありたいからな。  俺も背筋を伸ばし、低い声で促した。 「どうぞ!」 「失礼します」  リーマン同士、対等に渡り合える瞬間がやってくる。  こういうシチュエーションは初めてなので新鮮だ、  ところが会議室に爽やかな風を吹かせて現れた君に、どこのアイドルの追っかけかよと思う程の馬鹿でかい黄色い声が響いた。 「きゃ、きゃ~ 王子様登場だわぁぁぁ」  お、おい! 心の声がダダ漏れだぞ! 「おい、お前、今、仕事中だぞ」  あからさまに騒ぐのは、はしたない。 「あ、あぁ、そうだったわ。ひゃあ~」  瑞樹は明らかにリアクションに困って、立ちつくしている。  瑞樹の出鼻をくじくな~  あぁ、可哀想に変な汗までかいて。  俺は心配で心配で、今すぐ君をこの部屋から連れ出してやりたい衝動に駆られた。  だがそれをしたらもっと大事になるから、ぐっと耐えた   瑞樹持ち直せ! 深呼吸だ!  心の中で念じると、瑞樹は一呼吸おいて、ニコッと微笑んだ。  おっ、おい! その笑顔は俺だけのもんだー!  ガタッと立ち上がりそうになる俺の横で再び黄色い声が。 「かっこいい、かわいい、可憐ー」  流石にこれはまずい。  今は仕事中だぞ。仕事しろー!   「お前、そろそろ黙れぇ」 「あ、そうよね! 席、彼の席を作らないと。きゃー」  独身女子が慌てて立ち上がると文房具が一気に落下した。  床に散らばるノート、転がるボールペン。 「あっ……」  瑞樹の足の間にコロコロと転がっていった。  その位置はまずい!    血相を変えると、瑞樹がふっと微笑んで、しゃがんでボールペンを拾った。    そして、膝をついたままボールペンを独身女子差し出しながら微笑んだ。 「あの……加々美花壇の葉山瑞樹と申します。どうぞ宜しくお願いします」 「ゴックン‼」  生唾を飲み込むなー!  返事をしろー!    俺は心の中で叫んだ!  そこに上司が入ってきた。 「待たせたな。滝沢、メンバーは揃ったか」 「あっ、はい! 今、加々美花壇の葉山さんが到着した所です」  上司が瑞樹を見つめる。  「あぁ……」と目を細める。 「君が葉山瑞樹さんか。加々美花壇のホープだとお噂はかねがね」 「恐縮です。葉山瑞樹です。この度はチームにお招きありがとうございます」  瑞樹が上司だけでなく全体を見渡して、丁寧に挨拶をする。 「急なことで、無理を言って悪かったね」 「貴重な機会をありがとうございます、ベストを尽くしますので、宜しくお願いします」 「頼むよ。じゃあ、君はここに座ってくれ」  上司のお陰で、ようやく落ち着いた。 「早速だがチームメンバーの自己紹介をしよう。まずは滝沢から」  改めて瑞樹に自己紹介をするのは、照れ臭いな。 「コホン。滝沢宗吾です。白薔薇フェスティバルのチームに入ったのは一番最後ですが、全力で臨んでいます。葉山……さん、一緒にイベントを成功させましょう」 「はい! よろしくお願いします」    瑞樹が俺の一挙一動をじっと見つめてしまう。  瑞樹も感情を必死に隠しているようだが、ほんの少しだけ頬を染めたのが、俺には分かった。  なぁ瑞樹、こんな風に俺たちが向き合うのは新鮮だな。  心の中で問いかけてしまう。 「やり甲斐のある仕事です。頑張ります」    イベントの概要の説明を丁寧にメモを取ったり頷きながら聞く瑞樹の謙虚でひたむきな様子に、皆、目を細めていた。  自慢の彼氏だと心の中で喜んでいると、上司に話しかけられた。 「滝沢、次は当日の動きの確認をしよう。葉山さんには助手をつけるつもりだが、誰が適任だと思うか」  俺です! 俺がやります!  と名乗り上げたい所だがグッと我慢して、『柊雪』の薔薇で問題を起こした部下の名を上げた。 「部下の斉藤に任せたいと思います」 「ほぅ? 彼でいいのか」 「はい、斉藤には葉山さんの下で一から学んで欲しいです」 「滝沢、いい判断だ」  ミーティングの終了間近、雪也さんが会議室に入ってきたので、上司が対応する。 「遅くなったね。もう話は終わったの?」 「これは冬郷様、この度は貴重な薔薇のご提供をありがとうございます」 「『柊雪』を後世に伝えるいい機会だと思ってね。ただ……薔薇の扱いだけはその道のプロにお願いしたくて我が儘を言いました。葉山くん『柊雪』のこと宜しく頼むよ」    雪也さんの柔らかい物腰に、場が和らいだ。 「はい、心をこめて向き合います」 「うん、じゃあ早速現地の薔薇の状態を見に来てくれるかな?」 「もちろんです」 「伝通の方からも、お一方お付き合い願えるかな?」  お、俺が行きます!    と、手を上げそうになった。 「はい! 私が行きます!」  独身女子がすかさず手を上げていた。  お、おい、ヤメロー!  心の中でがっかりしていると、雪也さんが鶴の一声を。 「あなたはイベント全体を見渡せる人ですか」 「あ、いえ、私は会計係です」 「なるほど。当日イベント会場を切り盛りする人に現地の視察はお願いしても?」 「滝沢、君が行け!」  上司が真っ先に推してくれた。 「俺でいいのですか」 「あぁ君が適任だ。葉山さん、滝沢は我が社のホープです。お見知りおきを」  瑞樹と俺はくすぐったい気持ちで、挨拶をした。 「では早速行きましょう。車を待たせているのでお乗り下さい」  雪也さんの車で、白金へ向かう。  俺たちは後部座席に乗り込んだ。  こんなに緊張するのはいつぶりか。  瑞樹の隣に座れるのが嬉しくて嬉しくて――  ほんの少し手がぶつかっただけで、グンと高揚した。

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