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新緑の輝き 14
すみれといっくんと手をつないで、エンジェルズ・ガーデンの小径を歩いた。
木漏れ日の中、すみれは大きなお腹に手を添えてゆっくりと。
その横でいっくんがうれしそうにお腹に話しかけている。
「あかちゃん、きこえる? あのね、いまね、パパとママとおさんぽしているんだよ。あかちゃんがうまれたら、いっしょにしようね。おにいちゃんが、おむつをかえてあげるよ。おててもつないであげるよ」
いっくんが自然に「おにいちゃん」と口にした。
オレはその言葉が嬉しかった。
「今、いっくん、『おにいちゃん』って言ってくれたね。良かった!」
「あぁ」
オレもすみれも、いっくんだけ父親が違うことを、お互い口には出さないが気にしていた。
お空のパパの存在は知っていても、いっくんにはまだ難しく理解できないことだろう。
それでもいつかは知る日が来ると思うと、緊張する。
だからいっくんがお兄ちゃんになれるか、少しだけ不安だった。
だがそんなの親の勝手な危惧で、いっくんはもっとナチュラルに兄弟の誕生を心待ちにしていると悟った。
「潤くん、いっくんの顔を見て……なんだか、もう、お兄ちゃんね」
「まだ起きていない事への心配は不要だったな。今を楽しまないと勿体ないし、その時が来たら全力で向き合えばいいんだな」
「うん、自然に任せましょう」
「あぁ、木が真っ直ぐに育つように、オレたちの家族も育っていけばいいな」
「そうよ、空に向かって真っ直ぐ伸びていく木のようにね」
木立を見上げると、大切な言葉が降って来た。
まるで空に逝った人からの贈り物のように。
「すみれ、あ、あのさっ、赤ちゃんの名前……きへんに真っ直ぐで『槙』はどうだ?」
「え! 今、私も全く同じ事を思っていたわ。産まれてから考えようと思ったけど、お腹にいる時から呼びかけてあげたくなって」
樹《いつき》と槙《まき》
しっくりくるぞ!
マキなら男の子でも女の子でも大丈夫だ。
でもいっくんには産まれたら一緒に考えようと話していたから、どうしたものか。
「ママぁ、いっくんね、やっぱりまちきれないの」
「ん?」
「あかちゃんに、はやくおなまえつけてよぅ。はやくよんであげたいの」
いっくんもおなじ気持ちらしい。
「いっくん、樹を見上げてごらん。どんな風に見える?」
「うん、まっすぐおそらにとどきそうだよ」
「赤ちゃんの名前、真っ直ぐに伸びる木という意味をこめて『槙』はどうだ?」
いっくんはキョトンとしているが、すぐに『まき』と口ずさんでくれた。
「そうだ、マキちゃんでもマキくんでもいいだろう」
「うん! まきっていいやすいね。マキくーん、マキちゃーん、おにいちゃんだよ」
いっくんが満面の笑みで飛び跳ねる。
これでいい。
これがいい。
みんなで名付けた名前だ。
槙、オレたちの元に産まれて来い。
待っている。
皆、君と家族になりたくて待っている。
「潤くん、ところで、さっきからkyotoとかNagasakiとか、日本の地名のプレートがあるのは、どうして?」
「あぁ、ここは日本各地で栽培している白薔薇を集めた庭なんだ」
「どうして日本中から?」
「全国じゃないが、ここに来たら故郷の薔薇に会える可能性が高いんだ。故郷の思い出に触れ、会いたい人に心の中で会える、そんな不思議な力を宿したくて、『エンジェルズ・ガーデン』とオーナーが名付けたんだ」
「なんて素敵なコンセプトなの! 潤くんの故郷の薔薇もある?」
「Hakodateの薔薇も、オーナーが植えてくれた。従業員の故郷の薔薇はみんなあるよ」
まだ硬い蕾。
一斉に咲き出すローズガーデンに集う人は、ここで思い思いの心を解放する。
そんな場所になればいい。
「めーくんのバラしゃんは?」
「あぁ、東京の薔薇は、まだないんだ」
「しょうなの?」
「やっぱり、あったほうがいいよな」
「うん、いっくん、いつもめーくんにあいたいもん」
東京の薔薇か。
皆は都会の薔薇なんてと言ったが、オレは見たい。
****
「着きましたよ」
「お邪魔致します」
雪也さんが経営される『カフェ&レストラン月湖』は、平日にも関わらず賑わっていた。
庭に点在する白い英国風のガーデンテーブルセットは重厚感があり、緑の芝生に映えている。
繊細に彫り込まれた薔薇のレリーフ、4本脚を縁取る瀟洒な薔薇の装飾。
何もかもうっとりするほどエレガントな空間だ。
「瑞樹、最初はイベント会場に『柊雪』を運び込み、プチブーケ作り講座をしようと思っていたが、こんなに素晴らしい会場があるのだから、ここを会場として使わせてもらえるよう交渉したんだ」
「とてもいいアイデアですね。より鮮度の高い薔薇を提供できますし、薔薇もその方が落ち着くでしょう」
「ふっ」
宗吾さんが嬉しそうに笑った。
「僕、変なこと言いましたか」
「いや、やっぱり君はいいな。薔薇の気持ちになってくれてありがとう。俺だと見落としてしまう繊細な部分をサポートしてもらえて嬉しいよ」
「お役に立てそうですか」
「最強だ」
宗吾さん、あなたの役に立ちたい。
どんな仕事でもベストを尽くす。
それは僕のモットーだ。
どんなに忙しくても、花には無心で向き合う。
それが花に対しての礼儀。
「当日はこの辺りにテントを出させてもらい、ワンコインブーケでブーケ作りを提供するよ」
「ワンコイン?」
柊雪は希少価値のある薔薇なので、それは破格の値段だ。
「今回は採算度外視なんだ。雪也さんのご厚意でね」
「うん、ずっとこの白金の屋敷に閉じ込めていた『柊雪』だが、僕たちもずいぶん年を取った。ずっと管理してくれていた庭師も高齢なんだ。だから思い切って『柊雪』を外に出してやろうと思ってね」
「……そんなに大切な意味があったのですか。今回のイベント参加には」
宗吾さんが驚くと、雪也さんは空を見上げた。
「誰かに『柊雪』を受け継いで欲しくてね。それで瑞樹くんを指名してしまったんだよ」
「え……僕ですか」
「そうだよ。君の周りには幸せが集まっているから『柊雪』も喜ぶと思って。今回のイベントがその足掛かりになれば」
そんな話を雪也さんと宗吾さんとしていると、一人の老婦人が白い日傘をさしてやってきた。
「雪也さん、お客様?」
「白江さん、ちょうど良かった。今度のイベントの伝通側の担当者と、当日ブーケ作りをしてくれる加々美花壇のフローリストさんだよ」
ご婦人が上品に微笑まれたので、僕は丁寧に挨拶をした。
「はじめまして、加々美花壇の葉山です」
「はじめまして。まぁすずらんのように爽やかな男の子ね。『カフェ月湖』は私の敷地に建っているので、当日楽しみにしているわ、どうぞ宜しくね」
誰かに似ているような……
ふと、幸せと幸せが繋がったような気がした。
何事にも意味があることを、僕は知っている。
だから心を込めて一礼した。
「どうぞ宜しくお願いします」
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