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新緑の輝き 15
最初に補足を……
私はプロのガーデナーでもフローリストでもないので、薔薇の生育については、私独自の解釈で書いています。この物語は、おとぎ話の一つだと捉えて下さいね。
では本文です。
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「そうだわ、あなた、ちょっと来て下さる?」
「はい」
白江さんという上品な老婦人に手招きされる。
「実はティーサロンのお花、いつもすぐに萎れてしまうのよ。どうしてかしら?」
以前訪れた時はテラス席だったので、洋館の中に入るのは初めてだ。
大正時代に建てられた英国チューダー様式の洋館の内部はクラシカルなムードを保ちつつ、誰でも寛ぐことが出来るティーサロンとして活用されている。
窓際の燦々と日光が降り注ぐ場所に花瓶が置かれ、何十本もの白薔薇が豪華に生けられていた。
「この白薔薇なの。庭の摘み立てなのにいつも持ちが悪いのよ」
確かに元気がないようだ。
「あの……花に触れても宜しいでしょうか」
「もちろんよ」
僕は花の前に佇み、そっと花びらに手を伸ばした。
花の心に触れてみよう。
言葉を発せられない植物だって生きている。
生きているからには希望を持っている。
花びらがの先端が乾いてしわしわになっていた。
水揚げに問題があるのかもと、薔薇の花を抜き取り茎の状態を確認してみたが、問題なかった。
どうしたの? 僕に話してごらん。
どうして元気がないのか、教えて欲しいな。
君たちを助けたい。
顔を上げると窓から庭が一望出来、生き生きとした白薔薇が見えた。
「もしかしたら、この場所が飾るのが薔薇の心と合っていないのかもしれません」
「あの、それはどういう意味?」
「こちらの窓から庭の白薔薇がよく見えるので、この薔薇たちは自分たちが頑張らなくてもいいと思っているのかもしれないと……」
「まぁ、あなたって『お花の妖精』さんなのね」
冷やかしや馬鹿にされたのではなく、心の底から発せられた言葉だだったので、僕は微笑みながら「残念ながら、僕は花の妖精ではありませんが、いつも妖精と暮らしているので、少し力を授けていただいているのかも」と答えた。
可愛い僕の天使、芽生くんの顔を思い浮かべれば、自然なものだった。
すると老婦人は破顔した。
「なんて素敵なの! あなたは話が分かる方なのね。あぁロマンチックなことが大好きな柊一さんが生きていらしたら、さぞかし喜んだでしょう!」
「あ、あの……ありがとうございます。そこで提案があります。花瓶の大きさに対して花の本数が多いのと、日当たりが良すぎて水を吸い上げても足りず、花びらが乾燥してしまうようなので……」
「まぁ、気付かなかったわ」
「少し僕が手を入れてもよろしいでしょうか。それともこれを作られた方に依頼しましょうか」
そう伝えると白江さんはキョトンとしていた。
「私よ! 私がいつも自分で飾っているの」
「あっ、そうでしたか。僕……余計なことを言ってしまいましたね」
恐縮して謝ると、白江さんは首を横に振った。
「いいえ、今のは謝る場面ではないわ。お花の妖精さんのアドバイスを直接聞けたんですもの。ぜひ、小分けにして下さる?」
「畏まりました」
小さな硝子の花瓶を数個用意してもらい、白薔薇二本とお屋敷のアイビーを少し、ナチュラルに飾ってみた。
「このようなスタイルで各テーブルに置くのはいかがでしょうか。薔薇もヤル気になってくれますよ」
「まぁ『柊雪』を二本ずつ飾るなんて素敵! あなたは、ちゃんとこの薔薇の意味を知っているのね。柊一さんと雪也さんを包み込むように愛した海里先生の心を尊重して下さってありがとう」
僕と白江さんのやりとりを、宗吾さんと雪也さんが温かい眼差しで見守ってくれていた。
宗吾さんは腕捲りした逞しい腕を交差させ、明るい笑顔だ。
宗吾さんの前で花の仕事をするのは緊張した。
でも気合いが入った。
「瑞樹は流石だな! 当日はオレの部下を助手でつけるが、その調子で瑞樹らしさ全開で指導してやってくれ」
その言葉に安堵する。
僕はあなたの役に立っているのですね。
宗吾さんと一緒に仕事が出来て、本当に幸せです。
「葉山くん、やるな。君、ちょっといいか」
「はい?」
白金のお屋敷まで運転してくれた桂人さんに、今度は呼ばれる。
「おれは冬郷家の執事なんだ。で、オレの……ええっと、今風に言うとパートナーは白江さんと雪也さんの屋敷の庭師なんだ」
「庭師! 僕の弟も庭師です」
「へぇ、君の近くにいるのか」
「いえ、軽井沢に」
「あぁ、軽井沢なら何度も随行したよ。暑さに弱い柊一さまのお供でね」
「そうなんですね」
「おれは乗馬が楽しかったよ」
桂人さんがスタスタと歩き出したので、僕も急いで後を追った。
「あの、どちらへ?」
「こっちさ!」
今度はちょど真向かいに建つお屋敷に移動した。
ここは冬郷雪也さんのお屋敷でレストランになっている。
「君がイベントで扱う『柊雪』は、主にここで栽培している。カフェの方は鑑賞用さ」
「なるほど、そうだったのですね」
通されたお屋敷の中庭には、一面の白薔薇がそよ風に揺れていた。
あれ? あそこだけ様子がおかしいな。
「目聡いな。早速、気付いたか」
「はい、あの辺りの花の元気がないようです」
「流石だな。テツさんこっちだ!」
「桂人、どうした?」
続いて登場した人は庭師の格好をしていた。
なるほど、この方が桂人さんが話したパートナーなのか。
随分体格の良い人だな。年齢をこんなに重ねても、二人の間には甘い雰囲気が存在している。僕も宗吾さんと生涯を共にしたいので、この人達は大先輩になるわけだ。そう思うと興味津々というか……
チラッと見ると、桂人さんに笑われた。
「ふふん、どうだ? おれのテツさんは格好いいだろう」
「え?」
「テツさんはいつまでも逞しいのさ」
「あ、それ、分かります。僕のパートナーも逞しいですから」
はっ! しまった。
つられてつい! 仕事中なのに僕は何を張り合って?
「ははっ、いい調子だな。君って根を詰めそうなタイプだから少し肩の力を抜いた方がいいぜ」
それは……全くもって図星だ。
「おっしゃる通りです」
「はは、素直で可愛いな。で、あの薔薇をどう思う?」
一角の薔薇だけ、明らかに元気がない。
「日当たりには問題ないようですね。土壌にも……ただ僕は栽培の方はプロではないので、なんとも……」
「君では無理か」
そう問われて、僕は即答した。
「はい、無理です。僕では的確な判断が出来ません。でも僕の弟は腕のいい庭師で、軽井沢のローズガーデンで日々薔薇と向き合っています。ですから……もしもよろしければ、この薔薇を弟に観てもらっても?」
「なるほど、そう来たか」
テツさんが白薔薇にそっと触れる。
「海里さんが俺の目の前で『柊雪』と名付けてから、ずっと薔薇の気持ちに向き合って見守ってきたが、俺が年を取るのと同じで流石に弱ってきたようだ。特にこの子は暑さに弱いようだ。土地を変えるのは初めてだが、生き延びる術になるかもな」
改めて本当に歴史のある大切な薔薇なのだと、気が引き締まった。
「雪也さんが仰った『柊雪』を外に出すという意味を理解しました。けっして大衆的に広めたいのではなく、大切な薔薇を生き延びさせるため、静かに後世に伝えるためなんですね」
「そうだよ。この薔薇はおとぎの国でしか咲かない薔薇だから」
あぁ……なんてことだ。
潤から先日相談されていた内容と見事に重なっていく。
「軽井沢のローズガーデンには、6月に『エンジェルズ・ガーデン』がオープンします。『秘密の花園』のように普段は閉ざされているのですが、会いたい人に薔薇を通じて会いたいと心から願える人は、入れるそうです。日本の各地の薔薇が集う場所だそうです。そこに『柊雪』もいらっしゃいませんか」
心をこめて説明すると、いつの間にか背後に立ってた雪也さんが拍手してくれた。
「瑞樹くん、君はやはり僕と縁がある人なんだね。素晴らしい提案をありがとう。ぜひ君の大切な弟さんに委ねたい」
「あ……ありがとうございます」
潤……潤……聞いた?
潤に大切な薔薇を預けて下さるそうだ。
嬉しいね。
僕と潤が、花を通じて交流できる機会にもなる!
****
「潤くん、いっくんの言う通り、東京の薔薇もあるといいわね。私達にとって縁がある場所だもの」
「あぁ、きっと見つかるさ! 実はもう兄さんには依頼済みなんだ」
すみれに話すと、楽しそうに笑ってくれた。
「まぁ、いつの間に! ふふっ、まぁ毎週電話しあう仲だものね」
「あ! ごめん」
流石にブラコンすぎるかと心配になってきたぞ。
「くす、今のは謝るところじゃないわ。また、ここに来る楽しみが増えたわね」
「いっくんも! ママぁ、こんどはまきちゃんといっしょにこようね」
いっくんは『槙』という名前が気に入ったようで、「あかちゃんはね、まきちゃん、おとこのこでもおんなのこでもまきちゃんって、さいしょはよぶんだよ」とはしゃいでいる。
昼休みが終わり、すみれといっくんと別れて、また働き出した。
『エンジェルズ・ガーデン』の手入れに、余念がない。
『Tokyo』のスペースにやってくるのは、どんな薔薇だろう?
瑞樹兄さんみたいにピュアで清らかで、特別な薔薇が見つかるといい。
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