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白薔薇の祝福 5

 今日は5月2日、俺の大事な弟、瑞樹の誕生日だ。  瑞樹がこの家にやってきてから、毎年祝っている。  言葉で、贈り物で、電話で、メールで。  東京に行ってしまってからも、あらゆる手段を使い、欠かしたことはない。  それほどまでに、瑞樹の誕生日は俺にとって特別な日なんだ。  俺が初めて一緒に迎えた誕生日は、瑞樹が11歳の時だった。  今思い返しても、あの日が一番辛かったな。  瑞樹は前年の初夏。  10歳で我が家に引き取られた。  雨の日の交通事故で一度に両親と弟を亡くしてしまった、引き取り手のない寂しい少年だった。  瑞樹は当時から、とても可憐な顔立ちだった。  愛情をたっぷり注がれ幸せにスクスク成長した子供なのは、すぐに伝わってきた。  だが、繊細で控えめな性格もあり、なかなか我が家に馴染めなかった。  一生懸命いい子でいよう。迷惑をかけないようにしようという気持ちばかり急いて、自分を押し殺していたのも知っていた。  日中の頑張った反動か、夜中に魘され泣き叫ぶことが頻繁だった。  俺はその都度、抱きしめて宥めてやった。 「大丈夫、大丈夫だ。深呼吸して」   …… 「明日は瑞樹の誕生日なのよ」 「そうなのか!」 「でも先月の売り上げも酷くて、何も特別なことをしてあげられなくて申し訳ないわ」 「母さん、そう心配するなって。俺がなんとかするよ」  きっと去年までは両親と弟と、賑やかな誕生日会をしたのだろう。    だが我が家には、そんなことをする経済的なゆとりはない。    16歳になっていた俺には、母の苦悩もよく分かった。 「広樹、不甲斐ない母でごめんね」 「いや、母さんは頑張っているよ」 「あなたはいつもお店を手伝ってくれているのに、お小遣いを増やしてあげられなくてごめんね」 「大丈夫だ。俺がしたくてしているんだ」  さてと、どうしようか。     瑞樹の誕生日は、どんな風に祝ってやれば喜んでくれるかな?  必死に頭を悩ませ迎えた当日。  早朝、目を覚ますと、昨日も魘されてしまい、一緒に眠ったはずの瑞樹の姿が見えなかった。 「どこに行ったんだ!? まさか――」  嫌な予感がして家を飛び出すと、瑞樹は俺のお古の薄汚れた服を着て、とぼとぼと歩いていた。 「瑞樹、どこへ行くんだ?」 「あっ、広樹兄さん、ごめんなさい、やっぱり……行かせて」 「どこに?」  瑞樹は澄んだ瞳に透明の涙を浮かべていた。  スッと指さしたのは、空だった。 「……あそこにいきたい」 「馬鹿! 何を言って? 今日はせっかくの誕生日じゃないか。兄さん、瑞樹にプレゼントを買ってやろうと貯金箱を壊したんだぜ」 「あのね……どうして僕だけ年を取るの? 僕だけ……僕しか……」 「なぁ、何が欲しい。何でも買ってやるよ」  必死にいけない方向へ突き進むのを逸らそうとしたが、言いながら後悔した。  何でもなんて……買えないのに。  瑞樹は寂しそうに笑った。 「じゃあ……切符を買ってよ」 「どこ行きだ?」 「……天国」 「……瑞樹、兄さんを置いていくな!」  天国という言葉に、ぶわっと涙が噴き出した。 「兄さん? どうしたの? まさか……僕のために泣いて?」 「当たり前だ。瑞樹は俺の弟だ。誰がなんと言おうと、大切な弟だ!」  ガバッと抱きしめて、また泣いた。  瑞樹の涙を、涙で覆ってやりたくて。 「兄さんは、もしかして……僕がいないと寂しいの?」 「あぁ、もうお前のいない生活なんて考えられない」 「お……兄ちゃん……」 「あぁ、なんだ?」 「僕のお兄ちゃんになってくれるの」 「当たり前だ。もうとっくに俺は瑞樹のにーちゃんだ!」  あの日から距離が少しずつ近づいたんだ。  あの日を乗り越えて、今があるんだな。  あの時の小さな瑞樹がもう30歳になるなんて驚きだ。  おっと、早く作らないと母さんたちが取りに来る時間に間に合わないな。  俺は慌てて、作業に取りかかった。  仕事が始まる前に仕上げないと。  作業場に籠もり、瑞樹の誕生日プレゼントを製作した。  やがて車が停まる音がして、お父さんと母さんがやってきた。 「母さん、丁度良かった! 今、出来たよ」 「まぁ、素敵、流石広樹ね」 「俺も駆けつけたいがそれは無理だから、心をギュッと込めたよ」 「伝わってくるよ。広樹、素晴らしいよ。今度は一緒に行こうな」 「お父さん」  頼もしいお父さん、優しいお父さん。  あぁ……お父さんってこんな感じなのか。  俺が10歳の時いなくなってしまったから、知らなかったよ。 **** 「パパぁ、パパぁ」 「どうした? いっくん」 「あのね、めーくんからのおてがみぃ」 「お! よかったな」 「よんでー」  仕事から戻ると、いっくんが飛んで来た。  手には熊の切手が貼られた手紙を握りしめている。 「どれどれ?」  手を洗って作業服から部屋着に着替えてリビングに行くと、いっくんが待ちきれない様子でそわそわしていた。 「はやく、はやく」 「いっくん、そんなに急かしたら駄目よ」 「あっ、しょうだった!」 「じゃあ、ゆっくり、ゆっくりー」 「くすっ」 「ははっ」  日常の、本当に何でもない会話にも泣きたくなるのは何故だろう。  それはきっと俺が子供の頃にはなかった世界がここに広がっているからだ。 「なんてかいてあるの?」 「ふむふむ、芽生坊、ゴールデンウィークはおばあちゃんちで過ごすそうだよ」 「おばあちゃんちって?」 「宗吾さんのおばあちゃんの家だよ」 「ねぇねぇ、どちてパパたちとすごさないの?」 「二人とも仕事なんだって」 「しょうなんだ。いっくんもね、ママ、にゅーいんしたら、また、ママのおじいちゃんとおばあちゃんのところにいくのかなぁ」  すみれが困った顔をする。 「うーん、頼んではあるけど、また二人とも身体の調子が悪くて……困ったな」 「すみれ、いっくんを預ける必要はないよ。今はオレがいるんだから、オレが頑張るよ。保育園もあるし」 「でも……悪いわ」 「何言ってんだ? いっくんはオレの子だよ?」 「でも……潤くんの仕事も薔薇のシーズンを迎える準備で忙しいでしょう?」  ここはなんとか、すみれを安心させてやりたい。 「そうだ! オレの親じゃだめか。きっと頼ったら喜んで来てくれる」 「あ……でも、いいの?」 「二人とも大喜びだよ」 「甘えてもいいの?」 「オレ……甘えてみたい」  そんなわけで、大沼に電話すると快諾してもらえた。  産気付いたら飛んで来てくれると。 「パパ、おてがみ、まだあるよ」 「ん?」  芽生坊からいっくんへのお手紙とお絵かき。  その他にもう1枚。 「なんだろう?」  それは宗吾さんからの綿密な企画書だった。 「おぉ! すげーな! 流石、宗吾さんだ。広告代理店マンの彼氏を持つと違うな」 「なに、なに?」 「なぁに?」 「これは瑞樹兄さんの誕生日サプライズ企画書だ。俺たちも一口乗るぞ」 「わぁ、おもしろそう」 「みーくん、おたんじょうびなの? しゅてきだね、いっくんもおめでとする」  さぁ、函館、軽井沢、東京の幸せを合体させよう!    大好きな兄さんの誕生日がやってくる!

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