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白薔薇の祝福 6

 僕は宗吾さんと茂みに隠れて、テツさんに話しかけるタイミングを待った。  待って……宗吾さんとの距離が近くてドキドキしてしまう。  少し汗をかいた宗吾さんの身体のにおいに反応しそうになって、必死に煩悩を振り払った。 「沢山、キャッチしたぞ」 「え? 何をですか」 「ナニをだ」 「???」 「瑞樹のぼんのうさ~」 「‼‼」  じゃれ合いそうになったが、今は仕事中なので必死に自制した。  他人のふりをするのも大変だ。 「ははは、待たせたな」  茂みを覗くのは、桂人さんだった。  この人は本当に色気がある。  放つ男の色気がすごい。 「あ、あのテツさんは?」 「これが必要なんでしょう?」 「あ! そうです」  僕が欲しかった脚立を持って来ていた。 「柊雪は背伸びが得意なんだ。柊一さんがいつも海里さんに向かってしていたからね」 「そうなんですね」  もしかしてキスシーンかな?    そう考えると、ほっこりする。    宗吾さんと別れて、再び雪也さんの元へ戻った。  雪也さんは口元を綻ばせながら、薔薇を見上げていた。 「あの、斉藤くんは?」 「あぁ、上司呼ばれて設営の助っ人に行ったよ。彼は若いから素直でいいね。間違えてもしっかり反省すればいいんだ。消えてしまうより、ずっといい。居づらくても頑張ってくれるのが、逆に清々しく感じるよ。僕は彼を応援したくなったよ」  雪也さんの言葉は、とても素敵だ。 「そう思います。人間関係は難しいですが、素直に柔軟になれば長続きするのかなと思います」 「同感だよ」  白薔薇が風に可憐に揺れる春の庭。    本当にここはおとぎ話の世界のようだ。  僕は目を閉じて、明日作るブーケのイメージを描いた。  あ……そうだ、二人が寄り添う姿を表現してみたいな。   「雪也さん、薔薇は2本ずつブーケにしてもいいですか」 「あぁ、是非そうして欲しい。この薔薇はペアがいい」 「畏まりました。あの……少し薔薇を摘んで練習してみてもよろしいでしょうか」 「もちろんだよ。よければ……作っている間、少し昔話をしてもいいかな?」 「はい」  雪也さんの10歳年上のお兄さんが柊一さん。  そして、そのパートナーが外科医をしていた海里先生。  二人が生涯紡いだおとぎ話の冒頭を、雪也さんが厳かに語り出した。 ……  祖父の代から続く由緒正しき白薔薇の洋館。  僕は……二十代で、この洋館の主となってしまった。  アーチ型の両開きの窓を大きく開け放つと、中庭に咲く白薔薇の花びらが夜風に舞い、二階までふわりとやってきた。夜の空気はどこまでも澄んで冷たいのに、僕の躰はさっきからずっと火照っていた。  高揚しているのだ。  緊張しているのだ。  この先の扉を開くことに対して…… 「そこにいたのか」 「はい」  振り向けば、彼が優しい眼差しで立っていた。 「さぁこちらにおいで」  彼はまるでおとぎ話のように、僕に1本の美しい大輪の白薔薇を差し出した。受け取ると、彼の誠実な気持ちが胸に刻まれ、永遠の愛を誓う口づけを交わすと、ふわっと抱きかかえられた。 「行こう、おれたちの出航だ!」  白薔薇の甘く華やかな香りが誘う、僕らだけのおとぎ話の始まりだ。  今、その扉を開く。   ふたりの力を合わせて──    *まるでおとぎ話 プロローグより全文引用  (https://fujossy.jp/books/16328) …… 「これはね、兄さまの気持ちを表現してみたんだ」 「なんてドラマチックなんでしょう! 美しい情景がありありと浮かびました。うっとりしました」 「ありがとう。『柊雪』は海里さんが差し出した大輪の薔薇のイメージだよ」 「はい、僕の中でもますますイメージが膨らみました。早速作ってみますね」  大輪の薔薇と、ひとまわり小さな薔薇を組み合わせた。  でも、何か足りないような。 「あの……洋館の煉瓦の外壁に絡まるイングリッシュアイビーを拝借しても?」 「もちろんだよ」  庭師が手入れしているだけあって、このお屋敷のアイビーは販売できるレベルだった。 「白薔薇に沿わせてみたくなりました」  まるで白薔薇を見守るようにアイビーを配置すると、とてもしっくりした。 「アイビーは雪也さんと冬郷家の洋館そのものですね」 「瑞樹くん……ありがとう。君の発想はとても素晴らしいよ。やっぱり君で良かった」 「ありがとうございます」 「同じ物をもっと作ってくれないか」 「畏まりました」  僕は無心で、同じブーケを作り続けた。  10個作ってみたが、雪也さんはもっとと言う。  こんなに練習させてもらえるなんて有り難い。 「おっと、そこまででいいよ」 「あ、はい。沢山作らせて下さってありがとうございます。こんなに……どうしましょうか」 「それは君に全部あげるよ」 「えっ!」 「豪華さと上品さを持つ白薔薇は、贈り物にぴったりだろう」 「それはそうですが、こんなに沢山いただけません」  雪也さんが茶目っ気に微笑む。 「君なら白薔薇の花言葉を知っているよね?」 「はい……白バラの花言葉は『純潔と純粋』それから『私はあなたにふさわしい』『深い尊敬』です。海里先生と柊一さんにぴったりですよね」 「瑞樹くんにもぴったりだよ。この薔薇は君にもよく似合う」  コホンと咳払い。 「瑞樹くん、ハッピーバースデー! 30歳おめでとう。30歳だから30本の薔薇をプレゼントしよう!」 「えっ……どうして?」 「ここはおとぎ話の世界だから魔法だよ。知っているかい? 30本の薔薇を贈る意味を」  30本の薔薇の意味は『縁を信じています』  そこにいつの間にか宗吾さんがやってくる。 「瑞樹、今日の仕事は終わりだ。もう皆、帰ったよ」 「え……そうなんですか」  いつの間にか日が暮れていた。 「雪也さん、ご協力ありがとうございます」 「はたして上手くいったのかどうか。僕は演劇部には属してなかったからね」 「大成功ですよ!」    宗吾さんがニカッと笑って、僕が作ったブーケを全て持たせてくれた。 「瑞樹、君に出会えたことに運命を感じているよ。君は特別な相手だ! 誕生日おめでとう! 30歳になったな」 「宗吾さん、こんなサプライズ……聞いていません」  30本のバラの重みは、幸せの重みだ。 「さぁ、俺たちも家に帰ろう。今日はおばあちゃんちだぞ」 「はい!」  僕は感極まっていた。  20代と別れを告げるのは寂しくなかった。  宗吾さんと同じ30代になれるのだから。 「しかし君が30歳なんて信じられないな。まだ22歳くらいに見える」 「そんな……」 「いつまでも若くて可愛い俺の恋人だ」  ここは雪也さんの秘密の花園の中だ。  外からは見えないように、しっかりガードされている。  だから仕事から離れ、愛を語っても許される場所だ。  いつの間にか雪也さんの姿は消え、僕たちだけが佇んでいた。 「宗吾さん、ありがとうございます」 「瑞樹、愛してる」 「僕もです。宗吾さんに出逢えて良かったです。縁を信じています」  白薔薇を抱えたまま、僕は踵を上げた。

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