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白薔薇の祝福 8

「うっ」 「美智、大丈夫か」 「ごめんね。ご飯の匂いがムカムカして」 「謝らなくていい。身体をどうか大事にしてくれ」  私はそっと美智の肩を抱き寄せた。  身体を動かすことが好きな人だから、このように身動きが取れない状況に陥るのは不本意だろう。 「彩芽の時は食べていないと気持ち悪かったのに、今回は真逆ね」 「そうだな。彩芽とはまた違うんだな」 「でもね、頑張るわ。お腹の子をしっかり育てるね。私もあなたも兄弟の中で育ってきたので、彩芽にも弟妹がいたらいいなって思っていたの。一人目はあんなに待ってもなかなか授からなかったのに不思議ね」 「そうだな、きっと神さまが一番ベストなタイミングで授けてくれたのだろう」 「ふふっ、コウノトリが運んで来てくれたのかな」 「きっとそうだろう」  現実主義だった私は、近頃大きく変わった。  彩芽や芽生と過ごしていると天使は実在すると思えるし、宗吾のパートナーの瑞樹くんと接していると、妖精も実在すると思う。ちなみに瑞樹は花の妖精だろう。  人生にファンタジーは必要だ。  子供がおとぎ話を好むのは、きっとそういう理由なのだろう。  大人がおとぎ話を忘れられず覚えているのも、きっとそういう理由だ。  現実は厳しい。  何故? どうして? と驚くような事件の繰り返しで、心を休める場所が必要だ。 「パパぁ……」  彩芽が目を擦りながらよじ登ってきたので、目を細める。 「おぉ、彩芽、眠いのか。よしよし……彩芽が眠ったら下の部屋の飾り付けをしてくるよ」 「憲吾さん本当にありがとう。瑞樹くんのお誕生日パーティーの準備頑張ってね。私、憲吾さんが連休中ずっといてくれるの心強いの」  私と美智は以前とは比べものにならないほど、夫婦の会話をするようになった。  いがみ合うためではなく、寄り添うために、優しい言葉を贈りあっている。  労り合う。  これが夫婦円満の秘訣だった。  私はそんなことも知らずに、男は外で必死に働いているのだから、家では何もしなくていい。家で余計な口出しをされるのは不愉快だと、実に古くさい考えに縛られていた。  父さん……  時代は変わりましたよ。  私も変わりました。  この先、どんどん変わっていくでしょう。  宗吾と瑞樹の関係も、もっと柔軟に受け入れられる日がくることを祈っています。芽生がそのことでとやかく言われないような世の中にしたいです。  もちろん私も弁護士の立場も生かし、積極的に宗吾と瑞樹と芽生のサポートをするのでご安心下さい。  父さんだって我が子の幸せを願っていたはずだ。  昔気質の人だったから感情を表に出すのが苦手だったのだろう。  だが……父さんに似た思考回路を持つ私だから分かることがある。  父は父なりに確かに家族を愛していた。  私も父になって分かった。  そこに愛はあったと――  断言出来る。  彩芽を寝付かしていると、インターホンが鳴った。 「そうか、今、母さんと芽生は買い物か」 「うん、私がこのまま彩芽と一緒に眠るから大丈夫よ」  届いたのは、軽井沢からの荷物だった。  胸ポケットにしまっていた宗吾からの企画書を取りだして、私が日中すべきことを確認した。 『軽井沢からの届く荷物は開封して、壁一面に飾りつけして下さい』  段ボールの中からは、いっくんは描いた絵が沢山出て来た。  1枚1枚、カラフルで明るい絵だった。  それからいっくんが集めた葉っぱも。  私は掲示係になった気分で、楽しく飾りつけた。  居間の壁一面に絵を貼ると、一気に場が華やいだ。 『潤と菫さんからのプレゼントは、サプライズなので隠しておいて下さい』  宗吾はなかなか人使いが荒いな。    おい、隠すってどこにだ?  するとちゃんと『隠し場所なら兄さんの書斎がいいんじゃないかな。あそこは本の虫しか近づかないでしょう』なんて書いてある。  アイツ……  思わず顔がにやけてしまう。  プレゼントを持ってうろうろしていると、母と芽生の声が庭先から聞こえたので、慌ててプレゼントを書斎にしまった。 「お帰りなさい」 「あぁ、憲吾、いろいろ買ったらすごい荷物になったわ」 「迎えに行ったのに、大丈夫でしたか」 「芽生がケーキを持ってくれたから、大丈夫だったのよ」  母の後ろには、芽生が大きな白い箱を大事そうに抱えて立っていた。 「おじさん、これ! ボクがはこんだんだよ!」 「ほぅ、えらかったな」 「えへへ」  芽生は素直で明るいいい子だ。  その年齢で自分から手伝えるって、なかなか出来ないぞ。  やっぱり私の自慢の甥っ子だ。 「よし、がんばったな。私が冷蔵庫にしまっておくから貸しなさい」 「ボクがいれたい」 「ん? 届かないだろう?」 「そうだけど……」  芽生は少し考えたあと、ペコッとお辞儀をした。 「うん、そうだね。おじさんお願いします!」  台所では白い割烹着を着た母さんが生き生きと調理を始めた。 「母さん、今日は何を作る予定で?」 「瑞樹の好物よ」 「彼は何が好きなんですか」 「そりゃ、宗吾でしょ」 「はぁ?」  俺は思いっきり顔をしかめてしまった。  宗吾は硬くてゴツゴツしていて、絶対まずそうだと真面目に考えてしまった。 「冗談よ。いやーね 真顔になって」 「冗談? 母さんがそんなことを言うなんて意外ですね」 「なんだかウキウキしない? みんなで瑞樹のお誕生日をお祝いするなんて!」 「その気持ちはよく分かります」  それには同感だ。  大切な人の誕生日をみんなで祝う。    そんな当たり前のことが出来る幸せを噛みしめよう。 「憲吾、瑞樹のことだけど……最近私の三番目の息子のように感じるのよ。不思議よね、お腹を痛めて産んだ子ではないのに、とても身近に感じるのよ。あの子の心が見えるようになったみたい」  嬉しい言葉だった。 「母さん、私は人生には不思議がつきものだと思っています。だからそんなファンタジーがあってもいいのでは?」 「まぁ、憲吾ってば、真面目な顔して何を言うのかと思ったら。素敵ね!」 「瑞樹も喜びますよ。それに私ももう実の弟だと思っていますから」  母と話していると、またインターホンが鳴った。    今度は何が届くのだろう?   **** 「宗吾さん、僕……今、夢を見ているようです」  黒塗りの車の後部座席で、白薔薇に埋もれた瑞樹がうっとりした声をだす。  スズランのように清楚な君には、白薔薇もよく似合う。 「夢じゃないよ」 「こんなの贅沢過ぎます」 「そんなことない。皆、君が大事なんだよ。大切な人なんだよ、君は」 「……ありがとうございます」  潤んだ瞳に、都会の夜景が映っている。  そして俺も映っている。    俺はそっとまた瑞樹と手を繋いだ。  ブーケを作り続けた手は少しカサついていた。  労ってやりたいな。    だが俺は生憎今日はハンドクリームを持っていない。 「宗吾さん、仕上げはあなたがするといい」 「え?」  運転席の桂人さんが、フッと余裕の笑みを浮かべる。 「冬郷家からのギフトが、そこに置いてある」 「え? あ、本当だ」  暗くて気付かなかったが、確かにギフトボックスがあった。 「それはハンドクリームだ。瑞樹くんに誕生日プレゼントだよ」 「え! 僕にですか」 「冬郷家からの贈り物だ。今塗るといい。おとぎ話の主人公は君だ」 「既に白薔薇をこんなにいただいたのに申し訳ないです。なんだか……色々お気遣い……すみません」  桂人さんは首を横に振る。 「今のは謝るシーンじゃないな」 「あ……ありがとうございます」 「香りのイメージは『after the rain』だ」 「雨上がり……ですか」 「そう、雨上がりの森の潤いをイメージしたみた。瑞樹くんのためにテツさんが調合したんだ」 「え?」 「ははっ、驚いたか。おとぎの国からのサプライズだよ」  なんと! 俺の企画にはない展開だぞ。  やっぱり冬郷家の『おとぎ話』は最高だ。  流石本家だ。  俺はクリームをたっぷり手にとり、瑞樹のほっそりした指に擦り込んでやった。 「あ……あの」  瑞樹は頬を赤らめ、照れていた。 「いい香りだな。君の花の香りと混ざって……潤っていくよ」  さぁ、おとぎ話の主人公に君を仕立てていこう。  もうすぐ、家族が待つ城に到着する。  

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