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白薔薇の祝福 15

 数日前、大沼のログハウス。  ようやく大沼にも遅い春がやってきた。大沼公園湖畔では新緑の中に薄桃色の山桜が咲き出し、 散策路には春の山野草も次々と芽吹いている。  食材の買い出しを終え帰宅すると、さっちゃんが嬉しそうに近寄ってきた。 「ごきげんだな」 「あのね、勇大さん、さっき郵便屋さんが来てくれて手紙が届いたのよ」 「ん? 誰から?」    さっちゃんがクスクス笑う。その笑いは…… 「あ、もしかしてみーくんからか」 「ブーブー! 宗吾さんからよ」 「宗吾くん? 一体何だろう?」  みーくんから手紙が来ることはたまにあるが、宗吾くんは珍しい。  開封して、納得した。 「流石、都会のイベント屋さんはスケールが大きいな。これは全国規模だ」 「全国規模? なんて書いてあったの?」 「あぁ、さっちゃんも一緒に読んでくれと書いてあるよ。もうすぐみーくんの誕生日だろう。今年は30歳と節目の歳だから、盛大なサプライズをしかけたいんだと」 「瑞樹、もう30歳になるのね」 「あぁ、あの小さなみーくんが30歳だなんて信じられないな」  さっちゃんが、肩を落とした。 「どうした?」 「あのね……瑞樹が二十歳の時、成人のお祝い……何もしてあげられなかったの。潤も高校生でお金がかかって……あの子故郷に帰って来ることすら出来なかった。その……旅費すら出してあげられなかったから」 「さっちゃん、それは過ぎたことだ。二十歳で出来なかったのなら三十歳でしてあげたらいいじゃないか」 「そうね、どんなサプライズを予定しているの?」 「うん、あとで映像機器を一式送ってくるそうだ」 「何をするの?」  みーくんの誕生日会を宗吾くんの実家で開くから、その時、函館の広樹たち家族と、軽井沢の潤家族、そして大沼の俺たち家族を中継で繋いで、瑞樹の誕生日をリアルタイムで祝おうという企画だった。 「流石ねぇ」 「あぁ、広樹も簡単には店を開けられないし、潤は奥さんが臨月だし、二人とも東京に行くわけにはいかないしな」 「でも私たちは」 「そうだ、俺たちは」  こんな時、さっちゃんと俺の心は一つに揃う。  きっとみーくんは映像だけでなく直に会いたいと心の中で願うだろう。  そんな予感がした。 「よし、行くか」 「えぇ、行きましょう!」  意気投合して東京行きを決め、すぐに飛行機の席を押さえた。  俺には写真集の売り上げの蓄えが充分あるし、さっちゃんは函館の花屋を広樹に任せ、俺と大沼の山奥のログハウスで暮らしてくれている。  悠々自適とまではいかないが、自由に動ける身体もお金もある。 「会える時に会おう。もう我慢しなくていい」 「勇大さん、ありがとう。当時は東京までの旅費も高くて……簡単に行き来できなかったの。瑞樹は奨学生として大学に入り寮費も補助してもらっていたけど、生きて行くの……苦しかったと思うわ。バイトを何個も掛け持ちしていたと聞いたの。何をしていたのか、詳しくは聞いてないけど。本当に苦労させたわ。服もいつも広樹のお古でぶかぶかで……」  さっちゃんが明かすみーくんの過去は、かなりしんどい。  どうして俺はみーくんの存在すらも打ち消して、死んだように冬眠してしまったのか。俺がすぐにみーくんに手を差し出せていたらもっと違ったはずだ。  そう思うが、もうそれは全部過去のことだ。  さっちゃんも俺も、みーくんに対して後悔している。  だが過去はもう変えられないのも充分理解している。  だから今をよりよいものにしていきたい。  出来ることがあるなら、したいんだ。 「早速行動開始だ。北海道チームで連携していこう」  広樹にみーくんの誕生日に合わせて東京に行く事を話すと、手放しで喜んでくれた。 「瑞樹、絶対喜びますよ。俺も飛んでいきたいが……店があるから」 「広樹とはまた改めて一緒に行こう。広樹とも旅行をしたいんだ」 「お……父さん、ありがとうございます」  広樹もまた父を10歳で亡くした小さな子供だ。  俺がいる意味、生きている意味を知る。 「これ、瑞樹が好きな大沼をイメージしたスワッグです。ぜひ届けて下さい」 「崩れないように大事に持っていくよ」 「しあわせだから4個作りました」 「いいな」    飛行機の中で、さっちゃんと昔話をした。  俺が知っている10歳までのみーくんと、さっちゃんが知っている10歳からのみーくんの思い出をそっと交換した。  ずっとずっとみーくんの親でいたいから。  羽田空港に着くと、さっちゃんが足を止めた。    そこはデパートのセレクトショップだった。 「どうした?」 「あ、あのね、このネクタイ、いいなって」  ストライプ×ブルーのネクタイは、ストライプの真っ直ぐな線が実直な印象で好感が持てた。更に爽やかなブルーと白のコンビネーションは透明感があって誠実な印象で、清楚なみーくんにぴったりだ。   「清純な印象のみーくんに似合いそうだ」 「でしょう、これ買ってあげてもいい?」 「もちろんだ。俺が出すよ」 「ううん、貯金があるの、私のお金で……」  小さく折りたたまれた千円札と小銭で、さっちゃんはネクタイを購入した。  俺はそんなさっちゃんが愛おしく可愛くて、もっともっと幸せにしてあげたいと誓った。  幸せも笑顔もどんどん連鎖していく。  だから俺たちも幸せになろう。  そうしたらさっちゃんの三人の息子たちも皆、幸せになるだろう!  滝沢家に到着すると、宗吾くんの兄、憲吾さんが応対してくれた。 「驚きました!」 「いやぁ……直接お祝いしたくて来てしまったよ」 「最高のサプライズになりますよ。そうだ! もしよかったら私の案にのっていただけませんか」  中継してから目の前に登場するなんて、聞くだけでワクワクする提案だった。  案の定、大沼にいるふりをして中継していると、画面の向こうのみーくんが会いたそうに画面に手を伸ばそうとした。  今だ―― 「みーくん、誕生日プレゼントは何がいいかな?」 「瑞樹、遠慮しないで何でも言って」  みーくん、言ってくれ。俺たちに会いたいと……  会いたい時は会いたいと言って欲しい。  暫く待っていると、振り絞るようなか細い声が聞こえた。 「僕の願いは……会いたいです。今すぐ触れたい……」  その言葉を受け、俺たちも感無量だ。  すぐにさっちゃんと滝沢家の2階から居間に向かった。 「え……どうして?」 「会いたいから来たんだと」 「僕に会いたいと?」 「息子に会いたいと願いのは悪いことじゃないよな」 「はい、はい……う……嬉しいです」  サプライズに驚いたみーくんは腰を抜かしそうになった。  俺とさっちゃんで、みーくんの身体を抱きしめた。  ありったけの愛を込めて―― 「嬉しい、嬉しいです」  あどけなかった少年が、薔薇色に頬を上気させて腕の中で微笑んでいる。  大樹さん、見えますか。  あなたが愛した子が、無事に30歳になりましたよ。  今、こんなに幸せそうに微笑んでいます。  30歳とは思えない可憐な青年です。  みーくんはまるで花の妖精のようで、白薔薇の溢れんばかりの香りに、俺は包まれています。

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