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白薔薇の祝福 27
「あ、お兄ちゃんとパパだ-」
一際嬉しそうな芽生の声が、居間に響く。
縁側の窓硝子越しに芽生が手を振ると、いち早く気付いた瑞樹がすずらんのような笑顔を振りまいてくれた。
そうなると、もうもう待ちきれない様子で、芽生は玄関にすっ飛んでいったわ。
待ちきれない程の愛を持って。
「お兄ちゃん、パパ、おかえりなさい!」
「おぅ、芽生、ただいま」
まずは宗吾とハイタッチ。
「芽生くん、ただいま。会いたかったよ」
瑞樹とはいつものようにハグね。
芽生もそれがしてもらいたくて、手を広げて飛んでいく。
子供は天使。
そして瑞樹も相変わらず天使よ。
「お兄ちゃんにお話したいこと、いっぱいあるんだ。今日は一緒にお風呂入ろう」
「うんうん、早く聞きたいよ」
「よし、瑞樹、先に風呂に入れ」
「いいのですか」
「当たり前だ。で、風呂上がりは、これな」
あらやだ! 宗吾のあの目。
またキラーンと光らせて、もうっ。
あの子は小さい頃から悪戯ばかり。
今度は何?
胸ポケットから見慣れぬチューブを取り出して、締まりのない顔をしているわ。
でも、見ないふり、見ないふり。
あなたたちが熱々なのは滝沢家では公認よ。
日中、仕事では、他人のふりをしたのでしょう。
だから愛が溢れる寸前ね。
「宗吾も瑞樹も今日一日頑張ったわね。初日っていろんなアクシデントがあったりするから疲れたでしょう。今日はもう子供みたいに何も考えずにご飯を沢山食べて、寝るといいわ。」
「母さん、サンキュ! あぁ、疲れたー」
宗吾が、スーツのまま畳に大の字になった。
まぁ、あなたの大きな図体でそんなことしたら、座る場所がなくなるわ。
でも、宗吾がこんな砕けた姿を見せてくれるのは、親としては嬉しいものよ。
こう言ってはなんだけど、玲子さんと一緒の時とは別人だわ。あの頃の宗吾はなんでも斜に構えて冷めた目つきのクールな大人だった。
「腹減ったー エンジンが切れた」
ふふ、相変わらずね。
宗吾が宗吾らしくて嬉しいわ。
一方瑞樹は、はにかむようないつもの笑顔を振りまいて……
「あの、お母さん、お夕飯は何ですか。いい匂いがしますね」
「今日はメンチカツよ」
「わぁ、揚げ物ですか。嬉しいです」
「さぁ、早くお風呂に入ってらっしゃい、芽生がお待ちかねよ」
「はい、あの憲吾さんは」
「今は上にいるわ」
「じゃあ、あとで挨拶しますね」
「瑞樹……」
思わず呼びかけてしまった。
「瑞樹、あなたもうちの子なのよ。もっと寛いでね」
「あ、はい!」
瑞樹の笑顔が好き。
あなたの笑顔を、みんなが見たいのよ。
だから笑って……沢山笑ってね。
私もここまで色んなことがあった。
主人を亡くし一人になったけれども、私は生きていることが好きよ。
もう70代、ここまで長い人生だった。
二人の息子を育てあげ結婚させて安堵したのも束の間、死産や離婚、そして最後は主人の死と直面し、人生は山あり谷ありだと実感したわ。
でもね、全てを潜り抜け……通り抜けて、今思うのは……
生きていて良かった。
あなたたちと巡り逢えて良かったわ。
私、幸せな老後を送らせてもらっているわ。
感謝――
小さな幸せに感謝して過ごしていくわね。
私の人生を最期まで愛していくわ。
****
お風呂場で、芽生くんのおしゃべりは止らない。
それが可愛いくて、僕の心は始終ほっこりだ。
「お兄ちゃん、あのね、あのね、野球場ってね、大きな気球なんだよ」
「気球?」
「うん、屋根が風船みたいにふくらんでいたの」
「なるほど、それはすごいね」
「あれはね、みんなのワクワクで膨らんでいるんだ」
「芽生くんもワクワクしたんだね」
「したよー!」
子供特有の空想と現実の入り混ざった説明も、愛おしいよ。
「野球のルール、ちゃんと覚えたよ。おじさんがいっぱい教えてくれたの」
「憲吾さんの説明は分かりやすかっただろうね」
「そうなの! あのね、学校の先生より分かりやすかったよ」
「そうなんだ。流石だね」
芽生くんってば、スポンジの泡に埋もれそう。
話したいことが渋滞しているみたいだ。
「あのね、ジュースを飲んだの。大きな箱にジュースが並んでいてね、目の前で買えるの」
「おいしかった?」
「うん! おじさんもチューチューとストローを吸っていたよ」
「そうなんだね。想像してみよう」
「えへへ、おじさんとね、なかよしになったよ。今までより、もっともっと」
良かった! 伯父と甥っ子という関係は、僕と知り合う前までは希薄だったと聞いている。僕と宗吾さんが仕事になってしまったのがきっかけだったが、よい時間を持てたようで安堵した。
「お兄ちゃん、今度はいっしょにいこうね。かぞくで」
「うん。宗吾さんにお願いしよう」
「たのしみ、その時はボクがルールを教えてあげるからね」
「頼もしいよ。よろしくね」
話したいことを話しきった後は、甘えん坊モードになった。
「お兄ちゃん、おせなかあらって」
「うん、いいよ。おいで」
「くすぐったい」
「ふふ、もうちょっと優しくしようか」
「もっとゴシゴシがいい」
「このくらい?」
「うんうん」
芽生くんと和気藹々お風呂に入っていたら、全裸の宗吾さんが飛び込んできた。
「わ! びっくりしました」
「実家の風呂は広い。俺も入る」
「パパ、パパー お背中あらってあげるよ」
「おう! 息子に洗ってもらえるのか、幸せだな」
僕たちは洗い場で白い泡だらけになって笑った。
芽生くんが笑うと、僕も宗吾さんも笑顔になる。
ただそれだけなのに、泣きたいほどの幸せを感じた。
「いいですね。仕事が終わっても一人じゃないって」
「あぁ、こうやって家族で団欒できるって幸せだな」
「パパとお兄ちゃんがそろっているのがしあわせ!」
僕らの幸せはいつも足並みを揃えて、また明日に向けて歩き出す。
沢山の人に支えられて、僕は生きている。
それを忘れないでいたい。
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