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白薔薇の祝福 29

「母さん、今日も芽生をよろしく頼みます」 「大丈夫よ。芽生は積極的にお手伝いをしてくれるし、芽生がいると家が賑やかで楽しいわ。二人ともお仕事しっかりね」 「母さん、サンキュ! やっぱり実家に泊まって正解だったよ。一日屋外の仕事は結構バテるな。ヘトヘトで帰って来ても、家事をしなくて済むのは助かるよ~ 実家にいた頃を思いだしたよ」  確かに昨日の宗吾さんは、畳に大の字になったりして、かなり寛いでいた。  でもそんな宗吾さんを垣間見ることが出来て嬉しかった。  僕と出会う前の、若い頃の宗吾さんに思いを馳せてしまったよ。 「お母さん、僕も助かりました。ありがとうございます」 「まだまだ私は大丈夫。病気も良くなったし、甘えていいのよ。二人はいつも頑張っているんだし」 「本当に助かってるよ。お母さんがいてくれてよかった」 「まぁ、この子ってば、そんな台詞を言えるようになったのね」  宗吾さんが照れくさそうに、髪をかきむしる。 「じゃ、じゃあ、行ってくるよ」 「瑞樹、宗吾、いってらっしゃい」  少しだけ、僕は物足りなく感じていた。  今日は芽生くんはまだぐっすり眠っていたから、お見送りは無理だったね。  出かける前に目を開けている所、見たかったな。  くりくりの黒い瞳が輝く瞬間を見るのが、大好きだ。  昨日は僕もすぐに眠ってしまい、正直に言うとね、少し……芽生くん不足だ。  ちらっと……廊下の先、つまり僕たちが寝室にさせてもらっている部屋の方を見るが、昨日のような足音はしなかった。 「瑞樹、どうした?」 「あ、いえ……」 「行くぞ?」 「はい」  諦めて歩き出した所で、可愛い声が聞こえた。 「お兄ちゃん、まって、まって」 「芽生くん! 起きてくれたの」 「うん! お兄ちゃん、今日も頑張ってね」 「うん! 頑張るよ」 「フレー フレー お兄ちゃーん」  芽生くんが両手を頬にあてて、エールを送ってくれる。 「芽生くん、ありがとう」  僕は本当に本当に、芽生くんが大好きだ。  一気に気分が上がる。  今日も良い1日にしよう!  今日はワークショップで大勢の人と接する。  心を込めて向き合うよ。  今日はそれに白江さんのお孫さんとも会えるんだ。  一体どんな人なんだろう?  あれ? そう言えば、お孫さんの性別を聞いたかな? …… ようやく巡り逢った孫なので可愛くて仕方がないの。あなたにも紹介するわね。 ……    それしか聞いてなかった。 「瑞樹、何を百面相している?」 「あの、白江さんのお孫さんって女性ですか、男性でしょうか」 「そういえば、聞いてなかったな。俺は若かりし頃の白江さんによく似た美女がやってくると踏んでいる」 「……美女……」 「え? いや、違うって! 誤解だ! 俺は美女よりも『瑞樹党』だぞ」 「くすっ」  少し慌てる宗吾さんが可愛く思えた。 「僕は男性かなと思います。白江さんの目の輝きから、きっとモデルさんみたいにカッコいいお孫さんなんじゃないかなって思います」 「それもあるか、いずれにせよ、楽しみだな」 「はい! 丁寧に向きあいます」 「あぁ、瑞樹らしくな」   『白金薔薇フェスティバル』の会場に到着して、ゲートが様変わりしていたので驚いた。  一夜にしてガラッと看板が変わっていた。 『人気フラワーアーティストによる、白金ご当地の薔薇のワークショップ開催』と大きく掲げられていた。  人気? それはないと思うけど気が引き締まるな。  宗吾さんと別れて僕が担当するエリア、ワークショップ会場に向かうと大きな声で呼ばれた。 「おーい、みーくん! おはよう!」 「お父さん!」 「どうだ? ワークショップの会場らしくなったか」 「す、すごいです」  一体いつの間に?  見渡せば、手作りの木のテーブルと椅子が2セット並んでいた。  ちょうど1回のワークショップの定員が8名なので、ぴったりだ。  それにしても……どこかで見た光景だ。 「この家の庭師と執事さんは樹木に詳しくて驚いたよ。彼らと協力して作ったのさ」 「くまさん……あの、あの……この椅子とテーブルって……」 「おぉ、もしかして、思いだしてくれたか」  僕が10歳まで過ごした大沼の家の裏庭には、広大は原っぱがあった。    それは僕がまだとても小さな頃の話だ。 ……  あれは夏樹が生まれた年の秋だった。  部屋でお絵かきをしていると、お母さんが僕を呼びに来てくれた。  夏樹は抱っこひもの中で眠っていた。 「みーくん、いい物が完成したのよ」 「え、なぁに?」 「家族が増えたから、くまさんがお祝いに作ってくれたのよ」  お母さんと手を繋いでお庭に出ると、木で出来たテーブルセットが庭の芝生に置いてあった。 「わぁ、すごい。おかあさんのせき、おとうさんのせき、ぼくのせき、えっと……」 「夏樹の席よ」 「くまさんは? くまさんのせきもないと……いやっ」 「まぁ、瑞樹ってば優しい子。そうよね。熊田さんの席も欲しいわよね」 「うん、だってだって、くまさんはぼくのかぞくでしょ?」  そのやりとりを聞いていたくまさんが、腕で目を擦った。 …… 「くまさん、お父さんは……あの頃からすでに僕の家族でした」 「みーくんのひとことが嬉しくてなぁ」  くまさんが穏やかな瞳で、空を仰いだ。 「おーい、雲の上の大樹さん、澄子さん、みーくんがまたひとつ思い出してくれましたよ」 「本心だったんです。でもお父さんは、どうしてこんなに家具作りが上手なんですか」 「実は、俺は大樹さんと出逢うまで大工をしていたのさ」 「え? そうだったんですか」  それは初耳だ。 「俺のじいさんが大工だったんだ。だから、じいさんと一緒に山小屋を作った経験を活かして、何件かログハウス作りをしたものさ。俺が手がけた家は、まだ残っているかな」 「え? もしかして横浜にもありますか」 「ん? どうして知って?」 「あ、あの……ちょっと待って下さい」  慌ててスマホの写真フォルダを開いた。  想くんと駿くんと一緒に、ログハウスの前で撮った写真があったはずだ。 「あの、あのっ」 「どうした? 落ち着けって」 「こ、これです。ここです。このログハウスって……もしかして」 「お? なぜこれを? 新緑区の家か。これは俺が仕事で建てた最後の家だ。正確には手が足りなくて大樹さんにも助っ人で入ってもらって建てた家だ」 「お、お父さんも携わったのですか」  こうやって……こうやって……縁が繋がっていくのか。  宗吾さんに休憩時間になったら、すぐに報告したい。  『横浜市新緑区しろつめ草』という住所には、とんでもない縁があった。  あぁ……お父さんとくまさんが建てたログハウスの傍に、家を建てたい。  宗吾さんと芽生くんと僕。  家族の家を――      

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