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白薔薇の祝福 30
「ようこそ、冬郷家へ」
みーくんが働く様子を見たくてやってきた東京で、まさか、こんな夢のような待遇を受けるとは。
おとぎ話にでも出てきそうな洋館に、客人として招かれた。
シルバーグレイの紳士の優雅なおもてなしに、俺とさっちゃんは雲の上にいるような心地だった。
「我が家は英国スタイルなので、本当は本格的なアフタヌーンティーをご馳走したかったのですが、時間的に夕食を兼ねたハイティーにしましょう。1日身体を動かしてお疲れでしょう?」
銀製のナイフやフォークに、英国製の高そうな食器類。
壁には肖像画が何枚もかかっている。
描かれた人は、皆、優しい眼差しだ。
日本にこんな浮世離れした洋館がリアルに存在するなんて、驚いたな。
更に料理をサーブしてくれる執事は、年齢不詳の艶めいた美貌の持ち主だった。
ここはおとぎの国なのかと、さっちゃんと何度も目を擦ってしまった。
「お二人は、この部屋を使って下さい」
「何から何まで、ありがとうございます」
「こちらこそ……宗吾さんと瑞樹くん、そして、お二人の子供の芽生くんと縁あって知りあえて最近とても幸せなので、恩返しをしたいのですよ」
そうか、この待遇はみーくんたちが作ってくれたものならば、ありがたく受け取ろう。
さっちゃんが風呂に入っている間、ご当主の雪也さんと窓辺で歓談した。
「瑞樹くんたちを見ていると、昔の僕を思い出します。実は……僕の亡き兄のパートナーも頼りがりのある男性でした。兄の窮地を救って下さり、僕を実子のように生涯大切に可愛がって下さいました」
「……そうだったのですね。大切な人との思い出は貴重ですね」
「熊田さんにもそういう人がいるのですね」
「短い生涯でした。そして俺は……恥ずかしながら大切な人との記憶を17年間も封印してしまいました。でもみーくんと再会して、すべて蘇ってきました」
全部正直に話した。
包み隠さずに……
「よかったですね。瑞樹くんを見ていると、愛さずにはいられなくなります。無性に大切にしたく、彼の笑顔をいつまでも見ていたくなりますよね」
「そうなんですよ。みーくんの可愛さ、分かってもらえますか」
そこからは親馬鹿トーク炸裂で、風呂上がりのさっちゃんに笑われた。
雪也さんは始終笑顔で、うんうんと優しく頷いてくれた。
「人を愛せる人には、悪い人はいませんね」
「確かに、雪也さんもですね。みーくんを知っているからと言って、突然やってきた見ず知らずの俺たちを泊めて下さってありがとうございます」
「失礼ながら、あなたたちは『心に愛を持っている』と、お見受けしましたので」
『心に愛を持っている』
その言葉はかつて、大樹さんが俺を褒める時にいつも使ってくれた台詞だ。
まさか、ここでもう一度言ってもらえるなんて思いもしなかった。
大樹さんが亡くなってから、誰も俺に話しかけてくれなかった。いや、俺が全てをシャットダウンして閉ざしていたからだ。
「熊田さんは人として温かい思いやりの気持ちがあり、人の気持ちや痛みを労れ、大きく穏やかで心の優れた人ですよ。だから安心して下さい。僕は耳年増だから……じゃなくて年の功からかな? 伝わってきますよ」
何故か壁際の執事さんが肩を揺らしていた。
「あ、ありがとうございます。自分に自信が持てます。俺なんかが本当にみーくんの親を名乗り出て良かったのか、時々不安になっていたので」
雪也さんが肩に手を置いてくれた。
かつての大樹さんのように、ずっしりと力を込めて。
「大丈夫ですよ。雲の上の方たちもそれを望んでいます。この世に瑞樹くんの家族がいて良かった。聞けばあなたは瑞樹くんを赤ちゃんの時から知っておられるようですね」
「はい、お腹にいるときから毎日のように話しかけてしました。大樹さんと澄子さんの子供なのに、何故か俺の子でもあるように感じて欠かさなかったです」
「大切な思い出、忘れていた言葉、どうか探してみて下さい。全てを解き放つマジックワードがありますよ、きっと。ここは忘れ物が見つかる魔法の屋敷です」
そんな話をしていたら、無性に身体を動かしたくなった。
何か、この家に、この方に、お礼をしたい。
俺は元々は大工をしていたので家具作りが得意だ。
そうだ、あの日のように、椅子とテーブルを作るのはどうか。
日中見かけた小屋に、いい木材があった。
「あの……庭に出ても? 実は庭にあった木材で家具を作りたいのですが」
唐突な申し出に、雪也さんは驚くよりもワクワク顔になった。
「もちろん、自由にこの屋敷にあるものはお使い下さい。桂人さん、庭の照明をつけてもらえるかな」
「御意! おれが案内しますよ、さぁ来て下さい」
執事さんに案内された作業小屋には、やはり良い木材が沢山積まれていた。
家具を作るのに充分だ。
あとは道具さえあれば……
「家具作りをするなら手伝いますよ」
「あなたは?」
「庭師のテツです。俺も家具作りが好きなんだ」
「工具はあるのか」
「この小屋を建てたのはテツさんだよ。ちなみにおれたちのベッドもね。ここには、何でも揃っている」
そこからは意気投合して、家具作りに夢中になった。
誰かと協力して何かを作るのは、素晴らしいことだ。
人が人と助け合い分かち合うことは、いつの世も大事だ。
大樹さんと俺がそうであったように。
あの日も一人で澄子さんのリクエストのガーデンテーブルとチェアを作っていると、大樹さんが腕まくりをしてやってきた。
……
「熊田! 手伝うよ」
「でも、大樹さんには仕事があるのに」
「俺も興味があるんだよ。それに熊田と一緒に作り上げたいんだ。家族の思い出の品を」
「大樹さん……」
大工だった祖父が亡くなり、天涯孤独になった俺を大沼に呼び寄せて、家族の一員のように接してくれる大樹さんは、掛け替えのない人だった。
「なぁ、椅子、4脚でいいのか。熊田の分は?」
「俺はいいですよ」
「お前なぁ……まぁ、でもきっとあとで大急ぎで作ることになるだろうな」
意味深なことを言われて、首を傾げた。
だが完成後に見にやってきたみーくんの一言に俺は泣き、速攻で自分の椅子を作った。
「くまさんは? くまさんの席もないと、いやっ」
「まぁ、瑞樹ってば……優しい子。そうよね。熊田さんの席も欲しいわよね」
「うん、だってだって、くまさんは僕のかぞくでしょ?」
それから5年間、季節がいい時は、よく庭で食事をした。
どんどん大きくなるなっくん。
可愛く成長するみーくん。
5つ目の椅子は、ずっと俺の場所だった。
……
奇跡は翌日起きた。
朝早くやってきたみーくんに出来上がったテーブルセットを見せるとみーくんもあの日のことを思いだしたようだ。
「あの時も、熊田さんは僕の家族でしたね」
「みーくん、君は……5歳の記憶を思いだしてくれたのか」
「はい、あの日、熊田さんが腕で涙を拭いたことも覚えています」
「そ、そうか」
ガーデンテーブル作りから大工仕事にはまった大樹さんとは、ログハウス作りにも挑戦した。
二人で作った大沼のログハウス。
あれは傑作だった。
それを写真家だった大樹さんが写真にとってログハウス愛好家のマガジンに投稿すると瞬く間に広まって、全国から建設オファーが来た。
みーくんが6歳~9歳までの間に、何軒かのログハウスを実際に建てたんだ。俺はその頃は、職という職についてなかったので稼げるようになって助かった。
みーくんが9歳の時だったな。
横浜の新緑区の建設現場には、大樹さんもやってきて手伝ってくれたのさ。
そんなことを思いだしていると、みーくんが見せてくれた写真に驚愕した。
「何故、ここを?」
「ここは、僕の友人のご実家です。実は僕たち……このログハウスがとても気に入って、ここが見える場所に家を建てたいと夢を見ていました」
「なんだって?」
「あの、まだ……夢の段階ですが」
「いや、夢で終わらせるな。今なら俺も手伝える。俺にみーくんの家をもう一度建てさせてくれ。みーくんの家族の家を!」
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