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白薔薇の祝福 31

 信じられない奇跡が起きた。  いやこれは奇跡ではなく、ここで僕たちの夢が重なるために、僕はくまさんと出逢ったのかもしれない。  とても不思議な心地だ。 「みーくん、俺たちは生きている者同士だ。だから夢を夢のままで終わらせるな。今なら俺も手伝える。俺にみーくんの家をもう一度建てさせてくれ。みーくんの家族の家を!」  僕の家?  僕の家族の家をもう一度建てる?  そんなこと、本当に可能なのか。  この僕にそんな力があるのか。  でも、くまさんがいてくれるのなら実現可能かもしれない。  僕はもう一人じゃない。  あぁ、この話、早く宗吾さんにも話したい。 「瑞樹、俺もいるぜ。俺も手伝うよ」 「えっ!」  気付くと、宗吾さんが後ろに控えていてくれた。  宗吾さんはいつもすごい。  僕が一番一緒にいて欲しい時にいてくれる。  あの日以来、僕が来て欲しい時にやって来てくれる。 「今日も以心伝心だったな。なんだかビッグニュースが届く予感がしてさ」 「じゃあ、今の話を聞いて?」 「あぁ、全部聞いていたよ。だから話は早いぞ」  宗吾さんが僕の両肩を掴んで、明るい瞳で見つる。 「瑞樹! 君が夢見ていることがあるのなら、すぐに取りかかろう。夢を叶えるためには、出来ることから始めてみようぜ」 「でも、本当に上手くいくでしょうか」  この後に及んで、つい臆病になってしまうのは、いつもの癖だ。 「世の中に100%確実なものはないさ! だが少しでも可能性があれば実現するかもしれないだろ? これはビッグチャンスだよ。君がくまさんと出逢ったこと自体が、瑞樹が家を建てる第一歩だったのさ」  あ……同じことを考えていた。僕も―― 「はい。向こう見ずかもしれませんが、僕も挑戦してもいいですか」 「やったな! 俺と瑞樹で協力して家を建てるなんて最高だ。よし! まずは土地を押さえないとな」 「は、はい」  急に漠然と二人で思い描いていたマイホームへの夢が現実となった。 「おっと、まずは仕事だ。今日1日頑張ろうぜ!」  宗吾さんとハイタッチ。  同士みたいで嬉しくなるよ。 「このエリアには、くまさんとお母さんがいるから安心だな。俺は今日はイベント案内係だからもう行くよ」 「はい! 僕も最初のワークショップが30分後なので準備に入ります。宗吾さんも頑張って下さい」 「あぁ!」  対等に応援しあえる。  エールを送りあえるって、かっこいい! ****  イベント2日目。  昨日に負けない盛況ぶりに、ほっとする。  五月の薔薇は日本人ならきっと好きだろう。  華やかで優雅な薔薇が咲き乱れる景色に、人は心を動かされる。  白金地区の瀟洒な洋館と薔薇は永遠のおとぎ話の世界だしな。  このイベントは日を追うごとに、きっと話題になるだろう。  会場案内をしていると、キャーと黄色い歓声が聞こえた。 「なんだ、なんだ? どうした?」  受付方向に黒い人集りが出来ている。  ところが俺の立ち位置からは見えないので首を伸ばそうとすると、いきなりズボンを引っぱられた。 「んん?」  見ればいっくん位の小さな坊やが立っていた。 「あのね、ちっこ……」 「え?」 「ちっこでちゃうよぅ」 「わ、ちょっと待て、ママは?」 「ここ」  なんだ、ちゃんと手をつないるじゃないか。  ただ、さっきの人集りに気を取られていて、息子の声を拾えなかったようだ。  焦ったぜ! 迷子かと思った。 「ちょっとお母さん、坊やが呼んでいますよ」 「あ、すみません」 「トイレに行きたいみたいです」 「大変、早く行かなくちゃ」 「あちらですよ」 「ありがとうございます。我慢できる?」 「う……ん」  親子が歩き出したので、ほっとしながら見送った。  ところが2歩いた所で男の子がジョバッっと、おもらしをしてしまった。 「あ、あぁん、でちゃったよぅ、つめたいよぅ」  ズボンは水浸し、足下のアスファルトにもおしっこのシミが。 「きゃー、どうしよう」  お母さんはパニックだ。 「大丈夫ですよ。想定内ですので、こちらでお着替えを」 「本当にごめんなさい」  俺に子育て経験がなかったら、ひきつっていたかもしれないが、俺は散々おしっこ攻撃を浴びてきたから大丈夫だ。そういや、夏のキャンプではいっくんが俺の腹に尻餅ついて、おしっこしちゃったんだよな。  救護室で女性スタッフにバトンタッチをして、俺は持ち場に戻った。  さっきの人集りはもう消え、静寂が戻っていた。  っていうか、このエリアがら空きじゃねーか。  「みんなどこに行った?」  受付スタッフに聞くと、茫然自失状態だった。 「おい! しっかりしろ」 「あぁ滝沢さん、いやー 世の中には浮世離れした人間が本当に存在するんですね」 「はぁ?」 「絶世の美女……じゃなくて、美男子がやってきたんですよ、しかも連れも大人っぽい色男で最高に絵になりました」 「へぇ?」  どっかで聞いたような見たような。 **** 「瑞樹くん、おはよう」 「白江さん、おはようございます。お孫さんとご一緒では?」 「待ちきれなくて先に来ちゃったわ」 「そうなんですね。お会い出来るの楽しみです」  ワークショップの準備をしていると、白いパラソルをさした白江さんがやってきた。  この上品なご婦人のお孫さんって、一体どんな人なのだろう?  僕にしては珍しく、気になってしかたがない。 「あ、そういえば、お孫さんって女性ですか男性ですか」 「それはね……あ! 噂をすれば、来たわ、こっちよ」  返事の前にお孫さんが登場したらしい。  何の気なしに振り返ると、とても不思議な光景を目の当たりにした。  こちらに向かって歩いてくる背が高い男性は丈さん、相変わらずすごい美貌の主は洋くんだ。  なんで、ここに?  このタイミングで現れるのだろう?  え? ええっと……まさか? 「洋ちゃん、おばあちゃまこっちよ」 「おばあさま!」  洋くんの少し甘えた声。  今、確かにおばあさまと言ったよね。  そこで洋くんも僕を視界に捉える。  二人とも目が点になる。 「えぇ! 瑞樹くんがどうして?」 「洋くんこそ」 「あ……俺は祖母に誘われて、白薔薇のワークショップに。って、もしかしてワークショップの先生って瑞樹くんなのか」 「驚いた。本当に驚いたよ。白江さんのお孫さんが洋くんだったなんて」  洋くんが丈さんと顔を見合わせて、フッと笑った。 「おばあさまは俺にとって大事な家族なんだ。ただ……最近まで存在すら知らなくて……ようやく再会できたのさ」 「分かるよ。僕にもそういう人がいるんだ」 「あの人か」 洋くんが指さす方向では、くまさんが心配そうに僕たちの様子を見ていた。 「うん、僕のお父さんになってくれた人」 「そうか、瑞樹くんにもそんな人が……お互い幸せだな」  洋くんに、くまさんに洋くんを紹介した。 「僕の心友の洋くんです」 「みーくんの心の友か、はじめまして、み、瑞樹の父の葉山勇大です」  わぁ……くまさんが僕を紹介している。  父として―― 「俺は張矢 洋です。隣はパートーナーの丈です。瑞樹くんのお父さんに会えて嬉しいです」  丈さんは寡黙だが、安心感がある人だ。    くまさんが洋くんをじっと見って、呟いた。 「あぁ、そうか……じゃあ君だったのかな?」 「え?」 「君はみーくんが一番辛い時にいてくれた人なんじゃないか」 「あ……」  それはあの日だ。  拉致監禁事件でズタズタになった心をあえて荒治療で、一気に整えてくれた人が洋くんだった。洋くんがいなかったら、僕があんなに早く立ち直れなかったと思う。  くまさんは詳細は知らなくとも、この手の傷から察することがあるのだろう。 「そうです、くまさん、僕は洋くんのお陰で救われました」 「そうか、やはりそうだったのか、君と息子には通じるものがある。息子と仲良くしてくれてありがとう」 「こちらこそです。瑞樹くんといるとほっとします」  くまさんが僕を息子だと、何度も言ってくれた。  それは……くすぐったくも、ほわんと嬉しくなる魔法の言葉だった。  幸せは今日もそこかしこに転がっている。  見つけられるかは、その人次第。    **** 本日『幸せな存在』4周年でした。(2023/07/06) いつも更新を追って下さり、ありがとうございます。 これからもコツコツ物語を紡いでいきます。 リアクションはいつも糧になっています。感謝しています!      

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