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白薔薇の祝福 32
「では、今から白薔薇のワークショップを始めます。講師を勤めさせていただきます加々美花壇所属フラワーアーティストの葉山瑞樹です。よろしくお願いします」
一回目のワークショップは満員御礼だ。
ぐるりと見渡すと、くまさんが作ってくれたテーブルには老若男女が笑顔で座っていた。そして、その中には洋くんと丈さんの姿も見えた。
こんな風に講師をすることは滅多にないので緊張する。
一度ぺこりとお辞儀をすると、洋くんが真っ先に拍手をしてくれた。
ありがとう、洋くん。
少しくすぐったい気分だ。
君に僕の働く姿を見てもらうのは初めてだからね。
よし、せっかくの機会だ。
僕が伝えたかったことを、しっかり伝えられるように精一杯頑張ろう!
「まずお手元に白薔薇をお配りします。この薔薇には本来は棘があります。でも怪我をしてはいけないので、僕たちの方で全て処理をしています。今日は触っても安全ですが、これだけは覚えておいて下さい。薔薇は棘の上に咲いていることを忘れないで欲しいのです」
何が言いたいのかと言うと、人生は平坦な道ばかりではない。時に茨の道を通らないと、前に進めない時がある。その時はもがき苦しむが……悲しみや苦しみ……困難を潜り抜けた先には、必ず美しい世界が待っている。
この……棘の上に咲く薔薇のように。
『人生薔薇色』という言葉は、茨の道を抜けた人が見た光景のことなのかもしれない。
話していると、洋くんと目が合った。
洋くんは美しいアーモンドアイを少し潤ませて、僕を真っ直ぐに見つめてくれた。
洋くん、君と僕は茨の道を歩んだ者同士だ。
だからこそ、深く分かり合える部分がある。
「皆さんにお配りするのは、ここ白金で育った白薔薇『柊雪』です。雪のように白くマットは花びらが特徴です。せっかくなので花言葉もお伝えしますね。白薔薇の花言葉は『純潔』です。その他にも心からの尊敬や無邪気、相思相愛、約束などの花言葉を持っています。花言葉に触れると花との距離が縮まるので、ぜひ調べて欲しいです」
斉藤くんと一緒に、薔薇を3本ずつ配った。合わせて冬郷家のアイビーも一緒に。
「薔薇には贈る本数によって意味が違うのです。3本は『愛しています』です」
皆、頬を染めて一段と柔らかい表情になった。
「では……あなたの愛している人に贈るブーケを自由に作ってみて下さい」
愛する人に向けた薔薇のブーケ作りに、小手先のテクニックは不要だ。
必要なのは『真心』だ。
不器用とか器用とかそんなことよりも、ありったけの心を込めて欲しい。
僕はそう願っている。
皆、薔薇を手に取りハサミで長さを切りそろえ、思い思いにブーケを作っていく。
洋くんは大丈夫かな?
丈さんが心配そうに洋くんを見つめていた。
二人の会話に、耳をそっと傾けてみる。
「丈、俺、おばあさまに贈るのを作ってもいいか」
「もちろんだ」
「よし、頑張るよ。どれ? ええっと少し長いよな」
洋くんがはさみを握ると、連動するように丈さんに緊張が走る。
「洋、左手をどけないと! 自分の指を切り落とすぞ」
「丈、物騒なことを言うなよ」
「だが……」
「俺がそんなに不器用だと?」
チョキン。
「あれ?」
「洋、そこは花びらに近すぎる。そんなに短くしてどうする?」
「丈が話しかけるからだ」
「洋が考えなしに切るからだ」
わわわ、険悪な雰囲気だ。
助け舟を出した方がいいのかな?
焦っていると、白江さんに話しかけられた。
「大丈夫よ。丈さんが上手くやってくれるわ」
「そうなんですね」
「でも洋ちゃんってば、一体誰に似たのかしら? あんなに不器用だなんて」
なるほど……白江さん公認の不器用なのか。でもそれも含めて愛おしさが募るようで、白江さんは優しい祖母の目をしていた。
僕には祖父母はいないので白江さんと接していると、まるで僕の祖母のような錯覚に陥ってしまうよ。
「あのね、葉山さんのこと、これから瑞樹くんと呼んでもいいかしら?」
「もちろんです。嬉しいです」
「洋とあなたがまさか知り合いだったなんて驚いたわ。でもあなたを見ていると、孫の顔を何故か思い出したの。タイプは違うのに不思議。あなたたちは根っこが繋がっているみたいよ」
「あ……そうなんです。僕たちは心友なんです」
白江さんが、はっとした表情を浮かべた。
「もしかして、あなたの言う『しんゆう』とは心の友?」
「はい、そうです」
「素敵! 私にも心友がいたのよ」
「それは幼馴染みの柊一さんでしょうか」
「そうなの。性別は違えども柊一さんとは苦楽を共にした仲で……あぁそれにしても洋ちゃんに心友がいて良かった……あの子、私には話さない……話せない……とても苦しかったことがあったようなの。それを詳しく聞くのはあの子の自尊心を傷つけてしまいそうで……あの子も話したくないと思うとずっと聞けないでいるの……でも……あなたは受けとめてくれているのよね」
白江さんが何を言いたいのか、察しはついた。
僕の窮地に、皆が心配する中、単身で駆けつけてくれた洋くん。
それは君が僕と同等、いやもしかしたらもっと酷い目にあって……そこから這い上がって来た人だからだ。
くまさんが、さっき洋くんという心友の存在を手放しで喜んでくれた気持ちと同じなのかな?
白江さんの気持ちが、真っ直ぐに届いた。
「白江さん、洋くんはもう大丈夫です。僕が保証します」
「瑞樹くん、ありがとう、洋ちゃんとこれからも仲良くしてね。そしてあなたも何かあったら私を頼ってね。洋ちゃんの大切な心友ですもの。あら? 洋ちゃんを見て」
「あ……くすっ」
洋くんはどの花も短く切り落としてしまったようで、とても短いブーケが……出来ていなかった。
「わぁ! バラバラになる。難しいな」
「洋、どうして、そーなる?」
「分からない」
「あの……僕、少しヘルプに入ります」
「よろしく頼むわ」
洋くんの元に駆けつけると、洋くんが僕のエプロンを掴んで離さない。
「瑞樹くんどうしよう? これじゃおばあさまにプレゼント出来ない」
「大丈夫だよ。このテープで茎を束ねて」
「あぁ」
「そうそう。上手だよ」
「そうか。俺もやれば出来るんだな」
洋くんって、乗りやすいのかな?
「うん、いいね。ほら、いい感じになったよ」
「あ、もしかしてコサージュに?」
「そうブートニアだよ」
ブートニアとは新郎が衣裳の左胸につける花飾りのことだ。
「おばあさま喜んでくれるかな? ブーケじゃなくても」
こんな時の洋くんはいつもの雄々しさは影を潜め、とれも心許ない。
こんなアンバランスな所も、きっと丈さんが愛する部分なのだろう。
「大丈夫だよ。さぁ届けよう」
「あぁ」
予想通り、白江さんは破顔して喜んでくれた。
孫の手作りは彼女の心を温めた。
「あの……私からもあります」
「まぁ、丈さんからも?」
丈さんからは美しいブーケだった。さすが外科医、はさみの入れ方、バランス、センスが抜群で完璧だ。
「嬉しい……嬉しいわ。丈さんからもなんて……あぁ、幸せよ」
白江さんはようやく取り戻した平穏な時を噛みしめているように見えた。
和やかな時間を、白薔薇が生み出してくれることに雪也さんも満足そうだった。
僕も花を扱う人間として、花を介して場が和むのが、とても嬉しかった。
小さな幸せは、ここにも、あそこにも。
丁寧に生きていれば、ちゃんと見つけられる。
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