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白薔薇の祝福 33
白金薔薇フェスタは、その後は順調に過ぎていった。
驚いたのは洋くんと丈さんが来てくれた翌日、月影寺の翠さんと流さんも突然立ち寄ってくれたことだ。
……
「やぁ、瑞樹くん」
「流さん!」
「翠もいるよ」
「二人共いらして下さったのですか」
二人に会うのは久しぶりだ。
翠さんの袈裟姿は端麗で麗しいし、流さんの作務衣姿は逞しいが、今日はナチュラルな出で立ちだった。
二人とも和装ではなく、都会的な抜け感のあるお洒落な服装だった。
もしかして色違いのシャツなのかな。
翠さんはオフホワイトのリネンシャツ、流さんが紺色のシャツだった。
翠さんって、スタイルがいいんだな。
流さんのブラックジーンズもカッコいい!
「洋が、ここで君たちがイベントをしていると教えてくれたのさ」
「そうだったのですね。あ、ちょうど次回のワークショップに空きがあります。1名だけですが、よかったら体験されませんか」
翠さんと流さんは顔を見合わせて、お互いに譲りあった。
「翠、やってみたらどうだ?」
「流、やってみたら?」
仲睦まじい様子にほっこりする。
「一人は付き添いで、後ろで見守るのでいかがでしょうか」
「なら翠がチャレンジしてみろよ。俺は見守っているから」
「え……いいの? 僕……実はちょっとやってみたかったんだ。洋くんが凄く上手く出来たって喜んでいたしね。僕もすごくよく出来たって言ってもらいたい」
「お、おう!」
「流にプレゼントしたいよ。いつももらってばかりだから」
「お、おう!」
ふふ、二人共楽ししうだ。
翠さんは、いつもよりぐっと幼い雰囲気だ。
和やかに始まった午後のワークショップ。
翠さんは背筋をピンと伸ばして、椅子に座っていた。
「瑞樹くん、この椅子、座り心地がいいね。こんなテーブルセットが月影寺の庭にあったら良さそうだ。皆が集う場所になりそうで」
「実は、これは僕の父が作ってくれた物なんです」
「え? 瑞樹くんのお父さんって?」
「あの、以前ちらっとお話した熊田さんのことです」
以前キャンプで翠さんにはくまのお父さんと再会した旨を伝えていた。
だからすぐに理解してくれたようだ。
「あぁ、いいね。とても自然で、とても良いね」
「はい、そう思います」
僕はこの月影寺のご住職が使う言葉が、とても好きだ。
いつも難しい言葉ではなく、やさしい言葉を使ってくれる。
そして常に目の前にいる人に心を寄せてくれる。
だから……翠さんの言葉には、いつも真心が感じられる。
シンプルな言葉は、心の奥にストンと届く。
そして僕もそういう言葉を使いたくなる。
宗吾さんにも芽生くんにも、お父さんやお母さん、広樹兄さん、潤にも。
皆の心にリフレインするような言葉を届けたい。
「僕もいつかオーダーしたいな」
「ぜひ、あとで父に会って下さい。紹介したいです」
「ありがとう。よし! まずはこの白薔薇をブーケにしてみるよ」
「楽しんで下さい」
「うん」
翠さんが優美な微笑みを浮かべたが、背後で流さんが真っ青になっていた。
「翠、指……指を……それじゃ切るぞ」
「え? あぁ、そうだね、ふぅ危ない」
「頼むよ~ 見てられない」
「大丈夫だよ……チョキン」
「!!!!」
「ん?」
「翠ー それじゃブーケにならねー」
「え? 短すぎた?」
ブン・ブン・ブン。
流さんが獅子舞みたいに頭を上下に振っている。
流さんって、歌舞伎役者になれそうだな。
見えを張ったら、きっとキレキレだ。
「うーん、洋花はよく分からないね。ブーケってどうしたらいいのかな」
さてと、そろそろ僕の出番かと近づくと、流さんがそっと鞄から何かを取り出した。
「翠、これを使うといいい」
「え? こんなの持ってきたの?」
「翠のためなら、やんやこらだ」
「ふふ、流はいつも優しいね」
なんと! それは小さな剣山と花器だった。
剣山(けんざん)とは生け花に使う華道具のことで、生け花用のフラワーベースの役割をするものだ。なるほど、お寺の和尚さまにはこちらの方が日常茶飯事ということか。
ところが、翠さんがスッとその場に立った。
「続きは流が生けておくれ。僕……やっぱり流と一緒に体験したいんだ」
「そうだな。よし、任せておけ」
流さんが大胆に白薔薇とアイビーを花器に生けた。
すると洋花が和花になる。
繊細なようで大胆。
大胆なようで繊細。
まさに二人の合作だった。
力を合わせれば、新しい世界が開けるとはこのことなのか。
……
最寄り駅から、宗吾さんの実家までの道のり。
商店街を抜ければ、すれ違う人もまばらになる。
いつもこの辺りから、宗吾さんとゆったりと語り合う。
「瑞樹、さっき電車の中で何を考えていた? 幸せそうだったな」
「あ、翠さんたちがいらして下さった時のことを」
「あぁ、俺も終わり間近に顔を出したら、二人の場所だけ生け花会場かと思ったよ」
「くすっ、流さんの大胆さ、いいですね」
「そうだな、流は奇想天外のようで、とてもマメだ」
「ですよね。全ては翠さんのために」
「俺は瑞樹のためにだ」
宗吾さんの熱い視線に身体が火照りそうになる。
「いよいよ明日、5月5日が最終日だな」
「はい、そして明日は芽生くんの誕生日ですね」
「明日は芽生たちが来てくれるから、スペシャルな1日になりそうだな」
「えぇ、きっと。僕も……出来たら朗報を伝えることが出来ればいいのですが」
「そうか。コンクールの発表は明日だったな」
応募していたコンクールの結果は選考に時間がかかっていたようだが、明日の午後13時に正式発表だとようやく連絡が来た。
もしも選ばれたら……芽生くんを連休明けに長崎旅行に招待出来る。
だから僕は祈っていた。
ベストは尽くした。
「……選ばれたいです」
「選ばれるといいな」
「はい」
やがて宗吾さんの家が見えてくる。
僕の足取りは軽く速くなる。
芽生くんに早く会いたくて。
いつものように芽生くんが縁側で手を振ってくれている。
「パパ、お兄ちゃーん、おかえりなさい!」
やっぱり『いつものように』が一番だ。
ありがとう。
心の中で、そっと芽生くんに謝した。
僕に『あたりまえの一日』を、今日もプレゼントしてくれてありがとう。
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