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Brand New Day 4
「もしもし、潤、どうした?」
潤の声は明らかに焦っていた。
だが何をどう話していいのか言葉がスムーズに出ないようだったので、僕の方から促してみた。
「もしかして、赤ちゃん、生まれそうなのか」
潤は堰を切ったように話し出した。
悲鳴をあげているわけではないが、心がパニックになっているようだ。
「兄さん、助けてくれ! すみれが破水から産気づいて入院したが、いっくんが不安定になっていて……どうしよう? どうしたらいい?」
破水……
美智さんも破水からの出産で、僕にも幸いなことに多少の経験と知識がある。
少しは役に立つかもしれない。
いや、役に立ちたい!
何より心の余裕をなくした潤の傍に……ぽつんと佇むいっくんの寂しげな顔が浮かんだ。
僕の答えはただ一つ。
弟のピンチに駆けつけてやりたい。
僕達は兄弟だ。
助け合いたい!
「……潤、行くよ!」
「え? だって、兄さん、会社は?」
「実は……偶然なんだけど、今日から4日間宗吾さんと一緒に休みを取っていたんだ」
「ほ、本当に?」
「だから、兄さんが駆けつけるから、それまでしっかり、いっくんとすみれさんを守るんだ。出来そうか」
「わ、分かった!」
「潤……憲吾さんのお子さんも破水からだった。でもちゃんと無事に元気な赤ちゃんが生まれたよ。潤が信じないと……それからいっくんを抱きしめてあげて欲しい」
「あぁ、そうだな」
その子は、まるで僕だ。
顔色を伺って良い子でいないとと……必死になって。
いっくんはまだたった4歳だ。
もっと甘えて我が儘を言って欲しい。
電話を切ると、すぐに僕は玄関で待つ宗吾さんと芽生くんの元に向かった。
「瑞樹? どうした? 遅かったな」
「あの、電話があって……軽井沢の潤から」
「おぉ! 生まれたのか」
「いや、それが破水したようで」
「破水か……兄さんの時を思い出すな」
「はい……」
「さぁ、行こう!」
ええ?
宗吾さんが当たり前のようにお弁当の入ったバスケットを持って、歩き出す。
芽生くんもどうしていいのか分からないようで、キョロキョロしている。
駄目だ、ここで躊躇したら潤との約束を守れない。
「あ、あの、僕は……今日は公園には行けません。これから潤の元に駆けつけてやりたいのです。勝手を言ってすみません」
「おいおい、瑞樹、公園って何のことだ?」
「え?」
「行き先は軽井沢だ」
「宗吾さん」
「パパぁ!」
僕と芽生くんは、同時に宗吾さんに抱きついてしまった。
あぁ、そうだ。
宗吾さんはこういう人なんだ。
明るく前向きで行動力のある宗吾さんが大好きだ!
「急ぐぞ。新幹線に早く乗らないと」
「はい!」
「パパ、いっくんにあえる?」
「あぁ、もちろんだ。いっくんに今必要なのは、瑞樹のハグと芽生の笑顔だ」
「わぁ、行く! 早く行こう!」
僕達はお弁当のバスケットを持って、新幹線に飛び乗った。
「あ!」
「どうした?」
芽生くんが座席に座って、声をあげた。
「忘れ物しちゃった?」
「何を忘れた? パパは財布も携帯も持ってるぞ」
「僕も持ってるよ」
「ボクたちのお着替えは? パンツは?」
「あ! そうか! 泊まりになるよな。あー しまった。俺としたことが焦ったな」
宗吾さんも内心焦っていたんだ。
「くすっ、大丈夫ですよ。現地で調達しましょう。潤のを借りてもいいし」
「え? いやいやそれはない」
「ふふ、なるようになりますよ。それより間に合うといいな」
僕は両手を組んで、祈った。
すると宗吾さんに肩を抱かれた。
「今日の瑞樹はカッコいいな」
「弟のために何かしてやりたいんです。あまり兄らしいことが出来ていなかったので」
「そうだな。弟に頼ってもらえてよかったな。お兄ちゃん」
「あ……はい」
擽ったい気持ちになった。
僕にも出来ることがある。
それが嬉しくて――
あっという間に新幹線に飛び乗って、潤からの電話の2時間後には病院に到着した。
「潤、着いたよ!」
「兄さん、早く来てくれ、もうすぐ――」
潤に連絡すると、まだギリギリ間に合うようだ。
急いで受付を済まし、3階の産婦人科の待合室に飛び込んだ。
「兄さん……本当に来てくれたのか」
「当たり前だよ。潤、心細かっただろう。兄さんたちが来たから落ち着いて」
「あぁ」
僕はすぐにいっくんを探した。
潤の足にいっくんはコアラのようにくっついていた。
不安そうにおどおどして……
「いっくん、もう大丈夫だよ。さぁ、おいで」
「みーくん、みーくん、きてくれたの?」
いっくんが潤の足から離れ、僕の足にくっついてきた。
僕は優しく、いっくんを抱きしめた。
君の心細さを吸い取ってあげる。
「そうだよ、もう安心して、いっくんに会いたくて来たんだよ」
「いっくんに?」
「芽生くんも一緒だよ。さぁママが頑張っている間、いっくんはボクたちと過ごそう」
「いっくんとあそんでくれるの? いっくんと? ほんとに?」
「そうだよ。そのために来たんだ」
「ありがと、ありがと。パパぁ、いっくん、みーくんたちといっしょだからだいじょうぶだよ。ママをたすけて、ママをおうえんしてあげてね」
健気な言葉に涙が零れそうだよ。
君は本当に天使だ。
「葉山さんのご主人はいますか」
看護師さんが血相を変えて呼びに来た。
「奥さんの子宮口がだいぶ開いてきました。立ち会いの準備をして付き添いをお願いします」
「あ……はっ、はい」
僕は潤の背中を優しく押した。
「潤、ファイト! 大丈夫だよ。赤ちゃんは必ず無事に生まれる。信じて!」
「よし、行ってくる! いっくん、パパはママを応援してくるよ」
「パパぁ、がんばってね、パパがいてくれてよかったぁ」
「いっくん、大好きだ」
潤はいっくんを一度深く抱きしめて、僕に託した。
頑張れ! 菫さん
頑張れ‼ 潤! 僕の弟。
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